国の危機2
「アシュレイ」
悪い予感は当たるもので、その日の夜、天蓋付きのベッドで寝ている私を呼ぶ声で目が覚めた。ベッドから半身を起こすと、ずぶ濡れのキルが立っていた。
「俺が王子の元にたどり着く前に、土砂崩れが起きた。ちょうど王子達がいるだろう場所だ。完全に道が塞がれていて、これ以上先に進めない。捜索部隊を結成して出動させるべきだ」
キルの情報が確かなものなのか?など確認する必要はない。直感的にそう思った。ランセル殿下達が土砂崩れに遭遇した確率はかなり高い。迷っている時間はない。
「キル、戻った早々申し訳ないのだけど、国王陛下に今すぐ話があるとお伝えしてちょうだい。それと、これ」
キルにタオルを渡す。彼は躊躇した後、タオルを受け取った。
「雨の中、急いで戻ってきてくれてありがとう」
暗くて私には見えなかったけれど、キルの頬は照れて赤くなっていた。
陛下の前で無礼にならない程度に、ハスラ達に急いで身支度を整えてもらい、陛下の待つ部屋へと向かう。室内には陛下とお父様、そしてソルトがいた。
「ランセルの安否が不明の状況で、大事にはできない。今回の事はここにいるもの以外には極秘とする。兵を派遣して救出に向かうが、司令官以外には誰の救出とは伝えない」
陛下がそう言ったタイミングで、ドアをノックする音が聞こえた。
「入りなさい」
陛下が入室の許可を出して、姿を現したのは大柄で骨太、筋肉質の青年、タッドだった。彼はザックの兄で、騎士団の団長を務めている。
陛下の前で片膝をつき、右手を心臓の上に置いて騎士の最敬礼をするタッドに、陛下が命じる。
「そなたに100人の部下を授ける。早急にランセルの身の安全を確保しなさい」
「恐れながら陛下、30名で結構です。人数が多くなれば移動に時間がかかります。俊敏に動ける優秀な部下を30人、私と共に先鋭部隊として向かい、必要とあらば残りの70名は後程現地に向かわせてください」
タッドの言葉に「ふむ…」と顎髭をなでながら悩む国王陛下。
悩むのも無理はないだろう。大事な嫡男が命の危機にさらされているかもしれないのだ。人数が多い方が、早く殿下を探し出せる可能性もある。
「陛下、この豪雨の中を移動することを考えれば、タッドの意見を汲むのが宜しいかと存じます」
お父様の言葉に、陛下が頷いた。
「よかろう、タッド。準備が整い次第向かえ。後続隊の指揮は、ソルト、そなたに任せる」
「御意」
タッドが一礼した後、立ち上がって部屋を出た。
ソルトは片膝をついて頭を垂れる。
「私も同行させてください!」
私の言葉に、この場にいる全員が目を見張る。
「何を言っているのだ、アシュレイ。子供の遊びではないのだよ」
お父様の言葉。
「此度の事は危険を伴う。ランセルの婚約者を行かせるわけにはゆかぬ」
国王陛下の言葉。
「絶対にダメだ。連れていけない」
いつもの貴公子の仮面を被ることも忘れて、ソルトが言った。
「危険が伴うことは重々承知いたしております。ですがランセル殿下やエルナンドお兄様を発見したとして、もし大ケガをなさっていたらいかがなさいます。人の力では退かすことの出来ない大きな岩が御身を潰していたならば。私の魔法は『無効化』です。怪我を治すことも、岸壁を崩れる前に戻すことも可能です。ソルトに同行することをお許しください」
私の言葉に、国王陛下は渋々と言ったように頷いた。
夜が明ける前にタッドが出立した。一方の私たちは食料や水、薬を確保し、万全の準備を整えた後、明くる日の昼に出立した。
ソルトに並んで馬を走らせる。私の直ぐ後ろには、人間の姿になったリンが馬に乗ってついてきている。
「アシュレイって、馬に乗るのが上手なんだね」
馬上で感じる風が気持ちいいのか、耳をピクピクとさせるリン。
「フェルナルド先生に教えてもらったのよ。とーってもスパルタな方法で」
ふふふっと笑うと、
「あの先生、変態だからな」
かわいい顔で、リンが肩を竦めて毒を吐いた。あぁ、腹黒いリンちゃんも萌えかわ。
内心にやにやしていると、
「背中の奇妙な形の袋には、何が入ってるんだ?」
ソルトが私が背負うリュックを目で指し示した。この世界でバックと言えば、ベルトに直接結びつける小型のウエストポーチのようなものか、長い紐が一本ついた斜めがけするポシェットのようなものしかない。多くの荷物を持ち運べるバックがなかったので、トリッセに頼んで、大きめの布袋に二本紐を縫いつけてもらい、背中で背負えるように改造したのだ。
「石鹸と清潔な布よ」
私の答えに、奇妙な顔をするソルト。お腹が空いたときにつまみ食いするお菓子でも詰め込んでいると思ったのかしら?
「長雨が続くと疫病が発生する。疫病を予防するのに効果的なのは、体や身の回りを清潔に保つこと。殿下をお助けすると共に、立ち寄る村々で身を清潔にする方法を伝えるの。疫病が流行れば、国は一気に衰退するわ」
ソルトは難しい顔で考え込んだ。
「愛しいと同時に、恐ろしい娘だ」
ソルトの呟きは、降り続く雨音にかき消された。




