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めざせ皇太子妃2

「アシュレイ様、どうぞ」


ザックが白磁のティーカップをテーブルに置いた。私は目の前で満足そうに紅茶を飲むお兄様をにホッとしながら、ザックに礼を言った。本来ならば雑用など侯爵家嫡男付の騎士であるザックの仕事ではない。ザックの父は騎士団の総司令官を務める騎士の中の騎士。彼はその三男にあたる。本来ならば貴族の中でも身分が下級の、しかも侍女がするべき雑用までザックがこなさなければならない理由はないはずなのだが。「愛しいアーシュ以外に女など不要だ」と言い切るお兄様の我儘が原因で、お兄様の身の回りの世話までこなしている。因みにザックの長兄は皇太子付の騎士である。流石は悪役姫アシュレイのお兄様、そのようなお方に雑用全般をさせるなど、尊大である。


「美味しい」


渋味を一切感じない、まろやかな甘味。芳醇な香り。国を守る軍事の要。気高くも猛々しい騎士の家系。雄々しく荒々しい血筋など一滴も感じさせない上品な紅茶を入れるザックに


(お父様にお願いして、侍女を一人付けてもらいましょうか?)


手元の資料に目を通しているお兄様に気づかれないように、口だけを動かしてザックに聞く。わたくし、ザックの将来が心配なのです。お父上譲りの剣技はかなりのもので、その腕前は皇太子付の騎士である兄君に負けずとも劣らないと聞く。そんなザックがそんじょそこらの淑女よりも美味しい紅茶をいれるなど、問題だと思うのですが…。三段に盛り付けられたデザートから、甲斐甲斐しく私好みの焼き菓子を皿に取り分けるザックに生暖かい視線を注ぐ。そんな私にザックは優しく目を細めると、首を左右に振った。


(バレたらエルナンド様に消されます)


穏やかな表情とは真逆の血生臭い返事。ああ、確かにお兄様は排除してしまうかもしれない。私やザックではなく、寄越された侍女を。難癖付けて追い出すか。さもなくば不敬罪だの反逆罪だのと理由を付けて、良くて追放。最悪の場合、一族もろとも斬首の刑。小説の中のヤンデレお兄様を思い出してブルッと身震いした。


妹を溺愛するあまりに、女っ気ゼロのお兄様。お近づきになろうとする令嬢たちを、うっすらと冷たい笑みで遠ざける。氷の鉄壁で身を固めたエルナンドに、今だかつて指一本、髪の毛一本触れた女人はいない。実妹であるアシュレイ以外には。そんな潔癖なエルナンドに、神秘的だの高潔だのと令嬢たちはますます恋い焦がれている。どこのどなたでも結構です。男性でも女性でも、いっそ人外の存在でもいいのです。エルナンドを恋の虜にしてください!!小説の中のアシュレイ命のお兄様を思い出して、それは無理か…と即座に諦めた。


「どうしたんだい?アーシュ。その菓子が美味しくないのかい?」項垂れて首をふるふると振る私に気づいたエルナンド。その手が剣の束を掴んでいる。お兄様、まさか料理長を斬って捨てようとお考えではありませんよね?今にも立ち上がって厨房に駆け出しそうなお兄様に、「いいえ、調理長の作るものはいつも見た目も味も最高に素晴らしいですわ」慌てて否定する。「ならば、どうして曇った顔をしてるんだい?」テーブル越しに身を乗り出して、私の頬を撫でるエルナンド。このヤンデレ兄に、ザックの将来を憂いていたなどと言えば、ザックの命が危ない!必死に思い巡らせて、「一時とはいえ、エルと離れるのが寂しいのです」と答えると、エルナンドは堪えきれないとばかりに椅子から立ち上がるとアシュレイの側に来た。そして椅子に座ったままのアシュレイを抱き上げると、丸みを帯びた頬に口づけた。


「私が血の繋がった兄であるために、アーシュには悲しい思いをさせるね!」ごめんと言って、また頬に口づけ、額にチュッと唇を押し付けた。お兄様が私に愛を注げば注ぐほど、背筋に冷たい汗が流れるのは何故でしょう?私の背中をエルナンドの長い指が這ってくすぐったい。ここにベッドがあれば、このまま押し倒されてしまうんじゃないだろうか?12才の可憐な見た目で、30女のゲスな想像をしてしまう。けれど紳士なお兄様は、アシュレイをそっと床に降ろした。対面する形でエルナンドがアシュレイを見下ろす。「これほどまでに大切にされて、わたくしは幸せです」ゲスな妄想を振り払い、無垢な笑みを浮かべる。エルナンドは目を閉じて大きく深呼吸したあと、覚悟を決めたように目を開けた。「今は苦しくても、アーシュが私たちの幸せのために選んだ道ならば応援するよ。アーシュが幸せに笑っていてくれる限り、兄として誰よりも側でアーシュを守るよ」


『アーシュの幸せのため』


エルナンドの口から紡がれたキーワード。これは小説でも彼が口にする言葉だった。事実、エルナンドはどれ程国が衰退しようと、どれ程の人間が没落しようと、アシュレイ自身が幸せな間は、激しい恋慕を抑えてアシュレイを守り続けた。彼が欲を剥き出しにしてアシュレイを浚い、監禁し、あーんなことや、こーんなこと。言葉では言えないような破廉恥で残忍なことに手を染めたのは、アシュレイが断罪を受けて斬首されることが決まったときだ。それまでエルナンドは忍耐強く、誰よりも深い愛情で、清らかにアシュレイを守り続けていたのだ。そう。アシュレイが幸せでいる限り、エルナンドのヤンデレ化は防げる。私は既に、その事に気づいていた。

エルナンドが妹を溺愛するあまり、なかなか皇太子を登場させることができません(・・;)

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