婚約者候補
怒りに震える3人の候補者たちに、背中に冷たい汗が流れる。悪役姫とならないために、目指せ平凡を目標に頑張ってきた。平凡への道を着実に歩んでいる。と思っていたのに、(このバカちん王子が!)今までの苦労を一瞬で水の泡としたランセルに怒りが込み上げる。私の手を取り可憐に微笑むランセルに、「お断りします!」きっぱりと言い切ると、「エル、帰りましょ」くるりと踵を返してお兄様の元へ行く。優雅に手を差し出してエスコートを促せば、石のように固まっていたお兄様はハッと意識を取り戻し、流れるような仕草で私の手を取った。「大切な妹の望みでございますれば、本日は下がらせていただきます」国王陛下に礼を取り、私達は謁見の間を後にした。
その後、城は上に下にの大騒ぎだった。「婚約者候補として彼女以外の名が連なるのは耐えられない。わたしは、アシュレイ以外とは結婚しない!」駄々をこねるランセル王子を国王始め側近達が説得する。「やはり、ここは慣例に乗っ取り数人の候補者から婚約者を選んだほうが…。ほらわざわざ来てくれた令嬢達を即座に帰すのも感じが悪いだろう?」国王が宥める。「父上!私が他の候補者など要らない。アシュレイ姫だけを城に迎えたいと言ったとき、父上は賛同してくれたではありませんか!そうやって父上がいつも優柔不断で八方美人だから、母上がお怒りになり、別邸に引きこもってしまったんでしょ!」キッとランセルが王を睨む。王妃様のことを責められて、国王陛下は言葉につまる。しかも、よく見ると涙を浮かべていらっしゃるような、いらっしゃらないような。
国王陛下が言い負かされて、このままランセルの意見が通るのか?と思ったとき、「我儘はそのくらいにしてください。殿下が我を通すことで心を痛めるのは、我が従兄妹殿です。優しい従兄妹殿が殿下の求婚を拒んだのは、殿下がお嫌いだからではなく、他の候補者の姫君、令嬢方を気遣っての事です」ソルトの言葉にランセルが考え込むように黙った。ナイス、ソルト!私の前では粗野で口が悪いが、陛下の前では立派な貴公子。謎の二重人格だが、よくぞ言ってくれました。
謁見の間を出た後、慌てて追いかけてきたランセルに「絶対に逃がさないよ」とギュッと手を掴まれたまま、ことの顛末を固唾を飲んで見守っていたわたしは、その通りだと言うように大きく頷いた。ソルトの言葉と、私の頷きを見たランセルは「わかったよ。予定通り2週間、彼女たちは城にいさせてあげる」しょうがないから僕が折れるよ。と言わんばかりに上から目線のランセル。麗しいお姫様のような見た目も合間って『貴様がほんものの悪役姫か!!』と心の中で突っ込んでおいた。
尚、エルナンドお兄様はお父様とお母様の命により、ザックに引きずられるように屋敷に戻って行った。「アーシュ、嫌なことがあったら直ぐに私を呼ぶんだよ!」そう叫びながら。
城での花嫁修行はどれ程厳しいのだろう?と身構えていたが、家庭教師としてやって来たのはフェルナルド先生とハースアリア先生だった。馴染みの先生方の顔を見てホッとする。他の花嫁候補達にも王宮付の先生がついているようだけど、どのような方が指導しているのかは分からない。何故なら他の3人の候補者とかち合わないように、意地悪をされないようにと、国王陛下、ならびに皇太子殿下、お父様やお母様、エルナンド等々、大人たちにより厳重に守られていたからだ。
「アン、ドゥ、トロワ。背筋を伸ばして頭の高さが変わらないように、優雅に、殿方を誘うように」ハースアリア先生のダンスのレッスンでわたしの相手をするのはフェルナルド先生。「はぁー、なんて可憐なんだ」ほわーっと頬を上気させて見つめるランセル皇太子。「私のアーシュにあれほど密着するなど許せん!」怒りのままに半径1メートル以内のものを全て瞬間冷凍させてしまったエルナンド。そんな二人を面白そうな顔をしてニヤつくソルト。3人のイケメンに見守られ(?)ながらレッスンは進む。毎度毎度、彼らは飽きもせず、暇さえあればアシュレイの授業を見に来るのだ。ただでさえ存在感が半端ない3人にジーッと見られるだけで居心地が悪いのに、今日は特にダンスの授業と言うこともあり、彼らの反応が気になって集中できない。そわそわと落ち着かない私に、最終的にはフェルナルド先生が私とハースアリア先生、フェルナルド先生の周囲にドーム型の厚い防御壁を発動させて、防御壁の外から私たちの姿が見えないようにしてくれた。ナイスです、フェルナルド先生!!




