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国の危機5

その後、集落を通る度に、リュックの中から流行り病と食中毒予防の対策法を描いた手描きの紙を渡しつつ、説明をした。ただ残念なことに、本来伝えたい内容以上に、皆、私が描いたイラストが気になるらしい。


「では町長さん、早急に石鹸の製造と、身を守るマスク等の製作をお願いします。学舎や病院、教会での手洗い、うがいの指導の徹底も忘れないでください」

人々の命に関わること。果ては国家の暗雲に繋がること。しっかりと念を押したわたしに、

「ありがとうございます、お姫様。なんと素晴らしい芸術品でしょう。わが町の宝と致します」

目の前の町長は、鼻息荒く興奮していた。




「ここが、キルが言っていた場所ね」

目の前には土砂崩れが起きた影響で、大きな岩が道を塞いでいる。直ぐ横の岩壁からパラパラッと土に混ざった小石が落ちてきた。

「下手に岩をどかすと危険だな。タッド達はどこから向かった?」

ソルトが副官に尋ねると、副官が木々が生い茂る獣道を指差した。

「そうか、先を急ぐぞ。おい、足元がぬかるんでいるから気を付けろ」

ソルトはそう言いながら、後ろを歩くわたしに振り返り、手を取って引き寄せた。ひとつ前に休憩した村で、動きやすいようにドレスからズボンに着替えた。脚に絡み付くスカートがないだけで随分と動きやすい。


ここに群生している木は、根が地面の奥深くまて生えているため、地中で絡み合う木の根のお陰で、土砂崩れが起こり難いらしい。それでも時々、大きな木が道を塞いでいて、先に向かった先動隊が切ったであろう木を幾つも見かけた。


「あいつ、近くにいるよ」

リンの言葉。リンの言う『あいつ』が誰を示しているのか思い当たり、呼び掛ける。

「キル!」

私達の様子を見ているであろう、彼の名を呼ぶ。するとガサガサと茂みが揺れて、キルが姿を現した。


「ランセル殿下達は見付かったの?」

キルが頷く。

「王子は無事だが…お前の兄と側近の男が崖から落ちて、川に流され行方不明だ」

キルの言葉に全身の血の気が引く。地面がぐらりと揺れてバランスを崩して倒れそうになるわたしの体を、ソルトが抱き止める。

最悪の事態しか想定できない。小説の中と現実世界がリンクして、ガタガタと震えが止まらない。


「しっかりするんだ!お前は俺たちの制止に抗って着いてきたんだ。最後まで見届けろ」


真っ青な顔で震える私を、ソルトは決して甘やかさなかった。

「一刻も争う。行けるか?」

冷めた目で見下ろされ、混乱していた脳が冷静さを取り戻す。

「お兄様たちを助けるために来たのです。行きますわ!」

顔を上げて睨むようにソルトを見上げると、彼は満足そうに頷いた。


そこからはキルの先導により、ランセル殿下の元にたどり着いた。殿下達は山越えをする旅人や商人が休息するために建てられた山小屋に避難していた。わたしの姿を見たランセル殿下は、目を見開いて、それはそれは驚いたようだった。


「アシュレイ姫、何故貴女がここにいる?」

ぎゅうぎゅうとわたしの体を抱き締めながら、わたしを連れてきたソルトに説教を始めた。

「ソルト!か弱いアシュレイ姫を、このような場所に連れて来るなど、何を考えているのだ?」


言い争っている時間はない。一刻も早くお兄様を、そしてザックを助け出さなければ。

「アシュレイ様をお止めしたのですが、どうしてもご自身の手で殿下をお助けしたい仰るものですから」

ソルトの言葉に、ランセル殿下の頬がピクッと動いた。

「アシュレイ姫が、私を助けたいと…?」

数秒固まった後、殿下は顔の筋肉が溶けたんじゃないか?と心配になるほどふにゃりと笑った。

「そうか、わたしのことを姫はそれほど心配して。『助けたい』か」


ご満悦で何よりです、殿下。


固いパンとナッツで空腹を満たしながら、土砂崩れが起きたときの状況を聞く。ザックの兄であるタッドは、既にエルナンドお兄様とザックを探すために川の下流へと向かったらしい。

「キル、誘導をお願いします。急いで追いかけましょう」

「駄目だ。アシュレイ姫が行くことは許さない」

間髪いれずに殿下が言った。


「ここからの道は訓練を積んだ兵士でも危険です。こちらでお待ちください」

ランセル殿下の御前と言うことで、貴公子の皮を被るソルト。

「けど!」

自然と目に涙が溜まる。泣きたい訳じゃないのに、目にたまった涙がポロリと頬を伝った。

「え?姫?泣かないで!」

私の涙に動揺しまくりのランセル殿下とは反対に、ソルトはきっぱりと告げる。

「ここから先は貴女を守る余裕はありません。これ以上は足手まといです」


返す言葉が見つからない。気持ちだけが逸り、二次遭難の危険を失念していた。グッと唇を噛んで俯く。胸が痛むのは、ソルトの言葉に対してじゃない。自分の力不足が悔しいんだ。


「アシュレイの代わりに僕が行くよ!」

人間の姿になったリンがピシッと片手を上げて宣言した後、うーんと背伸びをして私の頭を撫でた。

「アシュレイの大切な人。ちゃんと連れて帰るから泣かないで」


リンの言葉に「うん」と頷く。その拍子にまた涙が溢れた。


「ここで2人の無事を祈っていよう」

ランセル殿下が頬を伝う涙を、ハンカチで拭ってくれた。


「必ず連れ帰ります。怪我をしているでしょうから、そこからは貴女の仕事です。魔力を蓄えるためにも充分に休息をお取りください」

貴公子然としたソルトは片ひざをついて恭しく一礼すると、兵士たちと共に川の下流へと向かった。

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