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花嫁修行でございます4(エルナンド視点あり)

ランセル様ご一行がお帰りになった後、「あら、まぁ、楽しみですわ」ハスラがホホホッと軽やかに笑った。「腕が鳴りますね!」ナージャとトリッセはそう言いながら、早速、明日のドレスの打ち合わせを始めた。流石は名門の中の名門、ハートランド侯爵家に仕える侍女達である。急な舞踏会にも動じることなく、手際よく準備を進める。動揺しているのは私だけのようである。


舞踏会当日、ナージャ達が選んだドレスに身を包む。白地に若草色のバラの蔦の絵が全体に刺繍してある、目にも鮮やかなドレスである。まだ幼いアシュレイの初々しさを引き出すドレス。髪はハーフアップにして若草色のリボンで結ぶ。瑞々しく、清純な雰囲気は、一見すると野暮ったく見えがちだが、神をも魅了すると言われるアシュレイが着ると、神の御使いか、はたまた森の精霊であるかのような、人間離れした神秘的な美しさを放つ。「お綺麗ですわ、アシュレイ様」侍女達がほうっと感嘆のため息をついた。


「迎えに着たよ、アーシュ」準備が整い、広間に向かおうとしたタイミングで、まばゆい金髪を背中で緩く編み、正装姿のエルナンドがやって来た。胸元のハンカチーフと髪を結ぶリボンが私のドレスの布と100%一致するのは見間違いではない筈だ。「今日も綺麗だよ、私のアーシュ」両手を広げて私をすっぽりと抱き締めるお兄様のブラウスのボタンが、私のイヤリングと同じバラの形をしているのに気づいて背筋が寒くなる。お兄様、ヤンデレ化が進んでいませんか?


「今回は王室主催の舞踏会だから、皇太子殿下はアーシュのエスコートができないからね。皇太子殿下も美しい君の側にいられないのは寂しいだろうけど、今日は私がアーシュの王子様だよ。さぁ、おいで。私のお姫様」蕩けるような笑みを浮かべるお兄様は、彫りの深いはっきりとした顔立ちも相まって、まるでギリシャ彫刻のよう。手を重ねれば、作り物ではない温もりが伝わる。お兄様は、グッと私の手を握りしめた。そして背の低い私に合わせるように身を屈めて、耳元で囁く。「忘れないで。この城でアーシュが傷付き泣くようなことがあれば、私は迷わずアーシュを拐う。相手が皇太子だとか、ハートランド家の尊厳だとか、私たちが兄妹だとか、そんなものは大したことじゃない。私にとって大切なのは、アーシュが幸せかどうか。それだけなのだよ」




アーシュが生まれた日のことは今でもはっきりと思い出せる。ぷっくりとした頬。小さな手。手足をバタつかせて泣き続けている小さな赤ん坊を、母上が私の腕に乗せた。大声で泣き喚いていた赤ん坊は、私の腕の中で少しだけグズついた後、ふわりと笑った。その拍子に閉じたままの睫毛に溜まっていた涙が、小さな頬を滑り落ちた。生まれたばかりのアーシュに私は一目惚れした。


物心つく前から侯爵家次期当主として英才教育を受けていた私と違って、5つ年下の妹は蝶よ花よと、綿菓子に包まれるがごとく甘やかされて育った。そこにいるだけで目を引く美貌と愛らしさに、私だけじゃなく父上も母上も彼女を溺愛した。日々、勉学に励み、いつも眉間にシワを寄せて難しい本を読んでいた私は、次期当主として期待されてはいたが、子供らしさの欠けた実に面白味のない子供だったと思う。使用人どころか父母すらも私に余所余所しかった。冷たいわけではなかったが、一人前の大人に対するような扱いをされることが常だった。


「アシュレイ様、そろそろ風が冷たくなって参ります。お部屋に戻りましょう」3才になったばかりのアーシュに、ハスラが嗜めるように告げる。「やだ!冷たくないもん!」ぷいっと顔を背けるアーシュ。子供らしい我が儘を言う妹が可愛らしくも羨ましい。私は、あのような感情のままに我儘を言ったことは1度もなかった。「お風邪を召してしまいますよ」「やだったら、やだ!」侍女達から逃げるように駆け出したアーシュが、私の方へと走ってきた。「える!」両手を広げて抱きついてきたアーシュが、侍女から隠れるように私の後ろに回り込んだ。私を盾に隠れるアーシュに、侍女達がどうしたものかと立ち尽くす。


「まだ遊びたいみたいだから、温室につれていくよ。あそこなら温かいから問題ないでしょ?1時間くらい遊べば満足するんじゃない?」私の言葉に後ろからひょっこりと顔を出して見上げたアーシュが嬉しそうに笑った。「える、大好き!」後ろからぎゅっと抱きつくアーシュの温もりが、生まればかりの彼女を抱いたときの温かさと重なる。裏表なく、無邪気に私を慕うのは、この小さな妹だけだった。

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