青髪には魔力が宿る3
「こんな場所で立ち話もなんだから、教員用の個室に移動しましょうか?」
フェルナルド先生に促されて、素直に後をついて行く。太古の魔法だの、大魔法使いだの。人に聞かれては困る内容であることは重々承知していたから。
個室の前に着き、フェルナルド先生がドアノブに手を掛けたとき、背後からポンと肩を叩かれてゾクッとした。学園内で私に気軽に触れるのは、ランセル殿下とエルナンドお兄様だけ。しかも肩を叩くなどという馴れ馴れしい行為が許されるのは、家族であるエルナンドお兄様のみである。
幼い頃から家庭教師として師事しているフェルナルド先生とは言え、成人男性には代わりない。そんなフェルナルド先生と2人でいるところを見付かってしまった。シスコンでヤンデレ属性のお兄様のことである。どれ程怒り心頭なことか。
冷や汗を流しながら、そろーっと後ろを振り返ると、にっこりと空恐ろしいほどにきれいな顔で微笑むお兄様が立っていた。
「出張先より無事にお戻りになられたのですね、エル。お帰りなさいませ」
ぎこちない仕草で挨拶をすると、エルナンドお兄様はピクリと片方の眉を上げた。
「私がいない間にソルトに告白されただけじゃ飽き足らず、フェルナルド先生と2人きりとは、いったいどう言うことだい?私の愛しいアーシュ。しかもアーシュに会えて嬉しいのは私だけかい?どうしてそれほどまでに『しまった』って表情を浮かべているのかな?」
手を伸ばし、私の頬に触れるエルナンドお兄様。その手が氷のように冷たい。多分に冷気を含んだ声と眼差しに身震いする。そんな私の様子を「ふーん」と無表情で観察したお兄様は、私の耳元で囁いた。
「お仕置きが必要だね」
その一言に、サーッと青ざめる。自らの手で己の体を抱き締めてブルブルと震える私に、エルナンドお兄様はクスッと笑みを漏らした。
「おや、アーシュ?体調が悪そうだね。1時限目の授業は欠席して、私の個室で休みなさい」
お兄様の言葉にフェルナルド先生が賛同する。
「確かに顔色が悪いですよ、アシュレイ嬢。1時限目は私の授業でしたね。ゆっくりお休みなさい」
「え…?あ、あの、フェルナルド先生?」
体調など悪くないです。なんならすこぶる元気です!そう訴えようとしたけれど、腰に手を回し、反対の手で手を掴んで私の体をがっちりとホールドするエルナンドお兄様に引き摺られながら、廊下の最端にあるお兄様の個室へと連れ込まれた。
パタンと背後でドアが閉まり、鍵を掛ける音が聞こえた。完全に閉じ込められた。心臓がばくばくと鳴り、緊張で溢れる唾を飲み込んだ。振り向くことすら怖い。
お兄様は私の目の前まで移動すると、無言で見下ろした。その目が完全に怒っている。
顎を掴んで上向かせられて、反射的に逃げようと後退すると、大きな手で逃がすまいと頭を掴まれた。
「や……」
言葉を発する前に、唇を塞がれた。驚いて足がふらつく。その隙を付くようにお兄様に壁に押し付けられた。背中に固く冷たい壁の感触を感じながら、目の前に覆い被さるように立つお兄様の冷たい指先と、燃えるように熱い唇の感触を同時に味わい、訳がわからず混乱する。
角度を変えて、何度もぶつかる唇と、そこから漏れる湿った吐息。ぬるりと唇を割ってに侵入した舌が口内を侵食する。水音の混じった淫猥な音が室内に響く。
両手でお兄様を胸を押し返して拒もうとするけれど、びくともしない。顔を捩って逃れようとするけれど、頭を掴まれて顔を背けることが許されない。
「お仕置きだって言ったよね。逃がさないよ、アーシュ」
真っ昼間の学園内で、しかも兄であるエルナンドに、強引に唇を奪われ続ける。恥ずかしさと、背説感に苛まれて足が震える。嫌だと。こんなことをするお兄様なんか嫌いだと、ハッキリと伝えられたらいいのに、『気持ちいい』と『もっと欲しい』と求めてしまう自分自身に恐怖する。脚ががくがくと震えて、目眩がする。
朦朧とする意識の中で、エルナンドお兄様の唇の感触だけが鮮やかに脳内に焼き付く。いつの間にか、自分からお兄様の背中に腕を回してしがみつき、甘い声を漏らしていた。
血の繋がった兄と妹。神に背く行為は、心の中に深い闇と痛み。麻薬のように痺れる甘さを私に与える。小説の物語も、自分の未来も、この世界の行く末も、何もかもがどうでもいいと思えてくる。
このままエルナンドお兄様と2人、ただ抱き合い、闇に落ちてもいい。そんな風に思ってしまった。




