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名前をつけます。



「フェルナンド、毎日すまないな。」



応接間で、レオンの前のソファーに腰掛けているのは『フェルナンド・ウェルザー商会』の会頭である。

金色の美しい髪をした美青年で、明るい印象のグレーのスリーピーススーツを着こなしている。



「何を仰いますかレオン様。お役に立てて光栄に御座います。いつでもお呼びください。」





『フェルナンド・ウェルザー商会』



他の種族に比べてかなり短い人間の歴史の中で、文明の発展について語るのであれば《商売》を外すことは出来ない。


全てを自給自足できなければ、人々はまず物々交換をはじめる。物々交換の輪が広がり、基準となる貨幣が登場し、物に対して金銭を支払うようになる。金銭が多く手に入れば、より沢山のものを手に入れることができる。より多く金銭を手にするには、需要のあるものを売らなければならない。需要のあるものを作るには、人と、場所と、物と、閃きがいる。そして、それを集めるのには金がいる……



富を得るためには新しいものを……と、文明の発展に商売は少なからず影響を及ぼしてきた。



そんな中、圧倒的資産や発明を持って発展し、世界経済を牛耳っているといわれているのが『5大商会』と言われる5つの商会で、フェルナンド・ウェルザー商会はその一つである。


『5大商会』の中では1番の新参であるが、実用性の高い魔道具の販売による確実な売り上げと、会頭であるフェルナンドの先見の明により金融取引で莫大な利益を上げ、あっという間に他の4つの商会と並んだ。


その前まで5つ目の商会と呼ばれていた『ルゾー商会』も魔道具販売で利益を上げていたのだが、ある人物への投資がコケて大損しただけでなく、その損失を魔道具の品質を下げて取り返そうとしたため、商売で最も大切な"信用"は地の底へ落ち、『5大商会』から名を消すこととなった。


未だに細々と魔道具の販売は続けているようだが、今や見る影もない。




ルゾー商会が消えたのは想定外だったが、フェルナンドの商会の実態はレオンによる人間界への間諜のための組織だ。もちろんきちんと商売は行なっているが、本来の目的は儲けることではない。


当然フェルナンドはレオンの部下であり、正体は始祖の吸血鬼の息子である純血のヴァンパイアだ。



情報が全てである金融取引においてフェルナンドに先見の明があると言われるのは、彼がヴァンパイアであることが大きい。


実際に金融業のセンスもあるのだが、フェルナンドは時に霧となり、時に眷属を飛ばし、時に婦女を誘惑し、情報を集めることが出来る。



その情報収集能力と、『5大商会の会頭』という立場を利用し、レオンは人間界の、上は王宮から下はスラム街までの様々な情報を得ているのである。



「最初はどうなることかと思っていたが、本当に助かった。『新人パパママの育児』は素晴らしいな。同じような疑問を持つ親というのは沢山いるものなのだな。」



「それはよかった。あれは人間界のベストセラーになってるものですので、それだけ内容もしっかりしているのでしょう。お食事もレオン様がご準備されてるそうですね。」



「うむ。ミルクはお前に持ってきてもらったものを与えている。温度管理が難しくてな、ちょっと熱いだけで飲んでくれんのだ。まだ先のことだが、離乳食は既製品に頼ることも考えたが、出来るだけ自作しようと考えている。あいにく、今は時間に余裕があるのでな。」




双子を引き取ったあの日、レオンはすぐにフェルナンドへ連絡をとった。


『赤ん坊に必要なものを一式揃えて早急に持ってきてくれ』と。


フェルナンドはすぐに商会に勤めるおばさまたちから情報収集し、物資を掻き集めて城へ飛んできた。



事情を聞けば『仕方なく』というレオンが全く『仕方なくなさそう』な顔をしながら双子の赤ん坊を見つめていて、長年仕えて来たにも関わらず初めて見る表情に、フェルナンドは少し双子が羨ましいとまで思った。


しかし、冷徹な主人のその表情を引き出すことが出来る双子に自らも何かしたいと思った結果、こうしてせっせと物資を運んでいるのである。



「本日はミルクと衣類の追加をお持ちいたしました。他にも必要なものが分かり次第ご連絡ください。それと……」



フェルナンドは大きめの封筒を取り出し、レオンの前に置いた。



「初日にご依頼いただいた調査が終わりました。」



「なに?」



レオンは封筒へ手を伸ばし、中の資料を確認する。



「……ふん、やはり帝国の貴族か。それも公爵家とはな。」



「ルドキア帝国の、メイドール公爵家です。当主は魔法の才能に恵まれ、分家からも宮廷魔術師を数多く輩出しています。転移魔術の波長に特徴がありましたのですぐにわかりました。そして、お二人は、当主と妾の間に生まれた子です。」



レオンは双子が入れられていた籠に残った魔力の残滓を調べ、フェルナンドに出所を探らせていた。



「すでに、上に3歳になる男児がおり、お二人の少し前にも正妻の子で男児が生まれております。正妻は貴族の人間ですが、魔力量の増加を見込んで貴族落ちしたエルフを妾にとっていたようです。

しかし生まれたのは白魔病の子……。双子であることはわかっていたようで、正妻の子と合わせて3人分のベビー用品の準備をしていたようですが、今買い求めている消耗品は明らかに赤ん坊1人分。

そして、あの日以来、妾のエルフが姿を消したと…商売人の間ではもっぱらの噂です。腐っても公爵家なので、おおっぴらに騒ぎたてる者はおりませんが。」



「姿を消した…ではなく、消されたの間違いであろう。赤子は森に送れば食われて終わりだが、妾はエルフだ。生き残る可能性を考えて、人の手で確実に殺したのだろう。仮にも魔術で大成した家だからな。白魔病の子ができたと知られるわけにいかず、口封じをしたわけだ。」



「出産直後であればエルフでも赤ん坊にごっそり魔力を持っていかれますし、何しろ双子ですから。抗う力もなかったでしょう……」



レオンは瞳を閉じ、双子の母親であろうエルフを思う。


なんという無念であろう。


こんなにもかわいい双子を産んだのに、すぐに離されて殺され、赤ん坊も捨てられるとは……



公爵家の連中には反吐が出るが、今は目先のことを片付けねばなるまいと、レオンは思考を切り替える。



「一先ず、帝国であることがわかってよかった。これで名をつけることができる。」



レオンは双子にまだ名をつけていなかった。



「お名前をつけられるのですね。何とするかお聞きしても?」



フェルナンドに取り寄せさせたベビーベッドで、すやすやと眠る双子に近づいた。


先日レオンが魔力回路に魔法をかけたお陰で、真っ白だった髪は2人とも金色がかったオレンジになり始めている。



「『ハルヒ』と『ヒナタ』だ。」



「なるほど、この辺りの名前ではありませんね。」



「うむ、昔訪ねたことのある島国の方の名だ。大きくなった時、帝国の人間だと思わせたくない。あの国は、陸続きの国がないから気風も穏やかで、とてもいいところだった。季節柄、とても暖かく過ごしやすかったのを覚えている。そして、このオレンジ色の髪を見て思いついた。」



春の陽が射す日向のように、暖かく優しい子に。


レオンはそう願った。



「素敵なお名前です。お二人もお喜びなようですよ、ほら。」



名前を告げられた双子は、幸せな夢を見ているのか、眠りながらもにっこり微笑んでいた。


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