悪女アシュレイ4
ハースアリア先生とフェルナルド先生は、小説の登場人物である。本来ならばアシュレイが皇太子妃候補となる年の1年前からアシュレイの家庭教師を勤める筈であった。皇太子妃の最有力候補として名を上げたアシュレイの我儘っぷりを心配した両親が寄越した2人。しかも元国王の実姉であるお母様が国王に相談し、国王自らが、皇太子の家庭教師を勤めるお二方を紹介したのである。当時アシュレイは15才。の筈だった。
それがどういう訳か、現在10才のアシュレイの先生として登場したのである。どうしてこんなに早く?私が前世の記憶を思い出したせいで、何かの補正がかかったのでしょうか?などとハースアリア先生の柔らかい膝の上に座って、クッキーを食べながら考えていると、王都学校から帰宅したエルナンド兄様が部屋に入るなりアシュレイを抱き上げた。ハースアリア先生から私を引き離すように。しっかりとハースアリア先生を牽制するように厳しい眼差しを向けながら。
そし砂糖菓子みたいに蕩けるような甘い声と表情で、アシュレイに声をかける。「ただいま。私のアーシュ。口の横にクッキーの粉が付いてるよ。私の小さなアーシュは本当に可愛らしいね」そう言いながら、片手で私の体を抱っこしたまま反対の手の親指で口許を拭う。「お兄様!」そう呼ぶと「エル。だよ」甘い声で、けれど背筋が凍る冷たい目で訂正された。お兄様…怖いです。「エル、見て」お兄様の機嫌を損ねないように、精一杯甘えた声を出しながら、うーんと手を伸ばしてテーブルの上の布を取ってエルナンドに見せる。
「ハースアリア先生に教えてもらって作ったの。私からエルへのプレゼントよ」にっこりと笑って渡したのは、真っ白い布に剣と薔薇の蔦の刺繍を施したハンカチーフ。剣と薔薇の蔦はハートランド家の紋章。刺繍の練習をする際にハースアリア先生から「折角ですから、どなたかへ差し上げるものを作りましょう」と言われ、お父様にしようか?お母様のにしようか?と悩みつつ、いやお兄様の物を最初に作らなければ私の命が危ない!そう気付き、エルナンドへのハンカチーフを縫ったのである。
ハースアリア先生から淑女教育を受ける一方、フェルナルド先生からは国の歴史や経済、語学だけではなく魔法も学んだ。この世界には魔法が存在するのである。フェルナルド先生が得意なのは治癒魔法である。兄のエルナンドが得意とするのは氷を使った攻撃魔法。そして小説の中で私が得意としたのは人の心を操る人心操作魔法。但し自分より魔力の強い者や、強固な意思の持ち主には使えない。要するに雑魚キャラにしか発動されない程度の魔法であった。その筈なのに、
「素晴らしい能力です、アシュレイ様。無効化の力を持つ方など百年に一人。いえ千年に一人の逸材です!!」
私の能力を見たフェルナルド先生は興奮してそう言った。普段は冷静沈着なフェルナルド先生は、生粋の魔法オタクだった。どれ程強力な魔法も、アシュレイの前では無となる。アシュレイには何も効かない。アシュレイが張った防御壁の中では、すべての魔法が効かなくなる。どんな強力な魔法も。そしてアシュレイが張った防御壁の中にいる怪我人は、怪我をする前の無傷の状態に戻る。アシュレイが鍛練を重ねてより大きな防御壁を作れるようになれば、より広範囲の、多くの人間を守ることができるようになるのだ。
「アシュレイ様、私に着いてきてください。魔力を高めるには体力も不可欠なのです!」ザ、インドアな見た目のフェルナルド先生は、予想外にスポコン系で。特にアシュレイの力を知ってからは、勉強の前に一時間のジョギング、その後一時間の筋トレ。計二時間きっちり体を鍛えた後に勉強をするようになった。お陰でフェルナルド先生の授業の後は、汗だくの筋肉痛である。