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初登校でございます!4

午前中の授業を終え、学園内のカフェに向かう。のんびりしていたら、またランセル殿下が教室に来てしまう。あの方は、愛くるしさで人を萌え殺す『歩く凶器』。被害者が出る前に、急いでカフェに向かわなければ。


校舎を出て中庭の小道を、優雅さを損なわない程度に早足で歩いていると、人の話し声が聞こえた。声がした方に歩いて行くと、大きな木の影で、数人の生徒が1人の女子生徒を取り囲んでいた。


「あら、そんな動物の餌をわざわざバスケットに入れて持ち運ぶだなんて。セイレーンさん、学園内で動物を飼うことは禁止されておりますのよ」

「セイレーンさんは庶民でいらっしゃるから、私たちがお父様やお母様から当たり前に教えていただける王都学園の校則を、ご存じではないのかしら?」

「まさか、こんな固いパンや丸のままの果実を、庶民とはいえ人間であるセイレーンさんが食べるわけありませんわよね」

「こちらのバスケットは、校則違反として風紀委員である私たちが没収いたしますわ」


バスケットを取り上げられた女子生徒が、慌てて手を伸ばして奪い返そうとする。


「それは私の昼食よ!返して!」


女子生徒をからかうように、彼女を取り囲む生徒たちがバスケットを互いに手渡し合いながら、女子生徒から逃げている。


「返して!返してったら!」


必死にバスケットを追いかける女子生徒。この国では見かけない青い髪をした少女。色白で、神秘的な紫の目をしている。少女の手がバスケットに届きそう。そう思ったとき、バスケットを持っていた生徒がパッと手を離した。バスケットが床に落ち、中のパンと果物がコロコロと芝生の上に転げ落ちた。


「あら、ごめんなさい。あんまり恐い顔をして追いかけてくるものだから、驚いて落としちゃったわ」

「わたくし、生まれてこの方、庶民と関わったことなどありませんでしたけど、庶民と言うものがこれほどまでに粗野で凶暴な生き物だなんて知りませんでしたわ」

「どうせ動物の食べるものだもの、地面に落ちて汚れようが関係ありませんわよね」


おほほほほ!と高笑いを上げながら謝りもせずその場を去ろうとする生徒たちに、思わず声をかけた。


「こんなところで何をなさっているのかしら?」


ふわりとプラチナブロンドの髪が宙を舞う。薄い水色の瞳は怒りで揺れる。空気が張りつめ、生徒たちの間に緊張が走る。私は地面に落ちたパンをひとつ拾った。貴族たちが当たり前に食べる麦を精製して作った柔らかな白パンじゃない。日持ちがするようにわざと乾燥させた、固く茶色い雑穀パン。そのパンを手に取り、生徒たちににこりと笑いかけた。


「これは動物が食べるものなのね?」


そう尋ねると、生徒たちは緊張を解きゴマをするようなわざとらしい笑顔を張り付けて答えた。


「その通りですわ。それは、ただの動物の餌でございますわ。ハートランド侯爵家のご令嬢であり、ランセル皇太子様の婚約者であらせられる、アシュレイ様」


「…そう。ならば問題ないわね」


私は手に持ったパンを、間抜け面してこちらを見ているどこの誰ともわからない貴族の娘の口に押し込んだ。


「うぐっ」


娘は小さな呻き声をあげてパンを咥えたまま、涙目になっている。他の生徒たちは、呆気に取られて固まっている。


「まだこんなに落ちているわ。他にも餌付けが必要な動物が何匹かいますわね」


舐めてもらっちゃ困るわ。わたくし、アシュレイ・エル・ハートランド。本気を出せば国の1つや2つや3つや4つ。滅亡させるのなんて朝めし前ですわ!意識して悪女な笑みを張り付けて、その場にいる生徒たちを威圧するように見回した。


「アシュレイ様。なんの戯れですか?」

「お止めください、アシュレイ!」


「あら、動物が何やら喚いているようだけど、所詮動物。何を言ってるのか人間の私には理解できませんわ。そこの青い髪の貴女。あの動物たちの言葉を理解できまして?」


佇む少女に声をかけると、彼女は無言でプルプルと首を横に振った。少女にふわりと笑いかける。地面に落ちた残りのパンと果物を拾ってバスケットに入れると、少女は慌てて「わたしが拾います!」何て言っていたけれど、聞こえない振りをして全て拾い、バスケットを少女に返した。


「貴女の大切な昼食を動物に与えてしまってごめんなさい。お詫びに一緒にカフェでランチをしましょ。もちろん弁償がわりに、代金は私がお支払いたしますわ」


少女は驚いて目を見開き、恐縮して何度も断ったけれど、どうにか口説き落として一緒にカフェに行くこととなった。




彼女の名はセイレーン。小説の中の登場人物の一人。珍しい青い髪と紫の瞳は、遠い北方の国の出身で、踊り子として世界中を旅する母親の血を濃く受け継いだためだった。生徒たちが『庶民』と呼ぶと言うことは、現段階で彼女の父親が誰かは明かされていないようだけれど、小説の通りであれば、彼女の父親は現国王陛下。由緒正しき皇族の血筋である。


小説の中では、私は学園に通うことなくランセル殿下と結婚したため、本来ならば学園でアシュレイとセイレーンが出会うことはないはずだった。小説の中の登場人物のアシュレイは、王宮で出会ったセイレーンの珍しくも美しく青い髪に嫉妬して、「私が持っていないものをあの娘が持っているなんて許せない!」と言う理由から、ありとあらゆる嫌がらせの後、偽の横領や殺人合わせて103もの罪を負わせて処刑した。


そんなアシュレイの魔の手によって地に落ちるはずだったセイレーンを勢いのままに助け……あまつさえランチに誘ってしまった。セイレーンの手を引き、余裕の微笑みを浮かべて優雅に前を歩きながら、脇汗は止まらないし、心臓がばくばくと騒いでいる。これから、いったい、ど、ど、どうしましょう?

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