初登校でございます!3
ずいぶんとお待たせして、申し訳ありませんでした。少しずつ更新再開いたします。
「ねぇ、最近ソルトの私に対する態度、雑になってない?」
(他の生徒に気付かれないように)首根っこを掴むソルトを、恨めしげに見上げるランセル殿下。潤んだ瞳と合間って、庇護欲を掻き立てられる。この場にいる女子生徒だけじゃなく、男子生徒までもがうっとりと、恋い焦がれるような眼差しをランセル殿下に向けている。ランセル殿下は、周囲に漂うほんわかピンク色の空気に気づいているのか、いないのか、「はぁー」と悩ましげなため息を吐いた。
教室内の数人の女子と1人の男子生徒が、ランセル殿下の愛らしさに膝から崩れ落ちた。萌え苦しんで、死者が出る前に、ランセル殿下をこの場から引き離さなければ。
危険を探知した私は、素早く。けれど優雅な所作で殿下の手を取ると、教室から連れ出した。
「アシュレイ姫から私に触れてくれるなんて、初めてじゃない?いつもの慎ましやかで恥ずかしがり屋の姫も可愛いけれど、積極的なアシュレイ姫も大好きだよ」
生徒会室のソファーに優雅に腰を下ろすランセル殿下。この場所は、ランセル殿下を教室から連れ出したのはいいけれど、どこに行けば殿下の愛くるしさから他の生徒を守れるだろうと中庭をさ迷っていた私に、ソルトが提案してくれた避難場所。最上級生であるランセル殿下がこの学園の生徒会長。ソルトが副生徒会長と言うことで、遠慮なく避難させてもらった。
ソルトが淹れた紅茶を飲みながら、ご機嫌なランセル殿下は、小首を傾げてにこにこと私を見ている。この方は、自分が誰よりも可憐で可愛らしい容姿であることをご存じな上で、この破壊的な愛くるしさを振り撒いていらっしゃるのだろうか?殿下の側にいるときのソルトが、いつも神経質に眉間にシワを寄せている理由が分かった。
『苦労が耐えないわね』言葉に出さず、同情の眼差しをソルトに向けると、諦めたような、なんとも苦い顔をされた。
「朝から私の教室にいらっしゃるなんて、どの様なご用ですの?」
ソルトが私にも紅茶を入れようとしていたけれど、「もうすぐ授業が始まりますから」とお断りして、要点を聞く。するとランセル殿下は、「一緒にランチが食べたくてね。朝一番で、アシュレイ姫との昼食の約束を取り付けに来たんだよ」と無邪気に笑った。
「侍女に言付けてくださればよろしかったのに」
王都学園に通う殆どの生徒は皇族や貴族達。ごく一部、特待生として選ばれた平民も通っているが、各学年に1人か2人いる程度の、縫い針の穴よりも狭き門である。故に、大抵の生徒には侍女が付いている。
皇太子と言う立場だけでも目立つのに、この眩しいまでの美貌である。歩く凶器と言っても過言ではないこの方が、あっちこっちとふらふら歩き回るのは危険すぎる。ソルトにそれとなく目を向けると、神妙な顔で頷いていた。
渋るランセル殿下を説き伏せて、無闇に私の教室に来ないことをお約束していただき、昼食を殿下と共に取ることをお約束して教室に戻った。まだ初登校の朝であるにも関わらず、どっと疲れた。
「おかえり、アシュレイ嬢。あれ?なんだか顔色悪くない?」
教室に戻ると、隣の席の男の子が心配そうに私の顔を覗き込んだ。この方は、皇太子妃候補の1人だったヴィエラ姫の弟君で、デューイ王子。この王子の母国ストル公国。ストル公国の現国王は、デューイ王子の兄であり、小説の中のアシュレイが、ランセル殿下の次に嫁いだ相手である。
因みにデューイ王子はアシュレイがストル公国の王妃となった後、暇潰しに火遊びをした相手であり。アシュレイがデューイ王子と浮気をしたことがきっかけで、王と王弟の兄弟喧嘩が勃発。国を二分する戦いの末に滅亡。と言う悲劇の歴史をたどった。
赤毛の短髪。太くくっきりとした眉に、髪の色と同じ赤く大きな目。背が高く、筋肉質な、ザ・体育会系。確か小説の中でも、考えるより、まず行動。典型的なポジティブ人間だったはず。楽観的な思想が過ぎて、たかが浮気。たかが兄弟喧嘩。と己の立場を考えずに行動した結果、アシュレイに踊らされるままに国を滅ぼす片棒を担いでしまう。
純粋に心配してくれているらしいデューイ王子。赤い目が真っ直ぐに注がれる。
「初登校ですし、少し緊張しているだけです」
それらしい言い訳をすると、そっと細かい刺繍が施された小袋をくれた。
「リラックス効果があるポプリだよ。あげる」
ニコッと大きな口を横に広げて屈託なく笑うデューイ王子に、罪悪感を覚える。今の私がしたことではないにせよ、小説の中の私、こんな無邪気な少年に手を出しやがって。とんでもない毒婦だな、おい!
赤い髪と目。人好きのする明るい性格。ザ・太陽なデューイ王子を昼ドラ真っ青の泥沼恋愛劇場には巻き込まない。浮気、ダメ、絶対!!改めて、善良な一市民として平凡な生を全うすることを固く誓った。




