陰謀3(エルナンド視点あり)
リンをギュッと抱き締める。私より一回り小さな少年の姿のリンは、しがみつくように私を抱き返した。「僕のせいだ。僕がアカヤの言葉を信じてアシュレイを連れ出したから、アシュレイが嫌な目にあったんだ!」私の背中に腕を回したまま、なおも自分を責めるリン。あのアカヤと言う男に何を言われたのかは知らない。誰が私を陥れようとしたのかは分からない。けど…「リン、私を助けてくれてありがとう」リンを抱き締めたまま頭を撫でた。ふわふわの手触りが心地いい。リンも気持ち良さそうに目を細める。「アシュレイ。僕、もっと賢くなる。もっと強くなる。2度とアシュレイが嫌な思いをしないように、2度とアシュレイが傷つかないように。僕は強くなる!」腕の中で、リンが誓った。
「生きてるか?」ドアが開き、不遜な態度でやって来たのはソルト。この様子では、ランセル殿下は一緒ではないようだ。「どうにかね」短く答えて立ち上がる。「凄い惨状だな」床の上で、血塗れで暴れていた男たちは、今はぐったりと床に寝転がっている。「捕らえろ!」ソルトが引き連れてきた衛兵により男たちは縄で縛られで連れていかれた。
「俺たちの出る幕はなかったな」天井に向けてソルトが言った。誰かに声をかけているみたいだ。天井裏がカタンと鳴ったと思ったら、金髪で褐色の肌をした長身の男の人が目の前に現れた。「オレが助けてもよかったが、興味深かったので観察していた。中々に面白いものを見せてもらった」目の前で腕組みして立ったまま男が言った。無表情の男は、色は違えど、背格好や雰囲気はアカヤと似ている。獣人だ。「あなた、お母様の『影』?」私の問いに男が頷く。「ナターリャとお前の兄に頼まれた。お前を助けてほしいと。だが俺の力は不要だったな。流石は彼女の娘だ。それに無効化の魔法はこの国の建国者と同じ力だ」僅かに細めた目は、どこか嬉しそうに見える。建国の王が私と同じ力を持っていたことは初耳だった。色々と聞きたいことはあるけれど、今はそれどころじゃない「ランセル殿下とお父様に私の無事を伝えて」突然消えた私のことを、みんな探していることだろう。そう思って告げると、「お前の居場所も無事も伝え済みだ。すぐに迎えが来る。ここで大人しく待っていろ。何かあれば俺の名を呼べ。キルだ。お前の呼び掛けにはいつでも駆けつける」男そう言うと、私の目の前に片膝を着いて頭を垂れる。「今からお前が俺の『主』だ」
アーシュはどこに言ったんだ?焦れる気持ちを覆い隠して、令嬢たちと談笑する。「少し外の空気を吸ってきます」ふわりと微笑み、バルコニーへと向かうと物陰からキルが現れた。「見付けた。北東にある軍管轄の備蓄倉庫の一角だ。あの女、お前の妹を皇太子妃候補から蹴落とすだけじゃなく、屈強な兵士を唆して、倉庫に向かわせた。このままじゃ男共にやられるぞ」くくっと喉をならすキル。カッと全身の血が沸き上がる。怒りで我を失いそうになるのを、拳を握りしめて堪える。掌に爪が食い込んで皮膚を裂いた。「当然、アーシュは無事なんだろうな?」声が震える。「そりゃ、そうさ。建国の王と同じ力を持つ娘だ。陳腐な策略も、玩具みたいな魔封具も通じない。オレが助けるまでもない。あの娘は自力でどうにかするさ」悠々とのたまう影。アーシュの力は知っている。彼女が賢いことも知っている。だが、だからといって絶対に大丈夫だなんて言い切れない。彼女は優しい。だからこそ隙が生じる。その隙を突かれればどうなるか分からない。男共に絡め取られながら、血の涙を流すアーシュの幻影が見える。それだけで震えが止まらない。彼女に何かあったら、私は正気を保っていられるのだろうか?「今すぐアーシュの元に行って彼女を助けだせ!!」怒りのままに命じた私に、ふんっと鼻を鳴らした影は、「言われなくても行くさ。あの娘は面白い」そう言って、風と共に消えた。
広間に戻るとランセル殿下にアーシュが見つかったことを告げる。「アシュレイ姫は無事なの?」「『影』が向かいました。問題ありません」「分かった。父上にはアンナ伯爵令嬢のことを話した。尋問するために彼女を別室へと連れて行く。エルナンドもついて来なさい」「御意」ランセル殿下の言葉に深く頷き、殿下に続く。つかつかとアンナ伯爵令嬢の元に行く。いつになく険しい表情の私たちに、令嬢達が慌てて道を開ける。開けた人混みの中心にアンナ伯爵令嬢がいた。
「話がある。来なさい」ランセル殿下が命じる。アンナ伯爵令嬢は誤魔化すような笑みを浮かべてランセル殿下に問う。「こちらでお話ししたのでは問題がおありでしょうか?」「何様のつもりで私に言及している。これは命令だアンナ。渋るなら連行する。衛兵、この女を捕らえよ!」ランセル殿下の声に、部屋の外から衛兵がなだれ込む。「どういうおつもりですか、殿下?国内外の来賓がたの前でこのような仕打ち。わたくしが何をしたと言うのです?王家の品位を損なう行為でございます!」声高に訴えるアンナ。「黙れ、女。たかが伯爵家の分際で王族に意見するなど、今すぐ不敬罪で首を跳ねることもできるのだぞ」生意気にも王家の品位などと口にする女に言葉を落とす。私の言葉に反応したように、衛兵達が鞘から剣を抜いてその切っ先をアンナに向けた。




