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国の危機6

「2人の無事を祈ろう」


ランセル殿下はそう言ったけど、何もせず祈るだけなんて嫌だ。想ってるだけじゃ何も変わらない。何なら出来るのだろうか?非力な私に。考えるけど、何も思い浮かばなくて、結局、ただ『生きて帰ってきて』と祈ることしかできなかった。


椅子に座って、小屋の小さな窓から外を眺める。雨は止む気配がない。降り続く雨は、捜索の妨げとなっているだろう。


殿下の側近が淹れてくれた温かいスープを飲みながら、雨粒を眺めていると、突風が吹いて窓がガタガタと大きく揺れたと思ったら、ガシャンと割れた。


「アシュレイ姫、危ない!」


殿下が私に掛けよって抱き締める。雨粒と共に飛んできたガラスの破片がランセル殿下の背中に直撃してパラパラと落ちた。


「殿下?腕から血が!」


ガラスの破片が腕に直撃したのだろう。ランセル殿下の腕から赤い血が滲んでいる。慌てて無効化の魔法で殿下の腕の傷を治すために、意識を集中させようとしたら、ガシャンとまた別の窓が割れた。


「早く窓の側から離れるんだ!」

いつもの穏和な笑みを引っ込めたランセル殿下が、力任せに私を小屋の中央に移動させた。

「ランセル殿下、血が出ております。いま、私の魔法で治癒致しますわ!」


胸に手を置き、意識を集中しようとした私の手を、ランセル殿下がそっと握った。

「不要だ。アシュレイ姫。この程度のかすり傷のために魔力を消費する必要はない。その稀有な力は、貴女の兄のために温存しておきなさい」

労るようにふわりと笑ったランセル殿下に、己の小ささを思い知らされる。


前世の記憶を思い出してから、それなりに上手く渡り歩いてきた自負がある。前世年齢と現世年齢を合わせた精神年齢が、ランセル殿下やお兄様、ソルト達よりもずっと高いことも合間って、いつの間にか、私一人でこの世界を正しい方向に導いている気持ちになっていた。いつもどこかで『私がどうにかしなければ』という思いがあった。


けれど…


「タッドもキルもリンもいる。エルナンドやザックだって愚かじゃない。大丈夫。信じて待とう」

華奢で、可憐で、物語のヒロインみたいに『お姫様』なランセル殿下は、ちゃんとこの国を率いる王子様で。戦争のない生ぬるい前世を生きてきた私なんかよりずっと冷静で、現状を理解していた。


「申し訳ありません」

軽率な自分を恥じて謝ると、ランセル殿下はそれはそれは優しい笑みで、私をふわりと抱き締めた。

「謝らないで、アシュレイ姫。私は貴女の優しさに、また恋をしたのだよ。貴女の体が成熟するのを待っていたけど、これ以上は待てそうにない。城に戻ったら正式に神の御前で誓いをたてよう。貴女を正式な妻とする。愛しているよ、アシュレイ姫」


抱き締めたまま、甘い声で告げるランセル殿下。彼の息が耳に当たってくすぐったい。ランセル殿下にしがみ付くように腕を回す。大丈夫。小説のようにはならない。ランセル殿下は愚かな王子じゃない。ザックは死なない。お兄様だってヤンデレ化しない。私は世界を破滅させたりなんかしない。




割れたガラスは小屋の中にあった薄板や兵士たちの上着を繋ぎ合わせて、どうにか塞いだ。ごうごうと地響きのように唸り続ける雨音に私が怯えないようにと、ランセル殿下が私を抱き締めたまま、耳を塞ぐ。


(一人で頑張らなくていいんだ)


そう思った途端に弱虫な自分が顔を出す。誰かに寄りかかって甘えたくなる。ランセル殿下は、そんな私の隙をついて、思う存分甘やかせた。


「強がる必要はない。怖いなら怖いと言えばいいんだよ。私が姫を守るから。貴女はただ、ここにいて」

華奢に見えるランセル殿下は、けどやっぱり男の人で。私よりずっと広い胸板にすっぽりと包まれたら、自然と安心できた。そうして殿下に守られながら、吉報を待った。




「アシュレイ!エルナンドもザックも見つかったよ!」

ドアを明けて、元気よくリンが小屋の中に入ってきた。遅れてタッドとザックが、ソルトに肩を預けたエルナンドお兄様が入ってきた。比較的軽症のザックに反して、お兄様の服は、肩や脚の部分が血まみれで、ソルトの支えがなければ立っていられない。そんな状態だった。


先にタッドに支えられながら戻ったザックが、私の前に跪く。

「申し訳ございません。アシュレイお嬢様!」

ザックはぼろぼろと泣きながら、エルナンドと共に崖から落ちた後、濁流に飲み込まれそうになった自分を助けようとしたエルナンドが怪我をしたのだと説明した。


床の上に寝かされた、お兄様の蒼白な顔を覗き込む。怪我の具合も重症だけど、圧倒的に血が足りないのだろう。ここには輸血する器具も技術もない。怪我を治すと共に、お兄様の血液量を元の状況に近づけなければ。


(私にできるだろうか?)


怪我は治せる自信がある。けど体内を流れる血液まで操れるかどうか分からない。冷や汗が頬を伝う。私の肩をランセル殿下がそっと抱いた。


「無理をしないで、アシュレイ姫。ここには優秀な兵士がいる。医学の心得があるものもいる。彼らに任せよう」


私の不安を察して、どこまでも甘やかすランセル殿下。魔力の行使を躊躇していると、ソルトと目が合った。冷めたような、侮蔑するような眼差し。


(お前は何しにここに来た?)


ソルトの目が、そう語っているように見えた。

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