あっさりと覆ります
「アシュレイ・エル・ハートランド。そなたは我が嫡男であり第一皇子であるランセル・サバァ・サランドラ・フォレストと婚姻する覚悟はあるか?」
壇上の玉座に座った国王陛下が私に問いかけた。本来ならば王として命令できる立場でありながら、私の気持ちを確認してくださる陛下の御心の、なんとお優しいことだろう。そう思うと同時に、『はい』と即答できない自分にチリチリと心が痛む。
などと言うことはなく、私の隣でお父様と共に臣下の礼を取るお母様の『アシュレイちゃんが不幸になることは許さないわよ』ビームがズブズブと国王陛下を貫いているのがハッキリと見えた。
陛下の問いにどのように返事をすべきかと悩んでいる私に、お母様がコロコロと鈴をならすような美しい声でおっしゃった。
「婚姻が嫌なら嫌とはっきりおっしゃい、アシュレイちゃん。ハートランド家のことを憂いているなら杞憂ですわ。ハートランド家の知力と財力、そして軍事力。それらを敵に回すなんて勇敢な真似、優柔不断な優男であるお兄様に出来るわけありませんわ!」
オホホと扇を広げて高らかに笑うお母様。流石は国王陛下の同母妹である。しかもこの場にいる宰相や大臣達の誰一人として、お母様を諫めない。どんだけ最強なのですか?お母様。
「はー」とため息と共に、さっきまでカチコチに凍っていた自分の心が溶けてゆく。国王陛下の隣には不安そうに両手をぎゅっと握りしめて下唇を噛む、ランセル殿下が鎮座している。私がどのように答えるのか不安なのだろう。子うさぎのように不安げに揺れる瞳が、ランセル殿下の愛らしさをより一層際立たせている。庇護欲を掻き立てられるその容姿。久しぶりに会ったランセル殿下は、本日も紛うことなき『お姫様』である。
キラキラ眩しいランセル姫に見惚れていると、私たちと離れて臣下の列に連ねていたエルナンドが、つかつかと私の側までやって来て、国王陛下に向かって片膝をついて頭を垂れた。ふわりと鮮やかな青いマントが風に揺らめく。今日もエルナンドお兄様は麗しの貴公子である。
「畏れながら陛下。我が妹は未だ幼く、后の責務を果たせるとは思えません。歴史あるフォレスト皇国において、かつては幼くして夫婦の契りを交わす時代もございましたが、現在、男女問わず勉学に励み知識を身に付ける時代でございます。妹は今まで我が屋敷や王城にて、家庭教師の元に学んでおりましたが、それゆえ世間知らずでございます。このまま私利私欲に塗れ、陰謀渦巻く王城に嫁がせるのはあまりに不憫でございます!」
あ、おう!お兄様。陛下や国の重鎮達が居並ぶ中、よくぞここまで言い切りました。やや引きぎみに、煌めく金髪から覗く青い目を見る。有名な彫刻家が魂を込めて彫ったような綺麗な横顔を見ていると、不思議とお兄様の毒舌などどうでも良い気持ちになっていきます。神をも羨む美貌を間近で見ていると、脳内がプチパニックの末に麻痺してしまいました。
あぁ、お兄様。危険なヤンデレであろうとも、美しいものは美しいです!!ほぅ…。とお兄様の横顔に見とれていて聞き漏らすとこでした。
「妹の王都学園への入学を許可してください」
「……?」
「さぁ、アーシュもお願いしなさい。」
「へ?」
「お・ね・が・い・し・な・さ・い」
お兄様。口は笑っておりますが、目が笑っていませんよ?ゾクリと背筋が凍えてブルッと震えた。脳内で状況整理をする。このまま国王陛下の言葉に頷けば、気持ちの整理もつかないままランセル殿下と結婚することになる。お兄様の言う通り、私は世間知らずだ。お兄様の度を越える過保護の甲斐あり、正式な社交界デビューを果たしていない私は、同年代の友人がいない。(ソルトは除外)
けれど王都学園に入学すれば、貴族の子爵令嬢との交遊関係ができる。それはいずれ私の武器となるだろう。学園で友人と言う名の味方を作ることで、今後最悪の事態は免れるかもしれない。何より学園に通う間は結婚を先延ばしにできる!その事に気づいた私は、バッと顔を上げた。
「わたくしの王都学園への入学をお許しください。国王陛下、ランセル殿下」
「ふぇ?」
ランセル殿下が目を見開き、なんとも言えない可愛らしい声を漏らした。ランセル殿下、可愛すぎます。
「良い案ですわ」と目を煌めかせたお母様の一言で決定した。私の王都学園の入学と、ランセル殿下との婚姻の延期が。




