陰謀2(エルナンド視点あり)
ハスラ達は、アーシュはリンを追って部屋を出たと言っていた。この女の話は嘘だろう。「アンナ嬢、妹と共にいたのはどのような男でしたか?」沸き上がる怒りを堪えて尋ねると、アンナは勿体ぶったように沈黙した後、「遠くて顔はよく見えませんでしたが、貴族のようには見えませんでした。粗末な服装でしたので…」「まぁ、侯爵令嬢ともあろうお方が、平民と駆け落ちですの?」「なんて穢らわしい!」その場にいた令嬢達が口許を覆って嫌悪を露にする。アンナがランセル殿下に一歩近づいた。「恐れながらランセル殿下。皇太子殿下の婚約者候補でありながら、他の男性と、しかも平民などと恋に落ちるなど、反逆罪に問われるべき大問題でございます。ですが問題が公になる前に、殿下がアシュレイ様を婚約者候補からお外しになれば、罪には問われません。騒ぎが大きくなる前に、アシュレイ様を婚約者候補の名から外すべきですわ!貴女達は、今回のことは黙っていてくださいね」
なるほど。この女の狙いはこれか。アーシュを婚約者候補の座から蹴落として自分が婚約者になり、果ては妃になろうと目論んでいるのだ。ランセル殿下も気付いたのだろう。素早く私に視線を寄越す。犯人は分かった。だが、まだこの女を捉える時ではない。最優先事項はアーシュを無事に保護することだ。今はキルの知らせを待とう。焦れる気持ちを堪えて、ランセル殿下に深く頷いた。この女だけは許さない。
「目覚めたか」褐色の肌の大柄な男が近付いてくる。その男を睨みながら身を固くして身構えると、「良い目だ。流石はキルを骨抜きにした女の娘だ」男は私の前にしゃがみこみ、手を伸ばす。殴られる?そう思って目を瞑ると、口許を覆っていた布がはらりと外れた。「何者ですか?わたくしをどうするつもり?」目を開けて男を睨む。「そう身構えるな。俺の仕事はお前を監禁することだ。それ以上でもそれ以下でもない」そこまで言った男の、やけに先の尖った耳がピクピクと動いた。「あの女…いまの座から蹴り落とすだけじゃ気がすまなかったようだな」何やら呟いた男は、耳に息がかかるほど顔を近づけた。「この程度のことは自分で切り抜けろ。じゃなきゃ退屈すぎる」
状況が把握できなくて言葉に詰まる私の視界を、風と共に横切る影があった。さっきまで泣きそうな顔で私に謝っていた男の子が、大柄な男に飛びかかったのだ。「アカヤの嘘つき!言う通りにすればアシュレイは傷つかないって言ったじゃないか?だから手を貸したのに!こっちに歩いてくる足音はなんだ?あの歩き方、兵士じゃないか!」男の胸ぐらに掴み掛かる男の子を、大柄の男は片手で払い除ける。地面に振り落とされた男の子は、土で汚れた顔を腕の項でごしごしと擦ると、また男に掴みかかった。「あいつら何者だ?アシュレイをどうする気だ?醜い気しか感じないよ!」しぶとく大柄の、アカヤと呼ぶ男の胸ぐらに掴まったまま、反対の手で拳を振りかぶって殴ろうとした男の子が、凄い勢いで壁に吹き飛んだ。「ガキは黙っていろ」ゆっくりと男の子に近づいたアカヤは、その細い首を片手で掴んで、華奢な体を持ち上げた。「くっ…」苦しそうに顔を歪める男の子。アカヤが首を掴んでいる手に魔力を集中させる。「ぐ、や…め、アカヤ!」ポロポロと涙を流す男の子。その体がどんどん小さくなってゆく、そしてころんと転げ落ちた床の上には、小さな子猫が踞っていた。「リン!やっぱり、あなたリンだったのね!」
リンの元に駆け寄って抱きしめたい。けれど手足を縛られていて動けない。無効化の魔法を発動させて紐を解こうと意識を集中したとき、背中でひとつに纏められた手首からチリリと音が鳴った。「魔封じの鈴だ」アカヤが言った。「あの女が用意した魔封具だ。よほどお前が疎ましいのだな。周到にこんなものまで用意して」侮蔑するように吐き捨てるアカヤ。「その鈴がある限り、お前は魔法が使えない。せいぜい踏ん張って生き延びろ。そして俺を楽しませろよ」アカヤはそう言うと、瞬く間に消え去った。
アカヤが消えたのと入れ違いに、ガタガタと音を立てて扉が開き、数人の男達が姿を現した。この国の兵士に支給される制服を着崩した、強面の男たち。彼等は床に転がる私を見下ろして下卑た笑みを浮かべた。「おいおい、上玉じゃねーか!」頭の先から足の爪先まで舐めるように見る男たち。「あの性悪女も良い女だと思ったが、上には上がいるもんだ。あの女が平凡に見えるほどの上玉だな」「まだガキだが、こんな綺麗な顔の女は見たことがねー!」1人の男が私の顎を掴んで上向かせる。「色は薄いが青い目と金を含んだ髪。この女、王族じゃねーか?」青と金の組み合わせは王家に多く見られる色で、王族の血を半分継ぐ私にも、多少その色が出ている。「大丈夫か?王族なら俺ら反逆罪で処刑されるぞ」男の一人が怯む。けれどリーダー各らしいひげ面の男が「見つかるわけねーよ。あの闇ギルドが絡んでんだぜ。それよりさっさと始めようぜ」上着を脱ぎ捨て、カチャカチャとベルトを外し始めるた。「ヤベー、興奮して震えが止まらねー」片耳にピアスをして、短髪をツンツンと立てたチャラそうな男が舌舐りした。「綺麗な肌だ。吸い付いてくるぜ」筋肉質で厳つい顔をした男が、手を伸ばして私の足を撫でた。
「にゃー!」その腕に、リンが飛び掛かって噛みついた。「いてっ、何だ?この山猫が!」リンを振り払い、腰に帯同している剣を抜いた男が、その剣を振り下ろした。「ギャッ!!」血しぶきを上げてリンが床に転がり、痛みで暴れ回っている。男は再びリンに目掛けて剣を振り下ろそうとした。「やめて!リンを殺さないで!」紐を外そうともがく度に、魔封じの鈴がチリチリと鳴る。「おいおい、どこ見てんだ?あんたの相手は俺たちだ」男達が手を伸ばして私を押さえ付ける。体を這うようにうごめく手が、吐き気がするほど気持ち悪い。男たちに押さえつけられながら手足をバタつかせて暴れる。やめて!リンは絶対に殺させない!!ドクドクと激しく脈打つ鼓動に意識を集中させる。お願い、『無に返って!』
チリ……ン
手首の鈴が外れて、床に落ちる。。手足を縛る紐が解けて手足が自由になる。血塗れだったリンの傷がみるみる消えて、子猫の姿から少年の姿に変わる。「お前ら、許さない」男の子は着ているベストの裏に忍ばせていたダガーナイフを数本手に取り構えると、男たちに向けて次々と投げた。ナイフは正確に男達の手足をを切り裂く。手首と足首の腱を切られた男たちは立つこともできず、床の上でのたうち回る。血塗れで苦しむ男たちに見向きもせず、男の子は私に駆け寄ってきた。「アシュレイ、怪我はない?」さっきまで血塗れで苦しんでたのに。無効化の魔法を使ったって、感じた痛みは消えることはない。怖かっただろうに、痛かっただろうに、男の子は私だけを心配した。「ごめん、アシュレイ!ごめんね!!」リンは私にしがみついてボロボロ泣いた。




