青髪には魔力が宿る8(セイレーン視点)
「封魔の力か。聞いたことはあるが、おとぎ話の類いかと思っていたよ。フェルナルド先生はセイレーン嬢の髪に封魔の力が宿っていると信じているの?」
不思議顔のランセル王子。キョトンとした顔すら庇護欲をそそられる程に可愛らしい。趣味は駆けっこと木登り。女子力ゼロの私に、その可憐な愛らしさを分けていただきたい。羨望の眼差しを注いでいると、ふぁさふぁさと髪の毛が揺れた。エルナンド様が私の側までやって来て、その高貴な手でわたしの髪に触れたのだ。見ただけでも呪われるだの何だのと嫌悪されるわたしの髪に、躊躇なく触るエルナンド様に驚きすぎて「ふぎゃっ」と意味不明な声を出してしまった。
「あぁ。許可も得ず触れるなんて、ぶしつけな真似をして悪かったね。ついついアーシュ以外の女性には興味が無さすぎて、アーシュ以外を無機質な置物のごとく扱う癖があってね」
全く悪ぶれるようすもなく、口先だけ謝罪するエルナンド先生。この方の世界には、アシュレイさんとその他大勢。という2種類しか存在しないらしい。青髪という特殊な人間すら、この人の中では『その他』でしかないのだ。そう思ったら、何だか肩の力がすとんと抜けた。
そんなわたしの心情など知らず、エルナンド様は「寝ているアーシュも吸い寄せられるほど美しいな」などと妹の美貌を絶賛している。エルナンド様のアシュレイさんに対する愛情は、かなりのレベルで暑苦しい。
「わたしの髪なんかでお役にたてるのなら、何本でもお渡しします」
常に持ち歩いている裁縫袋から、小さな携帯用のハサミを出すと、さくっと髪の毛を切ってフェルナルド先生に手渡した。わたしの髪に触れた瞬間、フェルナルド先生のメガネの奥の瞳がキラッと光ったような気がした。
「もし青髪に封魔の力があるとしても、どうやって魔力を発動させるつもり?この髪で、本当にアシュレイ姫は目覚めるの?」
ランセル王子の疑問に、フェルナルド先生は得意気に胸を張りながら、ポケットから小瓶を出した。透明の液体が入った小瓶の蓋を開けたフェルナルド先生は、その中にわたしの髪の毛を入れた。白い煙を出しながら、ぷくぷくと泡立つ液体。髪の毛が液体に溶けて、完全にその姿がなくなると、液体は青く発光し始めた。
「この液は、魔具に込められた魔力を抽出して、魔法として発魔するための薬品です。アシュレイ嬢が眠り続けているのは、彼女の体内に魔法使いの魂の欠片が入り込んでいるからでしょう。ならば青髪の魔力で魂の欠片を封じることができれば、アシュレイ嬢は目覚めるはずです」
そう言って、フェルナルド先生が青色発光する謎の液体をアシュレイさんの口許に運び、飲ませようとした。
「待て!フェルナルド!」
その動作を、麗しのランセル王子が止める。エルナンド様も、目で射殺さんばかりにフェルナルド先生を睨んでいる。
そうですよねー。髪の毛を溶かしただけの、いかにも怪しい物体を飲ませるなんて危険な真似、絶対ダメですよねー。お腹壊したらどうするつもりなんですかねー。
などと「うんうん」と心のなかで彼らの言動に同意してると、
「どのような目的であれ、アーシュに触れることは許しませんよ、フェルナルド先生」
「アシュレイ姫に飲ませるのは、当然、婚約者であるわたしの役目でしょ」
各々に、フェルナルド先生から小瓶を奪い取ろうとしている。あぁ、怪しい液体を大切な人に飲ませることには異議申し立てしないのですね。誰が飲ませるか。そこだけが問題なのですね。尊き方々の思考は理解できない。そう思いながら、今日の夕飯は何にしようかしら?などと現実逃避する。窓の向こうの真ん丸の太陽が眩しいわ。アプリコットジャムをたっぷり塗ったパンケーキにしようかな?現実逃避するなら決定的に。そう思い、完全に目の前の状況から逃避行していると、
「ならばここは公平に、セイレーン嬢に任せよう」
ランセル王子の声が降ってきた。エルナンド様も、渋々と言った体で頷いている。
「はへ?」
何がどうなって、こうなったのかは分からないけど、わたしは膝枕して眠り続けるアシュレイさんの少し開いたさくらんぼ色の口に、小瓶を傾けて自らの髪の毛を溶かした液体をとろりと垂らした。こくん……とアシュレイさんの白い喉が動いた。その艶かしい動きに、同性である私すらドキドキする。無駄に色っぽすぎやしませんか、アシュレイさん?
液体が口を通り、食道を通り、胃や腸を通って血液に吸収されて全身をめぐる。そうしてアシュレイさんの身体が青い光に包まれたと思ったら、パンッと乾いた音がして、弾けて消えた。
「青の封魔は弾かれてしまったね」
残念そうに、ランセル王子がため息を吐く。
「魔力量が足りないだけじゃなく、青の封魔をそのまま使うだけでは初期魔法しか発動しないのだろう。フェルナルド先生、封魔を最大限に活かすための魔具を短期間に完成させることは可能ですか?」
エルナンド様は、即座に失敗した理由を分析して、フェルナルド先生に聞いた。フェルナルド先生は悔しさを滲ませながらも「任せてください」と大きく頷いた。




