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国の危機

「雨、止まないわね」


椅子の肘置きに顎をのせて、窓の外でゴーゴーと音を鳴らしながら滝のように降り続ける雨を眺める。

「はしたないですよ、アシュレイ様」

ハスラの言葉に「うん…」と魂の抜けたような返事をする。リンは「みゃー」と鳴きながら私の頬に顔を擦り寄せている。

ぼんやりとしたままリンの喉を撫でると、ごろごろと気持ち良さそうに鳴いた。


嫌な予感がした。小説の中に、豪雨による災害で多くの民が亡くなる。というくだりがある。穀物や野菜が腐り、人が食べる物も、家畜に与える餌もなくなる。多くの民が飢えに苦しみ、追い討ちをかけるように伝染病が流行し、各地で川が氾濫して、把握できないほどの数の民が流される。


私の記憶では、飢饉が訪れるのは国王陛下が病に倒れた頃だから、アシュレイが16才の頃。小説の中とは時期が違うけれど、現世で起こる出来事は、少しずつ小説より早い。


もしかしたら…

「飢饉が起こるわ」


ポツリと呟いた私に、3人の侍女が

「大袈裟ですわ、アシュレイ様」

と軽口を叩いて笑う。そう、たかが雨で大袈裟かもしれない。けれど起こらないとは限らない。


「キル!」


自ら呼ぶつもりのなかった人物に声をかける。キルは、わざと私に分かるように音を立てた後、目の前に現れた。片膝をついて頭を垂れるキル。堅苦しいことが苦手なわたしは手をヒラヒラさせて告げた。


「貴方は私の下僕ではないのだから、膝をつく必要はないわ」


椅子から立ち上がり、キルの側にしゃがみ込む。

「わたくしは貴方を友人だと思っているわ」

ふわりと笑う私に、眉を寄せて怪訝な顔をするキル。

「友人…だと?」

キルが戸惑っているのがわかる。本来、獣人が人と関わるには2通りの関係がある。ひとつは偵察や陰謀、暗殺などの依頼を受けて、金と引き換えに仕事をこなす、闇ギルドのような商売相手として。

もうひとつは自らが契約を交わした主と従者として。

数百年生きてきたキルにとって、『友』という概念はなかった。

困惑しすぎて返事ができない。金髪の長い前髪から覗く赤い目が、空をさ迷っている。


「わたくしのような小娘が友達だなんて、迷惑かしら?」


キルが首を傾げて、困ったように顎に手を置いて考えている。

長年王家に仕えるほどに身体能力が高く、自分よりも年長の男の人を捕まえて『友人』は図々しすぎたかもしれない。

けれど彼を従者として扱うつもりのないわたしは、自分と彼に相応しい関係は何かと再考する。

けれど…


「わたくしとしては、貴方と友達になりたいわ」


他にしっくりと来る関係が見つからなくて、再度告げる。するとキルは2、3度瞬きした後、

「友か…。俺とお前は友人か。いい響きだ」

目を細めて、それはそれは幸せそうに笑った。




「過去に、この国で洪水や川の氾濫があった地域を教えてほしいの。それと土砂崩れも。長雨で各地に被害が出るかもしれないわ。被害が出る可能性が高い領地には警戒するようにとの伝達と共に、万一に備えて各教会に食料や薬を配布するよう、お父様にお願いするつもりよ」


「お前は本当に、建国の王に似ている」

キルは懐かしそうに目を細めた。

キルは、建国の王を心から慕っていたのだろう。彼の話をするときは、優しい表情になる。


「もうひとつ、お願いできる?」

「なんだ?」

「南の国境沿いに向かっているランセル殿下とエルナンドお兄様の元に行き、川の側やがけ崩れが起きそうな場所の側は避けて通るようにと、伝達して欲しいの」

「容易いことだ。今夜中には間違いなく伝える」

「ありがとう、キル」


感謝を伝えた私に、キルは鼻の頭をポリポリと掻いて、

「友か…」

改めて照れ臭そうに呟いた。




小説の中では、国境に向かうランセル殿下一行が山道を登る途中に崖崩れが起こる。

ランセル殿下とエルナンドお兄様は無事だったが、足元が崩れて崖から転落しそうになったエルナンドを守ったザックが、大きな岩の下敷きになって死亡した。

元々、妹を溺愛するエルナンドが、アシュレイに病的に執着するようになったのは、この頃からだった。

本来ならばハートランド侯爵家の嫡男としてハートランド家を継ぐとともに、宰相として、この国の政治を動かすだけの器を持つエルナンドが、一大臣として生涯を終えたのも、アシュレイに執着するあまりに、冷静さを欠いたからに他ならない。


ザックの死が、エルナンドお兄様のヤンデレ化に拍車をかけるのならば、何がなんでもザックの死を回避して、ヤンデレ化を阻止して、平和な未来を切り開かなければ。

先手を打てば大丈夫。

ざわつく心を落ち着かせるように、足元にすり寄るリンを抱き上げて、そのふかふかの背中を撫でた。

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