青髪には魔力が宿る4(エルナンド視点)
皇帝陛下の命により、聖殿に向かった。300年前に封じた、大魔法使いの封印が解けかけている。聖殿に赴き、直接その目で確認すると共に、解決方法を見いだせ。と言うのが、勅命の内容だが、無茶振りもいいとこだ。仕事の内容もそうだが、私にはアーシュを守るという、何よりも大事な使命があるというのに。
只でさえ、欲にまみれた狼たちの群れなす学園などという危険な場所にいるアーシュ。今までは名誉講師として年に1、2度しか顔を出さなかった学園に、権力と圧力を最大限に駆使して『歴史の先生』の座を獲得した。悪い虫は残らず駆除して、2度とアーシュに恋心を抱くどころか、その汚れた視界の端にアーシュを映すことすら不可能なほどの苦痛を心に刻み込む。という最大の使命に日々奮闘していた。
その筈なのに。
丸2日もアーシュの側から離れなければならないなんて。気高く、可憐で、可愛くて、美の女神すら嫉妬してしまうほどの、完璧な美しさを持つ彼女を守ることができないなんて。
わたしに命令したのが皇帝でなければ、その人間こそを永遠に続く苦しみを与えながら300年間封印され続ける魔法をかけていたところだが、相手が皇帝陛下では素直に従うしかない。
不本意でしかないが、渋々、聖殿の無駄にきらびやかで豪華絢爛な扉を潜った。
大司教への挨拶もそこそこに、今回の調査のために編成された使節団と共に地下へと向かう。大魔法使いの封印を確認する。体内の魔道の流れを感じながら、徐々に魔力濃度を高める。大気中の水分が凍り、雪の結晶がハラハラと宙を舞う。体内の魔力を一気に解き放つと、魔法使いの周囲で複雑に絡む結界が白く凍った。
目に見える形で結界を表面化して、使節団の面々に合図を送る。私の側近であるザックを筆頭に、優秀な人材たちが目を凝らして結界の綻びを調べ、記録に納めた。
「情報収集は終わった。王都へ戻るぞ」
必要な情報は揃えた。分析は王都へ。いや王都学園に戻ってからでもできる。アーシュ、寂しい想いをさせてごめんね、アーシュ。君のエルは、もうすぐ君の元に帰るからね。
集めた情報はザックに押し付けて、父上から皇帝陛下に渡してもらうように伝えた。王都に着いて直ぐ、王都学園に直行した。
校門を潜ると生徒達が登校している時間だった。腕時計を見ると、いつものアーシュの登校時間より13分30秒遅かった。この時間なら、もう教室かな?などと考えていたら、生徒たちの噂話が聞こえた。
噂のひとつは、昨日ソルトがアーシュに告白をしたというもの。それだけで腸が煮えくり返り、くだらない命令を下した皇帝と、アーシュに邪な感情を持つソルトを生きたまま永遠に解けない氷の柱に封じてやりたい衝動に駆られるのに、2つ目の噂を聞いて、なりふり構わず走り出していた。
『アシュレイ嬢が、フェルナルド先生のお部屋に呼ばれたそうよ』
あの魔道オタクと私の愛しいアーシュが同じ部屋で2人っきりだと?怒りに任せてフェルナルドの部屋に行くと、彼は1人でぽつんと部屋にいた。
「アーシュはどこだ?」
「え?エルナンド君?」
目を見開き驚くフェルナルド。
「どこだも何も、私がアシュレイ嬢とこの部屋に入ろうとしたら、憤怒して私を睨んで、アシュレイ嬢を連れ去ったのは君でしょう?」
戸惑ったように説明するフェルナルド。どう言うことだ?意識を集中させてアーシュの魔力の気配を探る。私の様子が変だと気づいたフェルナルドは、ふと私の背中を見て驚きの声を上げた。
「黒魔法ですよ、エルナンド君!」
ジャケットを脱いで背中を見ると、黒い手形がくっきりと浮かび上がっていた。手形に残る力の残骸は、封印の綻びから微かに感じた、大魔法使いのものに酷似していた。
「しまった!アーシュが危ない!」
彼女の魔力を己の教職員用の個室から感じた。その魔力は弱々しかった。
「え?アシュレイ嬢が危ないって?どう言うことだい?」
慌てるフェルナルドを無視して走った。あの魔法使いは、綻びの隙間から自身の影を私の身体に寄生させていたのだ。そして学園に着くやいなや、先回りしてアーシュを捕らえたのだ。何のために?綻びを補正させないための人質として、アーシュを狙ったのか?それともアーシュの持つ稀有な中和魔法で、封印魔法を解くためか?
自室のドアを開けると、黒い影の腕に抱かれたまま、光を失った虚ろな目で影を抱き締め返すアーシュがいた。




