青の封魔1(後半セイレーン視点)
「震えているね、アーシュ」
氷に閉ざされた暗黒の世界には、私とエルの2人きり。作り物みたいに美しいエルナンドお兄様の熱にうるんだ瞳だけが、彼が無機質な人形ではないことを物語っている。白い息を吐いて自分の身体を抱き締めて震える私に、満足げにエルが微笑む。耳元で「もう放さないよ」と囁きながら。
草木も水も大地も。太陽や月さえも、エルの魔力で凍ってしまった。この世界で熱を持つのは私とエルの2人きり。
「来なさい、アーシュ」
両手を広げて命じるエルの言葉のままに、ふらふらと彼の胸の中に身を押し付ける。すっぽりとエルの腕の中に収まると、彼の温もりが伝わってきて、その熱をもっと感じたいと広い胸に頬を押し付け、大きな背中に腕を回した。
「甘えんぼさんだね。寂しかった?アーシュ?2人だけの世界を作るのに、案外時間がかかってね。けどもう誰にも邪魔されることの無い、私とアーシュだけの世界になったんだ。存分に愛し合おう。この氷に閉ざされた世界で、永遠にね」
うっとりと私を見つめたエルナンドお兄様は、白い息を吐きながら見上げるわたしの唇に、自身のそれを重ねた。温かいと思っていたエルナンドお兄様の唇はひんやりとしていた。
白に覆われた世界の中で、これは小説の中のアシュレイのことなのか、生まれ変わった『私』なのかすら分からないまま、全てをエルナンドお兄様に捧げた。
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(セイレーン視点)
「はぁ、なんて可憐で可愛くて気高くて美しくて尊いんだ。これほど稀有で無垢な存在は永久に氷の世界に閉じ込めて保護しなくては。あっ、いままぶたが震えた。微笑んでるの?アーシュ?アーシュが笑ったってことは、間違いなく私の夢を見ているんだね。アーシュを狙った魔法使いは何万回殺しても殺したりないほど憎いけど、アーシュの心を奪うのに、私の姿を模したとこだけは認めてやらなければね。それにしても、いつまでも見ていられるほどに愛らしいよ、アーシュ」
毎日毎日、朝から晩までアシュレイさんの眠る王宮までやって来るエルナンド様の暑苦しいさに、ため息すら消え失せた。私に氷魔法は使えないけど、今なら冷めきった視線だけでエルナンド様を氷漬けにするくらいはできるんじゃないか?と本気で思う。
とにもかくにも、アシュレイさんへの愛が暑苦しい!!
「あの、エルナンド様、問題解けましたけど?」
そろーっとエルナンド様。もといエルナンド先生にノートを差し出す。無表情でノートを受け取った先生は、さらさらっと赤ペンで訂正すると、こちらを見ることなく「これ次の課題ね」と別の問題を投げ渡した。
なぜエルナンド様が毎日アシュレイさんがいる王宮に来ているのかと言うと、私がアシュレイさんの世話役となったためだった。現在アシュレイさんには私1人で仕えているため、アシュレイさんに付きっきり。学園に通えない状況だ。欠席が続けば単位がとれなくて落第する。それを防ぐための解決策としてエルナンド様が提案したのが、エルナンド様が毎日家庭教師として王宮に赴いて、学園で取得必須な科目の授業を行うことだった。
エルナンド先生が出す課題の内容は的確だと思う。これら全てを理解すれば、長々と先生方の講義を受ける必要もなく知識が身に付く内容だ。しかも赤ペンで訂正や補足をするエルナンド先生の文章はとても理解しやすく、もう学校なんて通わなくていいんじゃね?ってくらいにすんなりと入ってくる。見た目や身分だけじゃなく、頭の中も優秀なお方だ。
けどねー。王宮内でアシュレイさんに宛がわれたお部屋は客間、居室、ティーサロン等々、10部屋ある。であるにも関わらず、わざわざアシュレイさんが眠る寝室で授業を行うと言うのは、もうね、私の家庭教師などと言うのはおまけのおまけの、そのまたおまけで。アシュレイさんに会いに来ている。としか考えられない。なまじアシュレイさんへの過大な愛以外が完璧すぎて、変態的なシスコンぶりが際立つ。どう見ても危ないよ、お兄さん。彫刻のようにお綺麗なエルナンド先生の横顔を見ながら、残念だなと心の中で呟いた。
「何が残念だって?」
あ、ヤバイ。心の中の声が外に漏れ出していた。
「あ、いえ…問題間違えちゃって残念ダナーと。別にエルナンド先生が残念物件だなどと思っても口に出してはいませんよ!」
冷や汗をだらだらとかきながら必死に言い訳をすると、エルナンド先生はしらーっと冷めた目を向けた後、
「まぁ、悪くない解釈ではある。励みなさい」
そう言って、またうっとりとアシュレイさんを見つめた。




