花嫁修行でございます2
王宮にいてもスポコン魂は健在のフェルナルド先生と、庭園を走る。「さぁ、アシュレイ様。あの太陽に向かって走るのです。私に着いてきてください!」「はい、先生!」太陽に目が焼け付きそうになりながらも、ひょろひょろと細長いフェルナルド先生の背中を追いかける。広々とした庭園を2周した後はハスラ達が敷いてくれた敷物の上で腹筋、背筋、腕立て伏せ。反復横跳びや、お歌を歌いながらスキップまでしているのは何故ですか?フェルナルド先生?
魔道を極めるための必須課題である体力作り。先日、国内でも魔力トップクラスであるランセル、エルナンド、ソルトの3人の魔法攻撃をあっさりと無効化したわたしは、どうやらフェルナルド先生に完全にロックオンされてしまったらしく、今まで以上に過酷な練習プログラムをこなしている。「アシュレイ様、声が出ておりません!気合いです!気合い!」フェルナルド先生、キャラ変わってません?フェルナルド先生はトレードマークのメガネを外して汗だくの私を叱咤する。「そう、そうです。お上手です。あぁ、最高です、アシュレイ様。そのまま腰を落して上げ下げしてください。焦らないで、ゆっくりと。あぁ、太ももがプルプルしていますよ、堪えて下さい。痛みはいずれ、快感に変わりますから!!」興奮して上擦るフェルナルド先生の声。「は…い、頑張りま…す」苦しくて、息が上がる。「フェルナルド先生、わたくし…も…だめです」それでも頑張って腰を上下させる。「もう少しです、快感に上り詰めるのです!!」
「アシュレイ姫に何てことをさせるのだ、フェルナルド!!」真っ赤な顔でプルプルと小刻みに震えるランセル皇太子が、赤く潤んだ瞳でフェルナルドを睨む。お怒りの様子のランセル皇太子だが、その姿は恥じらいに身を震わせている乙女のようで、今日も文句なく『お姫様』である。「流石に誤解されかねませんよ、フェルナルド様」ソルトが、いつになく困った顔をして目をさ迷わせている。ソルトの顔も真っ赤である?「え?なに?どうしたのですか、ランセル殿下?ソルト、どうして目を反らすの?」足腰を鍛えるためにスクワットをしていただけなのに、どうして気まずい空気が流れているのかしら?助けを求めるように侍女達を見る。「お声だけ聞かれれば、勘違いなさっても仕方ありませんわね」ハスラがホホホッと軽やかに笑った。何かにピンと来たらしいフェルナルド先生が手に持ったメガネをかけ直してランセル皇太子に必死に弁解している。その顔面が蒼白である。
(誰か、この微妙な空気の理由を教えてください)
わたし一人が完全にこの場から取り残されていた。「ここは殿方達にお任せして、湯浴みをいたしましょうね、アシュレイ様」ハスラの言葉に、こちらも顔を真っ赤にして見悶えていたトリッセとナージャが、わたしを連れてそそくさとその場を立ち去る。「エルナンド様がいらっしゃらなくてよかったですね」神妙な顔のナージャに「本当です!エルナンド様がいらっしゃったら死人が出ていましたよ!」うんうんとトリッセが頷いた。
(誰か、この状況を説明してください!)
何が何だか分からないまま自室に連行されて行くアシュレイの様子を、離れた場所から眺めている影があった。「ただのガキじゃん」詰まらなそうにボヤく。けどすぐにその考えを改めた。
「湯浴みなんて要らないわ、『無に返って』」アシュレイが両手を胸の前で合わせてそう言った。汗だくだった体も、髪の乱れも、底をついていた体力も、走り込みをする前の状態に戻る。風が吹き、さらりとアシュレイの髪が靡いた。「この姿なら問題ないでしょ?時間がもったいないから、このままハースアリア先生のところにいくわ」ふわりと微笑むアシュレイに、「かしこまりました」3人のお付きの侍女達は驚きもせず従った。
「何だ、今のは?魔法…?いや、魔力は感じなかった。そんな魔法が存在するのか?」影は腕組みして考える、そして思い至った。「無効化か!そうか無効化の魔法を操る姫か。これは面白い」影はククッと笑った後、その場から姿を消した。




