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婚約者になりました2

「急いで仕事を終わらせて会いに来たよ、アシュレイ姫」


ランセル殿下が周囲にわさわさと花を撒き散らしながらやって来た。最近、近隣諸国との貿易摩擦により、国と国との均衡が崩れ始めている。このままでは戦争に発展しかねないと言うことで、近々、国家間での貿易交渉を控えている。ランセル殿下は、その前準備に追われているらしい。


「こちらはハートランド家で採れた茶葉を使った、紅茶でございます」


ナージャが殿下の前にティーセットを置き、紅茶を注ぐ。疲れた胃に優しい癖のない爽やかな香りが漂う。その紅茶にたっぷりのミルクとハチミツを入れた紅茶を、殿下はそれはそれは幸せそうに飲んだ。ランセル殿下は甘い見た目と同様に生粋の甘党だ。トリッセがテーブルの上にお菓子を置く。ランセル殿下好みの、たっぷりの生クリームや砂糖が使われたものが多く並んでいる。


「アシュレイ、おいで」今日もいつものようにランセル殿下の膝の上に誘われる。慣れと言うのは怖いもので、最近は膝の上に乗ることに躊躇することはなくなった。


「口を開けて」


言われるがまま口を開けると、わたし好みのナッツをビターなチョコレートで包んだ菓子が口の中に運ばれる。「美味しい?」殿下はそう聞きながら、指についたチョコをペロリと舐める。口から覗く赤い舌が艶かしい。


この方のことを好きかと問われれば、違うと思う。けれど少しずつ、ランセル殿下に惹かれているのは事実だ。このまま緩やかに同じ時間を過ごし続ければ、いつかは愛するようになるのだろうか?


そんなことを考えていると、「今日はアシュレイ姫にプレゼントがあるんだ」そう言って、わたしにチュッとキスをした殿下がソルトに目配せした。


ソルトが部屋の外にいる衛兵に声をかけると、ほどなくして大量のドレスや装飾品を抱えた者達が部屋にやって来た。


「この国で評判の服飾デザイナーと宝石デザイナーの作品を持ってこさせた。流行を取り入れたものから往年のデザインまで、一通り取り揃えさせたよ。アシュレイ姫、好きなものを選んで」


部屋に入りきらないものは続きの間に運ばれ、それでも入りきらないドレスや宝石達が廊下で控えている。この壮絶な光景、小説の中で見たような気が…。散財しまくりのアシュレイは毎日、商人達を城に呼び寄せては大量のドレスや装飾品を買い漁っていた。目の前に広がるのは、その時の情景そのままである。


「お気持ちは嬉しいのですが、このような多くの中から選ぶのは難しいので…」お断りします。と言おうとすると、「だったら全部買おう」どこからどう見ても『お姫様』な笑顔のランセル殿下。その中身は『悪役姫』そのもので、側に控えるソルトがギョッとしたように目を見開いた。


「私はこの世の全てをアシュレイ姫に捧げるつもりだ。いまも、これからも。此処にあるもの全てを貴女に贈ることなど大したことではないよ」わたしを膝に乗せたまま、うっとりと見つめるランセル殿下。わたしは殿下の膝から降りると、向かい合う形で立ち、礼を取るようにスカートの端を摘まんで膝を折る。


「畏れながら殿下、お気持ちは嬉しいですがお断りいたします!」


固く断言するわたしに、ランセル殿下が立ち上がる。「此処にあるものは気に入らなかった?なら別の商人を寄越す。異国の珍しいものが良いと言うなら、異国の商人を呼ぶよ。何でも欲しいものを言って?わたしがアシュレイ姫の願いを叶えるから」


いくらアシュレイを溺愛しているとは言え、散財が過ぎるランセル。小説の中ではアシュレイの我儘に流されるがまま、莫大な浪費を重ねたランセル殿下だけど、今、目の前にいる人は、自ら進んで散財し、国の貴重な財源を湯水のごとく撒き散らそうとしている。


愚かだ。とは思うが、彼はまだ15歳。いくら国王になるための英才教育を受けているとは言え、世間知らずの王子様に、民衆が血と汗を流して納めた税金の意味など、理解できないのだろう。


「わたくしは殿下から十分過ぎるほどたくさんの物をいただいております。今のままで十分幸せです。ですが1つだけ願いがあるとすれば、目の前にある者だけではなく、見えない者への慈悲の心をお持ちください。わたくしへの贈り物は、この中から殿下が選んでくださる一枚のドレスで充分でございます。残りのお金は国政のためにお使いください」


ランセル殿下は世間知らずで幼いけれど、決して馬鹿ではない。これだけ言えば理解してくれるだろう。わたしの思いを汲み取った殿下は、はぁーと長い溜め息をついた後、「その通りだね」そう言って、沢山ある中から一枚のドレスをプレゼントしてくれた。わたしの瞳と同じ、淡いブルーのドレスだった。


私たちのやり取りを黙って見ていたソルトの目が熱を持ち、射るようにわたしに注がれていたことには気付かなかった。

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