破壊と創造の神ゼヌス5
「常識と言う名の曖昧な固定概念を、少しばかり塗り替えた。主人と従者が肌と肌を重ねて触れ合い、ひとつになることは当たり前だと言う『常識』を奴等の魂に上書きしただけだ。ほら見ろ。主人といちゃついているのは俺だけじゃない」
そう言われて辺りを見回すと、艶かしく熱い吐息を漏らしながら執事の膝の上に座る令嬢や、教室の角で従者に壁ドンされながらうるんだ瞳で見つめ合う令息が、そこら中に溢れていた。
「…ふぇ?」
悪役令嬢にはあるまじき間抜けな声が出る。
執事と戯れる令嬢。密着度合いがやや行きすぎな気はするが、そこはまぁ、良かろう。貴族令嬢といえどもただの人。常日頃から側に仕える忠実な執事に恋をする。そんな身分差の恋があっても良いだろう。
だがしかし。
ギンッと血走った目を見開き、壁ドンするマッチョな従者と壁に追いやられて若干涙目な令息を睨むように凝視する。
壁ドンしながら、反対の手でさわさわと主人の腰を撫でる従者。対する主人である令息は、唇を震わせながら何やら訴えている。
「せっかく昨夜、私が手取り足取り腰取りしてお教えした問題を間違えるとは。ご主人様にはもう一度、調教と言う名のお仕置きが必要なようですね」
「ち、ちがうんだ。昨夜の内容を忘れていたわけではない。ただ…」
「ただ?」
聞き返す従者は、主人の顔の両側に手を付き、ダブル壁ドンの状態で主人の耳を甘噛みした。
「あ、」
熱い声と共に膝から崩れ落ちる令息を、軽々とお姫様抱っこする筋肉マッチョ従者。
「昼休みの間、逃がしませんよ。泣き叫んで、助けを呼んでも無駄です。貴方の泣き顔は私を煽るだけ。大人しく言うことを聞いてくださいね、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま」
令息を抱き上げたまま、教室から消える従者。その様子に興奮して悶絶しながら身震いする。くっ、尊すぎて息ができない。ドS部下とドMなワンコ系上司。それだけでご飯三杯はいける。
「くーっ、最高の萌え!」
ゼヌスの腕の中で小さく呟き、ひとしきり妄想BLパラダイスを楽しんだ後、はっと気付く。
あの従者と男主人のやり取りに、なぜ誰も反応しないの?
腐女子はもちろんのこと、そうでない人達にとっても、さっきの2人会話や過ぎたスキンシップは常識の範疇を越えている。
そこで理解する。ゼヌスの言う『常識を上書きした』という言葉の意味を。
ゼヌスの膝の上、身体を抱き締めるように俯いて「ふふふっ」と笑う。震えが止まらない。そこら中にBLの世界が溢れていて、それを真正面から堂々と鑑賞することが許される。
最高の世界ではありませんか。
膝の上で小さくなって震える私を、ゼヌスが勘違いして勝ち誇ったように告げる。
「逃がすわけがなかろう、アシュレイ。魂に刻み付けてやるよ、お前は俺のものだとな」
後ろからアシュレイを抱き締めるゼヌスだが、BL世界に没頭していたアシュレイには、残念ながらゼヌスの言葉は聞こえていなかった。




