青髪には魔力が宿る6(ランセル視点)
「ご褒美をあげるわ」
艶やかなプラチナブロンドの髪が、誘うように揺れる。薄く青い瞳は悪戯な色を湛える。女の目の前には闇のように深い紫の髪と、血のように毒々しい赤い目をした『大魔法使い』が立っていた。魔法使いは女が命じるままに、意図も容易くこの世界の裏側半分を抹消した。彼女の白くしなやかな腕が、魔法使いの首裏へと伸びる。やんわりと抱き締めて、赤い唇を横に広げて妖艶に笑ったアシュレイは、魔法使いの唇にそれを重ねた。
「止めなさい、アシュレイ!」
妻である彼女を言葉で制する。仮にもこの国の王であるわたしの前で、正妃である彼女が堂々と不貞を働くなど、あってはならない。言葉だけでは足りないと、2人に近寄ろうとしたとき、バチッと音がして動けなくなった。
「名ばかりの伴侶は大人しくしていろ」
魔法使いが鼻で笑った。愛しい妻は、こちらを振り向こうともしない。まるで気にする価値もない石ころのように。圧倒的な魔力の差に、成すすべもなく、歯噛みすることも許されぬまま、2人が身体を重ねるのを見ていることしかできない。
「雪花姫の呼び名に相応しい無能ぶりだな、王よ」
侮蔑も露に魔法使いが告げる。愛しい妻を、その腕に抱きながら。
幼い頃は、皇太子として期待されていた。稀有な魔力量。優秀な頭脳。美しい容姿。将来は素晴らしい王になるだろう。そう期待されていた。子供の頃はそれなりに努力していた。良き王となり、この国をより豊かにしようと。けれど己の優秀さを家臣の前で披露して、改善案を提示する度に、父上の側近たちから煙たがられるようになった。挙げ句の果てには、ランセル王子は父王に反旗を翻して謀反を企んでいる。などと言う、根も葉もない噂をまで流れて、何度も命の危機に直面した。そうして学んだ処世術が、平凡であること。だった。
魔力を磨くことを放棄し、学ぶことを止めた。臣下の言いなりになる、傀儡の王となることを決めた。見かけばかりは極上だが、他力本願で頼りないわたしのことを、いつしか人々は『雪花姫』と呼ぶようになった。
昔々の物語。美しい雪花姫は、その美しさゆえに実母から嫉妬のあまり殺されかける。毒入りの果実を食べさせられそうになった雪花姫は、7人の近衛騎士に守られながら城から逃げる。途中、何度も王妃から殺されそうになりながらも、7人の近衛騎士と、逃亡中に出会った隣国の王子に守られながら、国から脱出する。最終的には燐国の王子に見初められた雪花姫が、王子と結婚してハッピーエンド。
女の子が喜びそうな、よくあるプリンセスストーリー。
わたしが、そんな雪花姫に例えられる理由。それは『ただ美しいだけで、守られるだけの弱い王』だと揶揄されているから。これまでは、それでもいいと思っていた。国政は優秀な家臣に任せればいい。わたしはお飾りの王として、臣下や民に愛想を振り撒いていればいい。そう思っていた。
目の前で、魔法使いが椅子に座り、その膝の上にアシュレイが座った。目の前で、激しい口付けは続く。
かつての私が、もし魔力の鍛練を怠らなければ。優秀であることを放棄しなければ。愛しい妻は、私を見てくれたのだろうか?
もし…。など、ありはしないのに。
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「だーかーらー、アシュレイ姫に膝枕するのは、婚約者であるわたしの役目でしょ。エルナンド、そこをどいて!」
「未だ婚姻が成立していない、婚約者と言う肩書きだけは立派な、赤の他人でしかないランセル殿下に、血の繋がった兄妹と言う、神すら引き離すことのできない絶対的な家族であるわたしが、大切なアーシュを貴方に譲るはずがないでしょう?」
意識を失ったアシュレイ姫をソファに寝かせて、彼女を膝枕するエルナンドに食って掛かると、エルナンドは眉ひとつ動かすことなくさらりと告げた。その言動にいらっとする。
「御二人のうちのどちらかがアシュレイ様を独占すれば角がたちます。ならば中立の立場であるわたくしが、アシュレイ様に膝をお貸ししましょう」
そ知らぬふりして、ソルトが割り込んできた。お前もか!ソルト!
カッと目を見開いて、側近であるソルトを睨むと、「やれやれ大人げないですね」と呟きながら、奴はわざとらしく肩を竦めた。
誰だ?こいつを理想的で温厚な貴公子だなどと呼んでる奴は。エルナンドは屈折してるが、この男が冷静な思考を放棄するのは、妹のアシュレイ姫に関わることだけ。だがソルトは頭のてっぺんから爪先まで、全てが屈折している。性格が歪んでいても、手放すことができないほどに優秀なだけに達が悪い。
「状況を説明します」
すったもんだの末に、不満を隠すことなく不機嫌オーラ全開で話し始めるエルナンド。私だって納得いかない。結局、アシュレイ姫に膝枕をする権利は、後からフェルナルド先生とやって来たセイレーンが勝ち取った。同性であるセイレーンならば、私もエルナンドも納得はしないが我慢の範囲内だから。という理由である。




