初登校でございます!
私の王都学園への入学が決まってからの、お母様とエルナンドお兄様の対応は光のごとき早さだった。入学準備があるからと、その日の内に私を城からハートランドの屋敷まで連れ帰り、とっとと入学手続きを終え、自宅から学園に通うための新たな馬車まで買った。
「アシュレイちゃんは、城には戻しませんわよ!」
ホホホと勝ち誇ったように笑うお母様に、お父様がうっとりとおっしゃった。
「その用意周到で、抜かりなく強引な手腕。いつ見ても惚れ惚れする。流石は我が愛する妻、ナターリャだ」
大絶賛ですね、お父様。そう言えば、お母様が、国王陛下に向かって『優柔不断の優男』と仰ったとき、お父様は隣で「麗しのナターリャ。今日も素敵だよ」とか何とか呟いていらっしゃいましたね。どんだけ骨抜きなんですか?お母様に。
そんなこんなで、あっという間に登校初日がやって来た。
うきうきと本日の学園用のドレスを見立てるお母様。お兄様もご機嫌に、お母様と共に、私の髪型やアクセサリーについて話し合っている。エルナンドお兄様。どうしてお兄様のブラウスのレースとわたくしのリボンのレースがお揃いなのでしょう?どうしてわたくしのドレスの刺繍とお兄様のジャケットの刺繍の柄がお揃いなのでしょう?
「よく似合ってるよ、アーシュ」
お兄様、ご満悦です。因みにお兄様は昨年、王都学園を卒業して、今は同学園で魔道力学の教師をしている。本日は、当然お揃いの服での登校となる。
「さぁ、行こうか?」
麗しの王子様のごとく、わたしを馬車の中へとエスコートするエルナンドお兄様。その手を取って、馬車に乗り込んだ。
王都学園へは編入という形で入ることとなった。 社交界デビューをしていない私には同年代の友達はおろか、知り合いすらいない。しかもクラスメート達の殆どが、幼い頃から共に学園で学ぶ学友同士。クラスに馴染めるだろうか?友達はできるだろうか?急に不安が押し寄せて、馬車の中、スカートの端をギュッと掴んだ。
「何かあれば私を呼びなさい」
わたしの手にそっと手を重ねるエルナンドお兄様。見上げると、澄んだ青い瞳が『大丈夫』と言うようにキラキラと煌めいていた。
「ありがとう、エル。そうですわよね。学園にはエルもいるし、最高学年にはランセル殿下もソルトもいますものね。心強いですわ」
にっこりと微笑むと、
「何かあれば、殿下やソルトではなく、真っ先に私を頼りなさい。いいね」
青い瞳は冷気を帯び、馬車内の温度が氷点下まで急降下した。このままでは身も心も凍死する。懸命な私はぶんぶんと首を縦に振って頷いた。
「良い子だ、アーシュ」
ふわりと微笑むエルナンドの顔は、まるで氷の彫刻のように美しかった。
「本日よりこのクラスの一員となられた、アシュレイ・エル・ハートランド嬢です。皆様、仲良くなさってくださいね」
担任のハースアリア先生が麗しいお声で仰った。そうです。わたしが編入するクラスのホームルーム担当は、ハースアリア先生だったのです。魔道工学と魔道実技の授業の担当はフェルナルド先生。しかも同じクラスには、かつてわたしと同じ皇太子妃候補のお1人であったエリーゼ侯爵令嬢と、同じく元皇太子妃候補の1人、隣国のヴィエラ姫の弟君であるデューイ王子がいた。因みにヴィエラ姫は1つ上の学年に在籍している。
意外と知り合いいるじゃん、わたし!
ハースアリア先生に紹介されて、にっこりと微笑むと、さくさくっと自己紹介を済ませて自分の席へと向かった。わたしの一挙一動を、息をのんで見つめるクラスメート達。わたしが椅子に腰かけると、どこかしこから「ほーっ」と熱いため息が漏れた。
皆様の心の声が透けて聞こえるようですわ。「可愛い」「美しい」「天使」「女神」。さぁ、わたくしの愛らしくも美しい姿に萌え苦しみなさい!
心の中でホホホと高笑いを上げながら、済ました顔で前を向く。国を崩壊させるほどの美貌ですもの。学園ひとつ、この美しさで支配することなど朝めし前ですわ!
まぁ、支配する気はありませんが。
この学園でも、目指すは平凡。つつがなく、波風たてず、それなりの人間関係を構築して卒業する。卒業後はランセル殿下と結婚し、目立たず、でしゃばらず、平凡で平穏な王宮生活を満喫する。出来れば子供は欲しいわね。叶うならば一姫二太郎。目下のところ、それがわたしの目標です!!
そう願っていたのですが、
「アシュレイ姫!」
ホームルーム終わりにやって来たランセル殿下の登場によって色めき立つクラスメート女子と、複雑な表情を浮かべてその場を見守る男子たち。
「アシュレイ姫、逢いたかったよ!」
人目もはばからずわたしをギュッと抱き締めた殿下のお陰で、平凡な夢はガラガラと音を立てて崩れ去った。




