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国の危機4

頬に触れる生暖かい感触に目を覚ますと、猫の姿のリンが、私の頬を小さな可愛い舌でペロペロと舐めていた。

『起きた?』と聞くように、リンが「みゃー」と鳴く。

無意識にリンを抱き締めて、また布団の中に潜り込んで目を閉じる。もふもふとしたリンの温もりに安心したように、再び意識を手放そうとしたとき、ノックの音と共にドアが開いてソルトが姿を現した。


「起きろ。馬が到着した。」

その言葉に、瞬時に夢の世界から現実世界に引き戻される。

ベッドから降りると、乱れた襟元と、スカートの裾の乱れを正してソルトに向き合うように立った。

「出立までどれ程の時間を要します?」

「一刻ほどだ」


この村で、疫病の対処法を伝授しようと考えていたのに、思ったより時間がない。

私の考えを読んだように、ソルトが言った。


「この村の医師と、女たちを村長の家に集めている。俺たちが支度をする間、お前はそっちに行け」


馬の手配といい、医師や女性たちを集める手筈と言い、ソルトはどれだけ先のことを読んでいるのだろうか?


「ありがとう。助かりますわ」

あまり時間がない。リュックを背中に背負うと、人間の姿に戻ったリンを連れて村長の家に急いだ。




家の前に着くと、村長と医者が出迎えてくれた。

「形式張った話は不要です。あまり時間がないので、中に案内をお願いするわ」

頭を垂れて、長々と挨拶をする村長の言葉を遮るように告げると、部屋の中へと向かった。

部屋の中には50人余りの女性達が、あまり広くない室内にぎゅうぎゅう詰めに座っていた。

彼女達の前に立ち、何故皆を集めたかを説明する。長雨でじめじめとした時期には食中毒や流行り病が発生しやすいこと。食中毒には食材の中までしっかりと火を通すことが有効で、食中毒、流行り病のどちらも、清潔に保つことが有効な予防法だと伝えた。


リュックから荷物を取り出して皆に見せる。石鹸、手袋、マスク。先ずは石鹸を手に取り、手洗い方法を教える。話を聞いていた、赤ん坊をだっこしている母親が言った。


「石鹸なんて高級品、あたしらみたいな貧乏人には手に入らないよ!」


その声に賛同するように女性達が頷いた。

私はリュックから紙を取り出した。1枚は手洗い方法。もう1枚は、石鹸の作り方を、字が読めない村人にも分かりやすくイラストで表現したものだった。


「石鹸は油と水と灰があれば作れます。この絵の手順で作って、村民全員に配ってください」


前世で大学時代に漫画研究会に入っていた私は、それなりに絵が上手い自負がある。だからなのか、ここに集う人たちは石鹸の作り方よりも私の絵に興味を示したようで、「すごっ!」「ちょ、上手すぎじゃない?」とざわついている。


いま大事なのはそこじゃありませんから。と言うように、わざとゴホンと咳をすると、ざわつきが静まった。

その後、病人を看病する際の注意点を説明したあと、マスクと手袋、エプロンを皆に見せた。この世界に使い捨てのビニール手袋など存在しないので、ハースアリア先生に頼んで布製の手袋を縫ってもらった。エプロンとマスクはハースアリア先生に作り方を聞き、チクチクと自分で縫った。


「必ず清潔な布で作ってください。これに関しても絵で作り方、正しい付け方を描きました。これを見て参考にしてください」


「おぉー!」


マスクをつけた女性のイラストを見た人々から、歓声が上がる。漫研出身の私。人の顔は、真面目な内容に不釣り合いな、おめめキラキラのアニメチックな絵柄で、どうにも私の絵が新鮮すぎたのか、拍手まで巻き起こっている。女性の足元に猫の絵を書いたものだから、側にいたリンが「ワー、僕がいる!」と耳をピンと立てて喜んだ。


「ここまでで、何か質問はありますか?」


私の言葉に5歳くらいの小さな女の子がピンと手を上げた。


「どうすれば、お姉ちゃんみたいな絵描きさんになれますか?」


女の子は、何やら大きな勘違いをしていた。間違った方向の説明会に発展する前に、引き攣った笑顔のまま話を続ける。


排泄物や吐しゃ物の処理法。換気をすること。下痢や嘔吐の症状があるときには、水に塩とさとうを混ぜたものを飲ませること。一通り説明した後、お医者様に薬と清潔な布を渡して、村長の家を出た。


「お姉ちゃん!」


後ろからトコトコと着いてきた女の子が私を呼ぶ。振り替えると、女の子は両手をギュット握りしめて、

「わたし、いつかお姉ちゃんみたいな凄い絵描きさんになる!」

キラッキラの目でそう言った後、恥ずかしそうに走り去った。


「何だ?今のは?お前、村長の家で何の話をしてたんだ?」

謎の女の子とのやり取りを、迎えに来たソルトに見られてしまった。首を傾げるソルトに、

「色々と誤解がありまして…」

歯切れ悪く説明すると、

「まぁ、いい。出立の準備が整った。行くぞ」

ソルトは興味無さそうに私を(いざな)った。

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