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青髪には魔力が宿る5(エルナンド視点)

黒い闇がアーシュの周囲を取り囲む。耳鳴りがするほどに不快な音が部屋に響き渡る。アーシュが、彼女を抱き締める影に何か囁くと、影はこちらを振り向いた。にたりと不気味に笑った影は、私と同じ顔をしていた。


『これがそなたの望みであろう?』


脳に直接響く『声』。それすら私と同じ『声』だった。


影がアーシュの頬に触れると、アーシュは虚ろな瞳で微笑んで顔を上げ、瞳を閉じた。満足げに口の端に笑みを浮かべたまま、影がアーシュに口付ける。彼女の白く細い喉が震える。重なった口から、甘い声が漏れる。息を乱しながら、しがみつくように影の背中に回した腕に力を込めたアーシュが、つーっとひとつ涙をこぼした。その涙ごとアーシュの頬を、赤い舌で舐める影。


「アーシュから離れろ!」


例え自分と同じ姿だろうと。実態のない影であろうと。誰よりも気高く美しい『私のアーシュ』に触れるなど、許しはしない。全身に氷の覇気を纏わせる。部屋の温度が氷点下まで急降下する。空気中の水分が凍って結晶となり、氷の花が咲く。影が足元から凍ってゆく。


「私のアーシュに触れた罪。私のアーシュを泣かせた罪。決して許しはしない。永遠に氷の柱に封印してやるよ」


魔力を全開する。影は、狼狽えるようにアーシュから離れると、寸でのところで攻撃を避けた。


「くそっ」


いつになく乱暴な言葉を吐く。2度目の攻撃を繰り出そうとしたとき、影がアーシュを手放した。力なく地面に崩れ落ちる彼女に駆け寄り、その体を抱き止めて、影を睨む。


『ワレハ諦メヌ。ソノ娘。必ズ我ガモライ受ケル』


地の底を這うような低い声で告げた影は、姿を消した。影の気配を追おうとして、腕の中のアーシュが小さく震えてることに気づいて、諦めた。瞳を閉じたままのアーシュは、私の腕の中で怯えるように震えていた。


「エル……」


アーシュの唇が、そう呟いたように見えた。痺れたように体が動かない。「アーシュ」と呼び掛けたとき、ドアが開いてランセル殿下とソルトが駆け込んできた。私が魔力を解放させたことを察知してやって来たのだろう。私の腕の中で意識を失うアーシュと『影』の残魔に、ランセル殿下が青ざめる。


「何があった?」


アーシュに駆け寄って、青ざめた顔で眠るアーシュを心配そうに覗き込んだランセル殿下が、顔を上げて聞いた。私はアーシュを横抱きに抱き上げて移動すると、彼女をソファーにそっと横たえて、自身のジャケットを脱いで身体に掛けると、この部屋で起こった出来事を説明した。





※※※※※※※※※※※※※※






瓦礫のように朽ちた屋敷の中の一室。ベッドの上に、プラチナブロンドの髪が散る。まだ20歳にも満たぬだろう女は、ベッドの上に押さえつけられるように仰向けになっていた。その両手首はがっちりと掴まれている。彼女の瞳の先には、狂気を孕んだ光を宿す青い目で女を見下ろす男がいた。彫りの深い美しい容姿は、整いすぎるがゆえに冷たく恐ろしい印象を他者に与える。


「また逃げようとしたね、アーシュ」


男はそういうと、ジャケットのポケットから鎖を出した。じゃらりと嫌な音が響く。鎖の先には首輪がついていた。女の細く白い首を指で撫でる男。その仕草は愛しげで、彼の狂気がかった瞳と、手に持つ鎖さえなければ、うっとりと身を委ねたことだろう。


「お仕置きだよ」


男が女の首に首輪をつけると、首輪が外れないように鍵をかけた。鎖の先はベッドの柵に巻き付けられて、こちらも南京錠で鍵をかけた。


「1人でトイレに行けるように、鎖は長くしておいてあげたよ。優しいお兄様でしょ?」


ふわりと笑うそのしぐさも美しい。男が女の上に覆い被さり、2人ぶんの重みでベッドが深く沈む。細く長い指先で、乱れたプラチナブロンドの髪を整える。優しく、丁寧に。


「私が怖いかい、アーシュ?」


女は答えない。


「ふふ。アーシュにも怖いものがあるんだね。怖いのは私に支配されること?それとも私と愛し合うこと?」


「この体が奪われようと、支配もされないし、愛さない。この行為は、あなたの一方的な感情を吐き出すための惨めな行為よ」


気高く、傲慢に女は告げる。


「哀れね、エル」


アシュレイに身体を沈めたエルナンドを、彼女はただ受け止めた。世界にはただ2人だけが存在していた。

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