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婚約者になりました

婚約者候補の娘達が城に滞在する期日である2週間目の朝、国王陛下より招待された王侯貴族とエリーゼ侯爵令嬢、異国よりいらしたヴィエラ姫が謁見の間に集った。投獄されたアンナ伯爵令嬢とその親族はこの場にいない。誰もが口を揃えたように彼女達の噂話すらしない。何故アンナ伯爵令嬢が投獄されたのか?何故彼女の親族の末端までもが爵位と領土、全財産を没収されなければならなかったのか?詳しい事情を知るものは皆無だけれど、舞踏会でランセル殿下に反論したことが原因で断罪されたのだろう。というのが彼らの認識だった。


「慣例とはいえ2週間お疲れ様。ヴィエラ姫、エリーゼ侯爵令嬢。もう帰っていいよ」


壇上からランセル殿下が2人に声をかけた。その声は素っ気ない。不遜な態度のランセル殿下に反論するものは、この場には居ない。皆、優しげな面差しのランセル殿下の冷酷な一面を見て、怯えているのだ。ヒラヒラと手を振って2人の娘にその場を去るように促したランセル殿下は、一転、それはそれは甘い声でわたしに声をかけた。「今日からアシュレイ姫は私の正式な婚約者だよ。遠くにいないで、此処においで。さぁ、早く」ランセル殿下が示すのは皇太子の隣の席。躊躇するわたしに焦れて、椅子から立ち上がり階段を降りて自ら迎えに来ようとするランセル殿下に、礼を尽くすようにスカートの端を持ち上げて膝を折る。


「畏れながら殿下。わたくしは王族ではございません。わたくしのような小娘が図々しくも壇上に上がるわけには参りません」ランセル殿下の申し出を断るわたしに、その場が凍った。アンナ伯爵令嬢はランセル殿下に歯向かって投獄された。そう信じる者達は、今度はアシュレイが殿下の怒りに触れて投獄されるのでは?と固唾を飲んでいた。「アシュレイ姫は真面目だね。分かったよ。焦らなくてもいずれ貴女はわたしの妻となる。ゆっくりと2人の距離を縮めよう」ランセル殿下は天使のごとく麗しい顔で微笑んだ。気分を損ねるでもなくにこにこと笑うランセル殿下に、此処に集うものたちは戸惑うと共にアシュレイを寵姫だと認めざる終えなかった。


本来なら2週間城に滞在した後、自分の屋敷に戻る筈だったのだけれど、ランセル殿下の強い要望によりそのまま城に留まることになった。足しげくわたしの部屋を訪れるランセル殿下。一方のわたしはと言えば、殿下のストレートな愛情表現に戸惑っていた。


小説の中のアシュレイはランセル殿下と結婚した。わたしも当然、この方の妻となるだろう。そう思ってはいたけれど、どうにも感情が追い付かない。王族、貴族の結婚は政略結婚が当たり前で、個人の感情など必要ない。そんな中、わたしを好きだと言ってくれるランセル殿下と婚約し、結婚できるのはとても恵まれた環境なのだと頭では分かっている。けれど前世の記憶を思い出したわたしの本音として、出来れば本当に好きな人と結婚したい。そう願ってしまう。


「恥ずかしがってないで、こっちにおいで」


ランセル殿下が示すのは彼の膝の上。おずおずと彼の膝の上に座る。するとランセル殿下はわたしをギュっと抱き締めた後、テーブルの上の焼き菓子を手に取ってわたしの口に運んだ。「はい、アシュレイ姫」彼は毎日のようにわたしの部屋に訪れては、こうして一緒にティータイムを過ごしている。室内にはわたしとランセル殿下だけではなく、3人の侍女とソルトもいる。


「唇にカカオの粉がついてるよ」ランセル殿下はうっとりとしながらわたしの唇に自らのそれを重ねようとする。「お待ちください。ハスラ達が見ています」顔を背けてランセル殿下の口づけを拒む。すると殿下は3人の侍女達に侍女の間に控えるように告げた。「これで問題ないだろう?」私の顎をつかみ、親指で唇を撫でる殿下。その様子はいつもの『お姫様』ではなく、獲物を前にした獣のよう。


再び口づけをしようとするランセル殿下に嫌々をするように首を横に振る。「ソルトがいます!」私の言葉にランセル殿下が目配せをするけれど、「いつ如何なる時も殿下をお守りするのが私の役目でございますれば、殿下のお姿が見えない場所で控えることはできません」ソルトはそう言って、部屋を出ていこうとはしない。「お前がいるとアシュレイ姫が恥ずかしがってしまう。続きの間に控えていろ」ランセル殿下の言葉に片膝をつくソルト。


「畏れながら殿下、神の御前で誓いを交わすまではアシュレイ様の純潔を散らせてはなりません。そこのところをお忘れなきよう」一言忠告した後、ソルトは続きの間へと移動した。


「全く、あいつは見かけによらず堅物だな。わたしだってアシュレイが周囲に非難されるようなことはしたくないから、最後まではしないよ。けど口づけだけは断ることを許さない」青い瞳の中に、怯えたような私の顔が映る。ランセル殿下に顎をつかんで上向かせられて、唇が重なる。扉のない続きの間に控えるソルトの気配を感じて、居心地が悪い。


「わたしだけを想って、アシュレイ」唇を放してランセル殿下が言った。しっとりとした声に心臓がびくんと跳ねる。再び殿下が深く長いキスをした。髪を掬う優しい手つき。いつか本気でこの方を好きになる日が来るのだろうか?


カサッ…控えの間から衣擦れの音がする。小説の中のソルトは黒金の貴公子と呼ばれていて、若くしてこの国の宰相となる。アシュレイがランセル皇太子を見限って隣国の王妃になった後、ランセル殿下が隣国へと攻め入る。その隙をついてランセル殿下を陥れてこの国の新たな王となり、アシュレイを妻とするのがソルトだった。ソルトは今回もランセル殿下を裏切るのだろうか?柔らかく熱いランセル殿下の唇を感じながら、そんなことを考えていた。

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