司令達(も)堕ちる
「お集まり頂けましたか。」
セドリックが見渡すと、6人が扉の前に集まっている。
「メアリとリヒトは任務中だから、俺が3人分だ。」
答えたのは赤い鬣のルガリオだ。
陸のルガリオ、海のメアリ、空のリヒト。
それぞれの得意分野で、武力を持って領地を守っている。
現在メアリはフェルナンド絡みで海上輸送の警護、リヒトは別件の依頼で空域警戒の任務についており不在にしている。
この世界で国同士が直接的に戦争を行えば、この軍隊に敵う兵力を持ち合わせている国はないだろう。
作戦次第で陸と海、空と陸などの連携も取れるよう日頃から訓練しており、自分のところの部隊のトップが不在であっても、すぐに他の部隊の下につけるようになっている。
だからこそ3人のうち1人は必ず城内におり、今はたまたまルガリオが残っていて、今の城内の指揮監督権を持っているため海と空の部隊にも発言力があるのだ。
「あの〜……」
気まずそうに、長い髪を三つ編みにして、オーバーオールに長靴の少女は小さく手を上げた。
「だ、ダグ様は、その、手が離せないから、さっきの集合も含めて代わりに行ってきてと言われまして。このイズンが参りました。」
ダグはグリーンハンドを持つ半神である。
ダグの手にかかれば枯れた樹木や花は生き返り、砂漠は野原となり、畑は豊作となる。
限られた土地で領民も飢えさせないために、必要不可欠な存在だ。
城内にいるものの中では珍しくレオンから直接スカウトされた人材で、元いた神々の顕現する神聖な土地でちょっと人に見せられないような奇妙な植物を育てて神たちから気味悪がられ、肩身の狭い思いをしていたところ、レオンから『専用の土地をやる。そのかわり食糧確保に協力しろ』と声をかけられ、二つ返事で了承したのだ。
何よりも第一は植物のことなので、今日のような集合に参加することはまずない。
「わかっておりますよ。戻ってからダグ様にお伝えいただければ。」
その辺りはセドリックも想定している。
仕事モードで全員に敬語で接してはいるが、セドリックは城内でもかなりの古株だ。
その上執事のようなこともしていれば、今誰がどこで何をしているのかくらいは、知っていて当然なのである。
「アスクレピア様も、本日は北東方面で発生した流行り病の調査に出ておりますので、私が参りました!」
ロディエのいうアスクレピアは、ダグと同じく半神で、白蛇のような肌の優秀な医者である。
持ち前の医療技術もさる事ながら、赤く光る目で症状や傷を観察し、直ぐに治療法を見つけ出せるのが他の医者との大きな違いである。
元々ダグに並んでスカウトするに値する人材であったが、アスクレピアの場合はスカウトするより前に自らついていくことを選んだ。
かつてレオンがある神と戯れた際、アスクレピアは稀に見る激戦を影からこっそり覗いていた。その戦闘中にレオンが負った怪我が、アスクレピアの目で見ても致命傷で治療不可能だったにも関わらず、みるみる傷が塞がり本人もピンピンしていたのだ。対峙していた神が奥の手を出しても倒せなかったことで決着は言うまでもないが、アスクレピアはもうそれどころではなく、唯一自分の見立てが通用しない者が存在することに興奮を抑えきれず、物影から飛び出して自らレオンについていくと言い出したのだ。
レオンは医療の発展を考えて、たまになら身体を調べてもいいと条件をつけ、領地の医療を任せている。
アスクレピアも根っからの医療研究者のようで、多種族が混在する魔王領では新たな発見も多いらしく、レオンの身体を調べられるのが極たまにしかない割には、毎日あちこちに出向いて往診したりして今の生活を楽しんでいるようだ。
「それも存じ上げております。アスクレピア様がお戻りになったら報告して差し上げてください。」
司令相当は全員集まれば9名。
4人不在で代理は2人、1人は既にもう部屋に入っているようだ。
「では、これから皆様に、ハルヒ様とヒナタ様をご紹介いたします。」
コン、コン、コン、とセドリックが扉をノックすると、中から「入りたまえ。」と返事が来た。
「レオン様、皆様をお連れしました。皆様、どうぞお入りください。」
セドリックは扉を開け、6人を部屋の中へ案内した。
「忙しいところ、すまないな。今日の集まりに来れなかった者も多数いるため、お前たちに部下への周知徹底をお願いしたい。」
レオンの横には双子のいるベッドがあり、反対側にはフェルナンドと、先ほどのセイレーンが並んでいる。
「先ほど紹介したとおり、ハルヒとヒナタだ。セイレーンはメアリに派遣してもらった者で、二人が眠らないときなどに子守唄を歌ってもらっている。他にも二人の世話をしてくれている者が何人かいるが、追い追い紹介しよう。」
「そして、フェルナンドには二人のために赤ん坊に必要な資材を集めてもらった。フェルナンドの部下たちにはもう周知が済んでいる。」
レオンは話をしながらベッドの後ろへ回った。
「顔をよく見て覚えてくれ。城内で人間を見かけることなどほぼないから、部下たちが驚かないようにな。」
そう言われた6人は、言われるがままベッドに近づく。
上から覗き込む6人。
ベッドの上では双子が起きており、双子の4つの淡いグリーンの瞳が、6人を交互に見つめ返している。
「か、かわいい〜〜!かわいいですレオン様〜!」
声を上げたのはイズンだ。
「半分エルフの血が流れていてな。厳密には人間とエルフのハーフだ。耳に特徴が出ていないから、見たところ人間にしか見えないが。」
「ちっちゃいのう…こんなにちいさいんじゃ、儂が触ったら壊れてしまいそうじゃ…」
トールディンは少ししょんぼりした顔で双子を覗き込んでいる。
「そんなことはない。乱暴にしなければ大丈夫だ。みんな一人ずつ抱いてみるといい。」
レオンはハルヒを抱き上げ、トールディンに預けようとした。
するとハルヒは眉間に皺を寄せ、今にも泣きそうな顔をしながらレオンにしがみついている。
「あはは、トールさんの顔が怖いから嫌なんじゃないか?」
リロが茶化すように言う。
「くぅ……やはりそうなのかのう。」
露骨に嫌がられ、トールディンはショックなようだ。
「どうした、ハルヒ。トールは私が信頼する部下だ。何も怖くないぞ?」
レオンがそう言ってトールディンに近づき、彼の背に合わせるように膝を着くと、ハルヒはレオンにしがみつくのをやめ、恐る恐るトールの方へ手を伸ばした。
伸ばした小さな手で、トールの髭をわしわしと握っている。
「ほら、怖くないだろう。」
ハルヒは徐々に笑顔になり、トールディンの髭を掴んで遊び始めた。
「トール、そのまま抱いてやれ。」
レオンはハルヒを腕から離し、トールディンへ託した。
緊張に加えて慣れていないこともあり、ぎこちなくハルヒを受け入れる。
「おおお…ハルヒ、儂が怖くないか?無理をするんじゃないぞ?」
不安そうにハルヒへと話しかけると、ハルヒはトールディンをじっと見つめた後、にっこり笑った。
「「「うっ……」」」
その笑顔に、見ていて者全員が呻いた。
「あ、赤ん坊とはこんなにも儚く美しいのか。」
珍しくマーリンも動揺している。
「本当にかわいらしいですね!元気に育ってもらうためにも、私も子どもの食事について色々調べてみます!」
「それは有難い。実は離乳食とやらを自作する予定でな。是非とも協力して欲しい。ロディエの考えるメニューは城の者達にも人気だからな。」
「レオン様、僕はヒナタちゃんを抱っこしてもいいですか?」
リロがレオンへ尋ねる。
「ああ、もちろんだ。」
レオンがヒナタを抱き上げ、リロへ預ける。
ヒナタはハルヒの様子を見ていたからか、嫌がる様子はない。
「わぁ〜かわいい!僕、人間の赤ちゃんて初めてだよ!ハルヒちゃん、僕はリロだよ、よろしくね!」
リロの自己紹介に、ハルヒは笑顔になった。
「僕のところの子たちも、繁殖期に子どもが生まれてかわいいなって思うけど、この笑顔はたまらないや。」
リロは動物と意思疎通が図れるノームだ。
ノームもドワーフと同じく小柄で、背丈も体格も小さな子どものようだが、リロはもう100歳を超えている。
ノームの中ではかなり若い方で、本人もまだ子どもだと思っているくらいだが、動物との相性がずば抜けており、魔王領の動物たちの管理を任されているのだ。
彼の体にいつも止まっている青い鳥は、小さな頃から共に過ごしてきた、元は一般的なスズメである。長い時を共に過ごしてきたためリロの魔力が浸透し、今でも普段はスズメのような風貌だが、いざという時に姿をハヤブサのように変化させ、上空から索敵を行なったり、遠くの地へ手紙を届けたりする。
彼にとって家族のような動物が他にも沢山おり、城の近くの一区画で生活している。
「リロのところの子たちにも、いつか紹介してやったらいいんじゃないか?」
ひとしきりハルヒに鬣を揉みくちゃにされたルガリオが言う。
「うん、みんな絶対仲良くしてくれると思う!こんなに心が綺麗で、かわいいんだから!」
そのあとも双子は皆の前で笑顔を振りまき、全員が骨抜きにされた。
あのレオンが優しい顔で双子へと話しかける姿を見たことも一因ではあるが、今日集まった一人一人が、それぞれ心の中で『ハルヒとヒナタを守る』ことを決めたのだった。