お披露目
『皆の者、聞こえるか』
ある日の正午。
突然、魔王城内にいる全ての者の頭の中に、同時に声が届いた。
道行く者は立ち止まり、別の者は作業や食事の手を止め、耳を傾ける。
当然声には聞き覚えがあるし、魔道具を介さずとも念話でここまで鮮明に音声を届けられる人物は限られる。
『やむを得ない場合を除き、ホールに集まってくれ。伝えることがある。今から1時間後だ。』
その言葉に、ほとんどの者は検討がついていた。
ここ最近、この城の主人は何かコソコソやっている。
きっとそのことについてだろう。
しかしながら、ホールに集められると言うことに一抹の不安がある。
数ヶ月前、突然魔王を引退すると宣言した主人は皆をホールに集めることをせず、今やってみせた念話で済ませているのだ。
そんな大事なことを念話で済ませておいて、わざわざホールに集めてまで伝えたいことは何なんだろうか。
「やっとレオン様から話が聞けんのか。」
「そうだな。フェルナンドの出入りといい、セイレーンの歌声といい……気になっていたからな。」
長く伸びる廊下を、ルガリオとマーリンは再び歩き出した。
「それに、レオン様自らが自室に大層な結界魔法をかけている。恐らくそこに何かあるのだろうが……私程度の詮索魔法では弾かれてしまうよ。」
「げっ……マジかよ。どんだけ厳重に管理してんだ。」
「無理矢理探れなくもないが、隠したいものをわざわざ詮索する趣味はないよ。それに、やったところでレオン様には私だとバレてしまう…私も怒られたくはないからね。」
マーリンはレオンに並ぶ魔法の使い手だが、そのマーリンでさえ通りがかりにパッと見ただけでは結界の構造程度しかわからず、中に何があるかまではわからなかった。どうやらレオンと一部のものだけがその結界を通過出来るようになっているようだった。
「そんだけ厳重ってことはよぉ、なんか危ないもんとかか?
セイレーンが出入りしてるってことは、眠らせなきゃいけないようなもんがいるとか……レオン様でも現状維持しか出来ないもんって、相当ヤバいんじゃないか?」
ルガリオは自分で言っててゾッとしたのか顔を青くしていたが、マーリンは結界の構造を思い出し苦笑する。
(どちらかというと、あれは大切なものを守る類の結界なのだが……)
「まぁ、あと少しでわかるじゃないか。時間になったらホールへ向かおう。」
「あ、あぁそうだな。俺はちょっと訓練場で鍛錬してから向かうことにするわ。落ちつかねぇ。」
そう言って、ルガリオは訓練場のある方へ向かった。
(全く、我々の気も知らず……レオン様も人が悪い。)
マーリンは廊下ですれ違う者たちがソワソワしているのを横目で見ながら、食事へ向かった。
ーーーーーーーーーーー
マーリンがホールに着いた時には、既に殆どの者が集まっていた。
部下を持ち序列の高いマーリンがホールに入ると、犇めき合う人の山が自然に割れ、道ができた。
マーリンの位置は大体いつも最前列の左側のあたりだ。
その辺りに進んでいくと、ドワーフのトールディンがいる。
「トール殿、少しばかり早いのではないか?」
マーリンに気づいたトールディンは、大口を開けてガハハと笑った。
「儂は前にでかいのがいると、全く見えんからの!早く来て陣取りせんと!」
トールディンは鍛治の専門家で、鍛え上げられた筋力も体力も眼を見張るものがあるが、身長は幼い子どもと変わらない。
種族柄鍛治師や炭鉱夫になるものが多く、彼らが言うには「背丈なんて不要。寧ろ邪魔。重心は下にあるべき。」なんだそうだ。
こういう時には不便なんだろうが、トールディンだって部下を抱えた鍛冶場の親分であり、後から来てもマーリンのように道を開けてもらえる側だ。
実際は本人がせっかちなだけなのである。
「成る程、皆気になって早く来てしまったようだな。」
マーリンが見渡せばもう殆どの者がホールへと集まっている。
「儂もレオン様の呼び出しなんて久しぶりじゃから、焼き入れ途中なのに放り出して来てしまった。"1時間後"を聞く前に走り出してしまってなぁ。」
トールディンはあの念話を最後まで聞く前に走り出して、ホールに来てしまったようだ。
他にも、ルガリオやリロ、ロディエの姿や、普段は殆ど城にいないものの姿まで見える。部下から連絡が入って飛んで来たのだろう。
数百人が一同に介して会場も熱気につつまれている中、ホール正面の壇上の空間が揺らぎ、セドリックが現れた。
騒がしかった会場が、水を打ったように静かになる。
「レオン様が登壇されます。」
セドリックが壇上下手に移動すると、中央にレオンが現れた。
「集まってもらってすまない。既に王ではない私の声に耳を傾けてくれて感謝する。」
第一声、レオンは謝罪と感謝を述べた。
「皆の貴重な時間を奪うつもりはないので手短に済ませる。」
レオンは指をパチンと鳴らすと、すぐ横にセイレーンが表れた。セイレーンは手押し車のようなものに寄り添うように立っている。
手押し車は見慣れない装飾が施され、屋根のようなものが付いており中が良く見えない。
「彼女の声を聞いていた者もいるだろう。彼女はセイレーンだ。歌が上手いので世話を手伝ってもらっている。」
レオンの紹介に、セイレーンはぺこりと頭を下げる。
「先日、ミトラの森で精霊王ミトラが人間の双子を保護した。家に捨てられ、母を殺された哀れな姉妹だ。」
セイレーンが手押し車の屋根を畳むと、そこには柔らかい布に包まれた、オレンジ色の髪の赤ん坊が2人並んでいる。
「精霊王との話し合いの結果、私がここで育てることとなった。期限は定めていないが、独り立ち出来るまでだろう。向かって左側が『ハルヒ』、右側が『ヒナタ』だ。先日私が名をつけ「「あうあー」」…む」
会場にいる殆どの者は戦慄した。
主人が話している最中に双子の両方が声を上げたのだ。
基本的にレオンが話をしている時に声を上げる者など、ここには誰一人いない。
そんなことをすればまず自分の上司から怒りの鉄槌を食らうのでそんなことをする勇気もないのだが、それ故にそんなことをすれば命は捨てたものと同義だ。
何人かは壇上にいるか弱き人間の赤子の冥福を祈った。
しかしレオンは双子のほうを向くと、小さめな声で
「ちょっと待っていなさい。……名をつけたのだ。」
向き直って話を続けたレオンに、付き合いの長い数人を除いて、驚きの表情を隠せなかった。
特に直接レオンと会話する機会のない者たちは、周りから断片的なエピソードを聞き齧り、噂に尾ひれを付けたり付けられたりした結果、レオンが『冷徹で利益を最優先し不要なものは切り捨て時には自ら手を下し誰もそれに抗うことが出来ない程強い敵に回したらお終いな血も涙もない(元)魔王』だと思っている。
そんな主人に子どもを引き取って育てることになったと言われても、思考が追いつかない。
しかも話を遮られて怒りもしないのだ。
ルガリオは危ない想像を一人でしていたため少しほっとしているが、双子の名前を聞いたばかりなのにもう見分けがつかず、どっちがどっちだかわからなくなっている。
「双子は私の保護下にある、これから城内で見かけることになると思うが、よくしてやってくれ。以上だ。」
レオンはそう言って、セイレーンと双子と共に壇上から姿を消した。
会場にいる者は未だに声が出ないのか、静寂が続いている。
それを見てセドリックはひとつ息を吐き、中央へ来ると
「このあと、司令職の者はレオン様のところへ来て下さい。では解散。」
そう告げて、セドリック自身も姿を消した。
少しずつ騒めきが戻る中、こうして双子は皆の前にお披露目されたのである。