どんぐりの行方
《魔王城内食堂》
「なぁおい、最近飯のそこかしこにナッツみたいのが入ってるけど何なんだ?」
燃えるような赤い鬣のガタイの良い男が、サイズのあってない箸で目の前の皿をつついている。
目の前の皿には、炒られたナッツのようなものが5粒。
「ん?美味しいじゃないか。ほんのり香ばしくて私は好きだが。」
答えたのは、蜂蜜酒の入ったロックグラスを手にした妖艶な女性。
普段は降ろしている長く艶やかな黒髪を、食事中なので結い上げている。
曲線を描くボディラインに、胸元の大きく開いたドレスがよく似合っている。
綺麗な指先で、そのナッツを口へと運んでいる。
「おいしーじゃん!ぼくもマーリンと同じくこれすきだよ!ルガリオはきらいなの??」
マーリンと呼ばれた黒髪の女性のすぐ隣で、栗色の髪の少年が言う。
少年の頭と肩には青い鳥が一羽ずつ止まっており、時折少年の手から砕いたナッツの欠片を貰っている。
「いや、別に嫌いじゃねーよ?でもこの食堂で、ずっとこう同じ食材が使われるのも珍しいじゃねーか。」
ルガリオの言うとおり、ここ数日のメニューにはこのナッツが隙あらば使われている。
昨日はサラダの上に炒って砕いたものが乗っていてたし、一昨日はフライの衣にスライスしたものがパン粉に混ぜられていた。
「ちょっとルガリオさん!私も一生懸命メニューも考えてるんですよ!」
カウンターの端の席で、先ほどまで電卓を叩きながら書き物していた女性が声を上げた。
「紅白どんぐりは栄養素が他のナッツの何倍もあるんです!それでも飽きないように、こうやって色々と試行錯誤しながら考えてるのにっ!」
女性は立ち上がってルガリオに向き直り、手にしていたペンをギリギリと握りしめている。
「うっ……すまんロディエ。」
ルガリオはまさかそんな剣幕で怒られるとは思っておらず、大きな背中を少し丸めた。
「そもそもっ!私が毎日栄養バランスを考えてメニューを決めて仕入れもしてるっていうのに、突然大量の紅白どんぐりを処理しなきゃいけなくなったんです!予定していたメニューを1から考え直して、みなさんが飽きないような料理を考えたのに……今日みたいに毎回素焼きにして出してもいいのであればそうしますっ!」
どうやら城内の栄養管理を一手に任されているらしいロディエには、想定外の食材だったようだ。
「これ紅白どんぐりっていうんだ〜」
「そうだよ、リロ。ミトラの森で、収穫時期が難しい食材だ。栄養価も高いし、魔力含有率も高いから、食べてよし、魔道具の素材にしてもよし、っていう万能な木の実さ。」
「そうなんだね!これみんなにも食べて欲しいなぁ。ぼくたちだけずるいかなぁ?」
マーリンからどんぐりについて聞いた栗色の髪の少年は、体にとまっている2羽の鳥に話しかけながら、今ここにいない仲間たちに想いを馳せる。
「ロディエ、まだそのどんぐりは沢山あるのか?あるならリロんとこにどんと分けてやったらいいんじゃないか?」
「まだありますけど、そうも行かないんですよ…。こういう含有魔力が多い食材は、気をつけないと魔力酔いをするので…」
普通の食べ物と違って、魔力を含むものは過剰に摂取すると体内魔力のバランスが崩れるのか酒に酔ったような状態になる。
個人の魔力量に関係なく、体質によるようで大魔導士が酔うこともあるし、魔法が使えないような子どもでも平気なこともある。
Aの食材では酔わないけど、Bの食材ではベロベロになる。
Cを食べると眠くなって、Dを食べると泣き上戸になる。
……とかもう三者三様なのである。
「悪酔いした時にみんな大人しいとも限らなくて……その、昔、レオン様のお客様が大暴れで魔法を乱発して、城壁に大穴を……。
なので、それ以来魔力含有率の高いものは全て計算した上でお出ししてるんです。」
ロディエは遠い目をして、当時の光景を思い描いていた。
「そ、そうか。確かに魔力のある食材はこれだけじゃないもんな。色々バランスを考えないといけないんじゃ、ロディエも大変だな。」
「そうなんですよっ!なのにセドリックさんが突然やってきて『無駄にするな』って一言だけ言って置いていったんです!私の気も知らないで酷いと思いませんか?!」
「ほう、これを持ってこられたのはセドリック殿か。最近フェルナンドが頻繁に出入りしているから、てっきり商会から仕入れたのかと思ったが。」
フェルナンドとは、フェルナンド・ウェルザー商会の会頭である。
マーリンの言うとおり、普段は何ヶ月かに一度現れる程度だが、ここ数日は毎日のように
レオンのところへ来ているようだ。
「ミトラ様がわざわざ持ってきてくださったようなんです。でも、なんだかすれ違い?があったみたいで……。」
「すれ違い?どういうことだ。」
「紅白どんぐりの素焼きは、実はレオン様がお好きで、栄養価が高いので、集中していて食事を召し上がらない時にかわりに出していたんです。だけど、ちょうど在庫がなくなってしまって、かわりに他の木の実を出していたので、手に入ったことは助かったには助かったんですけど……
紅白どんぐりは魔力が抜けるのが早めなので、保存がそんなにきかないんです。なのに山ほど頂いてしまったので、こうして食堂でも提供してるってわけです。」
マーリンはロディエの話を聞きながら、美しい元魔王の顔色を伺う初老の執事のことを思い出していた。
「大方、レオン様が最近魔道具製作に熱心なんで、素材として求めてるとでも思ったのであろうな。まったく、セドリック殿も労しいことだ…」
「でもそれじゃあ、なんでフェルナンドはよくここに来てるんだろーね?っていうか、最近レオン様も全然自室から出て来られないじゃない。魔道具を作ってる訳でもなさそうだし、ちょっと気になるなー。」
「それにつきましては、数日後にレオン様からお言葉がございます。」
食堂の入り口に、いつも通りのセドリックが立っていた。
「せっ、セセセセドリックさん?!い、いつからそこに……?」
セドリック本人への愚痴をこぼしていたロディエは、慌ててセドリックへ尋ねる。
「たった今ですよ、ロディエさん。何を慌てているのです?」
「そ、そうですか。いえ、なんでもありません。」
「なら結構。ああ、先日は紅白どんぐりを押し付けた形になって申し訳ありません。食事で美味しく頂いておりますよ。」
((((絶対もっと前から聞いてただろ…))))
その場にいた全員が心の中でそう呟き、ロディエだけはさらに嫌な汗をかいていた。
「なんだ、セドリックのおっさんは何か知ってんのか?」
「ええ、存じております。私もその場におりましたので。みなさんきっと驚かれると思いますよ。これからまた、その発表の準備がございますので。失礼。」
なんだか疲れたような顔をして、セドリックは食堂をあとにした。
「ええーっ!なんだろう!気になるなー!マーリンはなんだと思う??」
リロはまるでなぞなぞでも出されたかのように、楽しそうに隣の席についてるマーリンに尋ねる。
「なんだろうか、今のところ検討もつかないが。」
大賢者マーリンにも検討がつかないようだ。
「まあいずれわかることだ、楽しみに待っていようではないか。」
そして3人は食事を再開し、ロディエはカウンターに戻って献立の栄養価計算を再開した。