楽しい?学園生活1
「いらっしゃい、アシュレイ姫」
学園の休み時間に、ランセル殿下に用があるからと生徒会室に呼ばれた。部屋に入ると、きらきら眩しいプリンセス・スマイルを浮かべながらランセル殿下に向かいの席に座るように促された。ソファに腰掛けたタイミングで、ソルトが私の目の前に紅茶を置いた。
「来てくれてありがとう。以前、私が視察に行った貿易路のことで、姫に相談があってね」
そう言いながら、困ったように目を伏せるランセル殿下。長い睫毛が可憐な顔に影を落とす。庇護欲を掻き立てる儚げな姿。今日も今日とて、ランセル殿下は『お姫様』である。
「本当は今ある道路を最大限に生かして、足りない部分を補足する形で、隣国へと続く貿易路を完成させる予定だったんだ。けど長雨の影響で、川の氾濫や土砂災害が起こり、貿易路に使う予定だった道路の一部が崩壊してね。今後、貿易路を作るにしても、大雨や嵐の度に決壊する路など危なくて通れない。そこで既存の路を使わず、王都から最南端への道路を一から作ることにしたのだけど、そうすると最初の予定より大幅に予算がオーバーしちゃってね。財源がなければ路は作れない。さて、どうしたものか?と悩んでいるんだ。姫に良いアイデアがあれば、教えてほしいのだけど?」
こてんと首を横に倒してこちらを見るランセル殿下の可愛らしいこと!本当に、この方は男にしておくのはもったいない程に可憐で愛くるしい。私はチラリと殿下の側に立つソルトを見た。財源の確保の相談ならば、わたしではなくソルトやエルナンドお兄様に相談した方がいいのでは?そう思った。そんな私の疑問に答えるように殿下が言った。
「ソルトややエルナンドとも話し合っているのだけれど、アシュレイ姫の意見が聞きたくてね」
ふわりと微笑むランセル殿下。側に控えるように立つソルトが、試すような目でこちらを見ている。
財源ね……。私は前世の記憶を呼び起こす。財源を増やす。となると税金を取る。と言うのが手っ取り早い。けれど税を上げる。と言うことは、国民の負担を増やす。と言うこと。長雨で作物が腐り、場所によっては豪雨に家が流された者もいる。大流行は食い止めたけれど、一部の町や村でちらほらと疫病も出ていた。人々が弱っているときに税を上げれば、王家への批判は免れない。国力低下によって他国から攻められる可能性もある。自国民から税金を取るわけにはいかない。それならば……
「輸入税を導入してはいかがでしょうか?」
「輸入税?」
殿下がキョトンとした顔をする。ソルトは探るような目でわたしを見つめている。
「はい。道路を利用するための通行税を取る事もできるでしょうが、そうなれば商人達は回り道をするでしょう。困るのは、通行税を払ってでもその道を通らざる負えない、地元に住む者たちです。只でさえ長雨で衰弱しているこの国の民から、税金を取るのは控えるべきかと。
ならば国外から入ってくる商品に税をかけて、税収を得る方が良いかと思います。外国産の物に税をかけることで、例えば麦ひとつにしても、外国産の麦よりも国産の麦の方が安くなる。同じものならば人々は安価なものを買うことでしょう。疲弊する農民たちの収入の手助けにもなると思いますが」
つらつらと言葉を連ねるわたしに、殿下は「アシュレイ姫、すごーい!」と絶賛した。ソルトは顎に手を置いて考えた後、口を開いた。
「輸入税をかけるとなると、他国から、我々の国の特産品に重い税が化せられる可能性が高くなります。輸入税は、他国と密に話し合った上で施行すべきかとは思いますが……」
ランセル殿下の御前と言うこともあり、貴公子の皮を被ったソルトは、それでも楽しそうにクスッと笑った。
「案としては悪くありませんね」
ソルトに合格点をもらえたようだ。ランセル殿下は「私のアシュレイ姫は天才だ!」とキラキラしたおめめで、私のことを褒め称えた。
「ありがとうございます」と殿下に答えながらも、背筋がむず痒くなる。私が答えられたのは、ハッキリ言って前世の記憶があるお陰。外国と擦り合わせながら輸入税について話し合うなど、TPP会談そのものじゃないか。明らかなカンニング。ずるをしているような後ろめたい気持ちが押し寄せて、居心地が悪い。誤魔化すように殿下の美辞麗句を笑顔で受け流した。




