国の危機3
大雨の中、只ひたすらに馬を駆る。ソルトが水魔法を使って、雨粒が体を避けるように降ってくれるお陰で、私も馬も濡れることはない。そして隣を走るリンも、私と同じようにソルトの魔法で雨から守られている。
「ソルトの魔法って便利だね」
リンがにこにこ顔でソルトに話しかけた。私以外の人には懐かないリンだけど、何故かソルトの事はお気に入りだ。多分、リンが城の庭園の池に落ちたとき、真っ先にリンのことを助けたからだろう。
「猫は水が苦手だからな。それにリンが風邪を引くと、あいつが悲しむ」
「ソルトはアシュレイが好きなんだね。でも僕、相手がソルトでもアシュレイだけは譲らないからね!」
馬上でえへんと胸を張るリン。先の尖った耳がピクピクと動いている。
ランセル殿下の部下達がいる手前か、ソルトは返事を濁した。
私とリン、そしてソルトの馬は、私達同様、ソルトの水魔法によって雨に濡れることなく走っているけど、他の兵士たちも彼らを乗せている馬たちも雨に濡れ続けることで、通常より体力を消耗しているみたいだった。
「これ以上の進行は無理だな。この村で休もう」
ソルトの判断により、予定していたよりも早く休息することになった。
村長に話をつけて、村の集会所と教会を休息所として提供してもらった。村の女の人たちによって私達に温かいスープが配られた。
「みゃー」
いつの間にか猫に戻ったリンが、温かいミルクを貰って、可愛い舌でペロペロと舐めている。
「本来ならこの村の2つ先の街で馬を乗り換えるはずだったが、予想以上に馬の体力の消耗が激しい。ここで今までの馬を乗り捨てて、新しい馬に乗り換える」
「乗り換えるって言っても、急に70頭もの馬を用意するのは難しいわ」
渋い顔をする私に、ソルトは何でもないことのように言った。
「既に商人ギルドに頼んでおいた。もうすぐ馬は到着するだろう。それまで、暖かくして休んでいろ」
長時間の乗馬で、確かに体は疲れているけど、私やリンの為に長時間の魔法を使い続けたソルトの方が、よほど疲れているだろう。
「お尻は筋肉痛で痛いけれど、私は大丈夫よ。私のことより、ソルトこそ休んで。無理をすれば、ザックを救助する際に支障をきたしますわ!」
村人に通された集会所の一室で、用意された簡易ベッドを指差す。
突然、70名もの大所帯を受け入れるには、充分な部屋も設備もない。
各部屋、数人ずつに別れて休むことになったのだけど、今回参加者の中、唯一女性の私は、リンと共に問答無用にソルトと相部屋になった。
ソルトは私にベッドで眠るようにと言うのだけれど、私は椅子で寝るから大丈夫だと言いながら、側にある木の椅子に座ろうとした。
「強情を張ってないで、言うことを聞け」
ソルトはそう言いながら、私を横抱きに抱き上げてベッドの上へと寝かせた。
「あんまり言うこと聞かないと、このまま襲うぞ」
いつもより低いトーンで、真顔で告げるソルトに、本気で身の危険を感じて背筋がゾクリとする。
「それとも俺に襲ってほしいのか?」
ベッドに横たわる私の顔の直ぐ横に両手をつくソルト。見上げた直ぐ目の前に、私を見下ろすソルトの顔がある。あまりの近さにドクンと心臓が跳ねた。
「ないない。そのようなこと思ってるわけないわ!ソルトの変態!」
ベッドの上、ブンブンと首を横に振って否定すると、ソルトはふっと寂しそうに笑った後、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「冗談だ、バカ。何もしないから大人しく寝ろ。出発の時刻には起こす」
そう言って、ソルトは部屋を出た。
なんだ。からかわれただけなんだ。一人で色々と妄想して勘違いした自分が恥ずかしくて、布団を頭までバサッと被った。
「みゃー」
リンが私の布団に潜り込んで丸くなる。小さなリンの温もりを感じながら、知らぬ間に意識が遠退いていった。




