青髪には魔力が宿る9(セイレーン視点)
「セイレーン嬢、お願いしましたよ」
何かあったら許さないからな。と言わんばかりの、目で人を射殺せそうなほどに鋭い眼光を放つエルナンド様。
「私がいるから、貴女は何もせず、ただそこに居るだけでいいんだよ。大船に乗ったつもりで安心して」
周囲にふぁさふぁさと花を咲かせながら、ご機嫌に笑うランセル王子。そんな王子をエルナンド様が羨ましげにジト見する。そんな居心地の悪いやりとりが繰り広げられているのは、王宮内の一室。かつてアシュレイさんが婚約者候補の一人として王宮に住まった際に使用した部屋である。
王宮などという畏れ多い場所に、平民である私が来ることなど、一生無いだろうと思っていた。何故こうなった、自分?混乱する脳内で状況整理する。
眠り続けるアシュレイさんを、最初エルナンド様が家に連れ帰ろうとした。けれど、いつアシュレイさんの中の大魔法使いの魔力が暴走するかわからない。何よりも、アシュレイさんの力を欲する魔法使いが、再びアシュレイさんを襲うかもしれない。そんな中、この国でもっとも安全な場所は王宮だ。アシュレイ姫を守るのにふさわしい場所は王宮しかない。と告げたランセル王子様。
国王の住まう王宮は武力、魔力の最高峰たちが仕え、守り固めている。強力な結界が張り巡らされていて、異物が紛れ込めば直ぐに探知し、排除する。アシュレイさんを溺愛するエルナンド様も、そんな王宮の防御力には敵わないらしく、渋々アシュレイさんが王宮に行くことに同意した。
と、そこまではいい。そこまでは納得できるんですよ!だからといって何故、私がアシュレイさんと共に王宮に来なくてはならないの?身の回りの世話は、女官方にお任せすればいいんじゃないの?
そう思ったのだけど、ランセル王子の息のかかった者達にアシュレイさんを任せるわけにはいかない。アシュレイさんの世話は、ハートランド家の侍女にさせる。とおっしゃるエルナンド様。
ここは王宮なのだから、当然、宮に使える女官に任せるのが筋でしょ?それともハートランド家の人間は、王家に仕える者達を信用してないの?とおっしゃるランセル王子様。
そんな二人のアシュレイさんへの暑苦しい愛と、めんどくさい支配欲による争いの結果、間を取ってわたしがアシュレイさんの身の回りの世話をする。と言うことで落ち着いた。
全く納得できませんが?と、今回ばかりはお断りしようと思ったけれど、アシュレイさんのお世話をすることでいただけるお給金の額が大層な大盤振る舞いで、『アシュレイさんのお世話1日分=一般市民の平均給料10年分』のお給金が頂ける。と言われ、お金に目が眩んだ結果、
「その重大な任務、慎んでお受けします」
反射的にそう答えてしまった。俗な話、お金って大事よね。
王都学院から王宮へと移動した私たち。ちらりとエルナンド様を盗み見ると、それはそれは悲観にくれた顔をして、自らがお姫様抱っこして抱き上げているアシュレイさんを見つめている。悲しげに伏せられた瞼。長いまつげが影を作り、そこはかと無い儚さを演出する。この顔が、ランセル王子との争いに負けた悔しさからだと知らなければ、大抵の女性は恋に落ちるだろう。それほどまでに美しい。
美形って特だな。
どれだけ美しくても、中身はただの強烈なシスコンだと知った今、この方にときめく。何てことは無いけれど…、けど綺麗よね。見た目だけはね。
エルナンド様がアシュレイさんを横抱きに抱いたまま、寝室の上にそーっとアシュレイさんを寝かせた。そのしぐさは、物語に出てくる王子様とお姫様。本当に絵になるお二人である。アシュレイさんをベッドに横たえて、離れようとしたエルナンド様の動きが止まった。どうやらアシュレイさんの髪の毛が、エルナンドさんのジャケットのカフスに絡まってしまったのだ。
アシュレイさんの世話役として、カフスから髪の毛をほどこうと手を伸ばしかけたとき、ブチブチッと音がした。ハッとして見ると、エルナンド様が躊躇なく己のカフスボタンをジャケットから引きちぎっていた。
「アーシュの髪を傷つけるわけにはいかないからね」
うっすらと笑むエルナンド様の妹愛にドン引きしたのは、誰にも内緒である。




