青髪の封魔5(セイレーン視点)
「え?柘榴石が欲しいの?柘榴石って、私の王国の国石だって知ってて言ってる?だとしたらセイレーンちゃんって、かなり大胆な性格だよね?」
にこにこ笑顔を崩すこと無く、私の無茶なお願いに動じること無く、答えるデューイ王子。笑顔を崩さないけれど、柘榴石を譲ってくれそうにない。当然と言えば当然だ。
「ですよねー。柘榴石を欲しがるなんて、私みたいな平民が、図々しいにも程がありま…」
「いいよ」
「へ?」
「だから、いいよ。特別にセイレーンちゃんにあげる」
デューイ王子はあっさりと柘榴石をくれた。
「……いいんですか?」
ぽんっと小銭を渡すかのごとく貴重な柘榴石を手渡すデューイ王子に、呆然と手のひらの上に鎮座する石を見つめる。血のように濃く赤い石。ズッシリとした重み。かつて大陸ではこ宝石が採れる鉱山をめぐって戦争が起きたこともある。それ程に大切で稀少な石。
「欲しいんでしょ?」
セイレーンはこくんと頷いた。肩で切り揃えられた青い髪が、さらさらと風に舞う。その髪を目を細めて見つめたデューイ王子は、
「切っちゃったんだね。けど短い髪も似合ってるよ」
眩しそうに目を細めてそう言った。デューイ王子の口許は優しく弧を描いているけれど、声のトーンがさっきまでと違った。一段低くなった声。真剣な声音。
「セイレーンちゃんがわざわざ私にお願いするのは、アシュレイ嬢のためでしょ?影で糸を引いているのはランセル王子?
いいよ。今のうちに彼に恩を売っておくのは、私にとって悪いことじゃないからね。ランセル王子に『よろしく』伝えといて」
見た目は人懐っこいワンコなデューイ王子。けど一筋縄じゃいかない人物なのかもしれない。まぁ、一般市民の私にはさらさら関係の無いことだけれど。
私にとっての重要事項は『平穏に過ごすこと』と『その日のパンに困らないこと』の2つだ。偉い人たちが、どんな腹黒い算段を企てようが関係ない。
手の中の柘榴石を握りしめて頭を下げた。
「ありがとうございます」
ミッション コンプリート。目的は達成した。後はこの石をランセル王子に渡すだけ。そう思って踵を返そうとしたとき。
「君だからあげたんだよ」
デューイ王子が言った。振り返ると、困ったようにこちらを見る赤い目とぶつかった。
「ランセル王子に借りを作りたいとか、ただの言い訳だから。海王の娘セイレーン。私はね、君と同じ髪と目の色をした人を知ってるよ。強くて、美しくて、自由な人。私の父上と、ランセル王子の父上は、その人に夢中だったんだって。その女性の肖像画を見たことがあるんだけど、驚くほど君と瓜二つだったよ。
ねぇ、セイレーン。君は本当に、ただの平民の女の子なの?」
デューイ王子の質問に、返事ができない。物心をついたときには孤児院にいた。お母さんは私を産んで、程なくして死んだらしい。
お母さんは踊り子として国を渡り歩き、時には王宮で舞うほどに人気の舞姫だったらしい。そんな話を孤児院を運営する教会の牧師様から聞いたことはある。
それでも記憶の片隅にも存在しないお母さんのことよりも、親のように育ててくれた牧師さんとシスターの方が、私にとっては家族であり、かけがえのない存在だった。
「海王の娘?誰のことですか?私は髪色が派手なだけの、ただの平民ですよ」
それだけ言うと、逃げるようにその場を去った。その後ろで、デューイ王子は「またね、セイレーンちゃん」と言いながら、笑顔で手を振っていた。




