目覚めの時
ここからアシュレイ視点に戻ります。
目が眩むほどに真っ白な世界で、後ろからエルナンドお兄様に抱き締められる。
「もう放さないよ」
互いが別々の人間であることの溝を埋めるように、寸分の隙間もなく、ぴったりと私の背中に体を押し付けるエルナンドお兄様。
ふかふかのベッドの上。スプリングが柔らかく揺れる。私の頬に手を伸ばし、お兄様は私を後ろに振り向かせた。私の首輪に繋がる鎖がジャラリと鳴った。真っ白な室内には窓もドアもない。
ここはエルナンドお兄様が私を閉じ込めるために作った異空間。外に出るにはお兄様の許可を得た上で、外に通じる『路』を出して貰わなければならない。
完全に隔離されて、監禁された空間で、一方的にお兄様からの愛を注がれる。
ふとエルナンドお兄様の目が怪しく光った。首輪に繋がる鎖を掴んだお兄様が、うっとりと微笑む。
「恐い?アーシュ?」
その質問に違和感を覚える。エルは何故、私を閉じ込めたのだろう。2人きりで居たいから?他のだれにも邪魔されたくないから?それだけなら、誰よりも私を大切にするエルが、私の首に鎖をつけるだろうか?
『前』の私なら、散々エルを裏切って、傷つけ続けた私なら、監禁され、鎖に繋がれるかもしれない。
けど『今』の私は、エルを裏切ることはしていない。
『今』のエルは、私が恐いと思うことを、私にしたりなんかしない。
私から恐怖を取り除くために奮闘しても、自らが与えることは絶対にしない。
だからエルが私に「恐い?」なんて聞く筈がない。
白く霞んで、やけにボンヤリしていた脳内がクリアになる。靄が晴れるみたいに、目の前で歪んだ笑みを浮かべるお兄様に違和感を覚える。密着した肌。背中に感じるエルの体温はひんやりと冷たくて、首筋に触れる彼の吐息が凍えるほどに冷たくて、背筋がゾクッとした。
私を抱き締める、エルにそっくりなこの人は誰?
「エルは私が嫌がることはしないわ。恐がると分かっていて、首輪をつけて閉じ込めたりなんかしない。わたくしに『恐い?』と聞く、あなたは誰?」
体の向きを変えて、お兄様の顔をした物体に質問した。その物体は、口を横に広げてにたりと笑った。青いはずのお兄様の目が血のような赤に変わった。
「惑わせるのも、ここまでが限界か。だが我は引かぬ。来て貰うぞ、無効化の魔力を持つ娘よ」
金髪だった男の髪が闇のような紫に変化して、氷みたいに透き通ったお兄様の目は、鋭くつり上がる。一見、酷薄そうに見える口許で、けれど優しい笑みを浮かべていたお兄様の口から、蔑むように歪んだ声が響く。
「ただの小娘に大義を与えてやるのだ、感謝しろ。生かしておいてやるよ。お前が俺の役に立つ間はな」
男は私の腰に腕を回すと、大にな荷物でも担ぐように、私の体を肩に担いで、異空間を蹴破った。
真っ白な世界が砕け散り、目の前に広がるのは大海原。
「アーシュを放せ」
「アシュレイ姫を放すんだ」
「アシュレイさん!!」
海原の上に立つ黒い影に体を担がれた私を、エルナンドお兄様とランセル殿下が手を伸ばす。セイレーンが心配そうに胸の前で両手を組み合わせる。ソルトは様子をうかがうように現状を観察していた。
人の形をした闇の塊のような物体は、私を担いだまま海面を蹴って空に飛び立とうとした。
その瞬間、エルナンドお兄様とランセル殿下、ソルトの身体が赤と青に光り輝いた。3つの光が一斉に私の体内に流れ込む。赤をまとった不思議な青い光。とどまることなく注がれる光に、身体が内側から壊れてしまいそう。
そんな感覚に襲われた時、『闇』が悲鳴を上げた。
体内を蝕んでいた闇が、光で埋め尽くされる。『闇』は吸い込まれるように、エルナンドお兄様とランセル殿下の指輪、そしてソルトの胸元で光るペンダントの石に吸収された。
まばゆい光が、私を現実世界に導いた。ゆっくりと目を開けると、そこは王宮内の一室にあるベッドの上だった。
首を少し動かすと、泣きそうな顔のエルナンドお兄様と目が合った。




