めざせ皇太子妃5
皇太子妃候補として登城する1日前。流石に今日はソルトは来ないだろうと思っていたのに、当たり前のようにやって来た。しかも「出掛けるから着いてこい」と強引に私の手を掴んで馬車に乗り込んだ。「ソルト殿、困ります!わたくしにとって明日がどのような日かご存じでしょう?しかもわたくしは皇太子様の妃候補です。年の近い男性と二人で出掛けるなど、あらぬ噂の種となります!!」馬車の中で、向かい合わせに座ったソルトに『帰してください』と訴えるけれど、「叔父さんには許可を取った。安心しろ」勝ち誇ったように、そう言われた。
どこへ向かうのかわからないまま、馬車に揺られる。じっと外を眺めるソルトと、仏頂面でうつむく私。しかも私の膝にはリンがいる。急に連れ出された為に、抱っこしていたリンごと馬車に押し込められたのだ。居心地の悪い沈黙が続く。「そう怒るな、不細工になるぞ!」はっと顔を上げると「お前は笑顔でいるのが良い」そう言って私の頬を指で撫でたソルトは、困ったように眉を寄せた。「ソルト殿?」意地悪で強引かと思えば、突然優しくなる。そんなソルトに翻弄されながら、不覚にも鼓動が早くなり、顔が熱くなる。「どうした?照れているのか?」今度は意地悪く口の端を歪めて笑う。前世年齢30才。現在12才。合わせた精神年齢42才のおばさんをからかわないで!こう見えて私、恋愛経験乏しいんです!!
「着いたぞ」馬車が止まり、従者がドアを開けるよりも早く扉を開けて降りたソルトが、「ん」と言って、手を差し出した。ソルトの手を無視して、片手でリンを抱き、反対の手で長いドレスの裾を指で摘まんで自力で降りようとすると、ソルトは私の腕を掴んで引き寄せた。体制を崩した私は、「きゃあ」小さな悲鳴を上げながらソルトの胸に抱き締められる形ですっぽりと体を埋める。まだ少年の面影の残るソルトは、見た目によらず筋肉質で、私とリンの体重を丸々を受け止めても揺るがないほど逞しくて、落ち着いていた鼓動がまた早くなる。「強情なのは可愛くないぞ」上から降る声が近すぎて、見上げることも、返事を返すこともできない。そんな私の代わりにリンが「みゃー」と鳴いた。
馬車から降りて、周囲の景色を見て「えっ」と驚く。目の前にそびえ立つのは、本来ならば明日来るはずの城で、驚き立ち尽くす私の手を繋いだまま、「行くぞ」と言ってずかずかと庭園の中道を歩き始めた。緑がいっぱいの庭園には色とりどりの花が咲き誇る。リンを抱いたまま、はしたなく見えない程度に辺りを見回す。木漏れ日から差し込む光がキラキラと輝く。澄んだ空気に鼻から息を吸い込むと、マイナスイオンに体内が浄化されてゆく。前を歩くソルトが立ち止まる。繋いでいた手が放れて、木々が拓けた先にいる人物へと歩みより、礼を取るように地面に片ひざをついた。
「姫君をお連れいたしました、ランセル殿下」
いつもの粗野な姿はなりを潜めて、正真正銘の貴公子のように優雅なしぐさで敬を示すソルト。そんなソルトに呆気に取られて挨拶が遅れてしまった。慌てて、けれど優雅にスカートの裾を摘まむと膝を折り、殿下から声をかけられるのを待つ。「あなたの噂は聞いているよ、アシュレイ。堅苦しい挨拶は抜きにして、こちらにおいで」立派な大木の下に設置されたテーブルと椅子。その眼前に広がるのは大きな池。池の中には鮮やかな色の魚たちが泳ぎ、白い水鳥が池の上で優雅に浮かんでいた。
「遠慮しないで座りなさい」殿下に言われるままに椅子に座ると、ランセルが目の前に、ソルトが私の隣に座った。リンは広い庭園を嬉しそうに走り回ったり、池に前足を入れてパシャパシャと遊んでいる。
「突然来てもらって、すまない。ソルトに無理を言って貴女を連れてきてもらったんだ。」
漆黒の髪に青い瞳の王子様。髪は異国の姫であったお母様、青い瞳はお父様譲りの、まるで少女のように色白で線の細い、そして、そんじょそこらの女の子よりずっと美しい顔をしたランセル皇太子は、花も恥じらう乙女のごとくきれいに笑った。「殿下ともあろうお方が、わたくしなどに謝らないでください」美しいだけじゃなく、色気だだ漏れの王子様に、余裕をなくして慌て答える。「ソルトの言う通り、貴女は優しい人だ」王子様はうっとりするような甘い声で言った。
やっと皇太子登場\(^-^)/そして、今夜は仕事のため短めの投稿です。




