表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
聖都編
98/492

第九十三話 視点が変わると事実さえ変わることがある。



 俺の身に降りかかる災難。

 そのほとんどって、女絡みだったりするのは気のせいか?


 俺に、女難の相が出ていたり、ご先祖様が女の霊に祟られてたりするんじゃないかって思うのも、気のせいか?


 

 平穏な一日になるはずだったその日は、とんだ厄日へと変貌した。




 「……リュート。君……やらかしてくれたじゃないか…………」

 部屋に訊ねてくるなり、グリードが険悪な調子でこぼす。


 こいつのこういう表情と声は、初めてだ。いっつも人を小馬鹿にしたような、余裕綽々の態度なのに。

 険悪な中に、どうしようもなく困り果てた様子も混じっている。



 けど……

 「え?なに、やらかした…って、何を?」

 

 俺、ここしばらくは大人しくしてるよ?トラブル起こしてないよ?



 心当たりがなくて狼狽える俺に、グリードは大きな溜息。

 「…君が、生粋のタラシだということは分かっていたが……よりによって…」


 え?え?なんで俺、タラシ認定されてるの?


 「よりによって、姫巫女に手を出すとはどういう了見だ!」


 ……………………。

 ……………………………って、はぁ!?

 「え、えぇ?手を出し…………って、えええ!?」



 何それ何それ。知らないよ!?



 激高してテーブルに拳を打ち付けたグリードに、俺の言い分は聞いてもらえるだろうか。

 しかも、厄介なことにこの場には……



 「ちょっと……リュート…それ、どういうこと…………?」

 「本当…なんですか、リュートさん」

 「………お兄ちゃん、ひどい」



 なんでこのおっさんは、三人娘のいる場所でそういうこと言い出すかな!



 「ちょ、ちょっと待ってくれ。それ、誤解だから!誓って手なんか出してないから!!」

 慌てて弁明する。

 そりゃ、弁明するだろ。完全に濡れ衣なんだから。



 「確かに昨日、姫巫女には会ったよ?けど、少し会話したくらいで、それ以上何もしてないって!」

 手を出すも何も、ほんの一言二言しか交わしていないくらいなのに。


 だが、グリードは信じてくれていないようだ。



 「姫巫女の様子を見る限り、何もなかったとは思えないんだけどね……」


 なんだよなんだよ、俺のことを信じるって言ってたくせに!

 ……って、姫巫女の様子?


 「な…何か言ってたの、あいつ?」

 俺の正体については一切言及しないように()()()()()おいたが、それを妙な具合に勘違いでもしたか?

 

 グリードは、困り果てたような表情で、

 「今朝方、姫巫女が私のもとを、供も付けずに訪ねてきた。それ自体、普段なら有り得ないことなんだけどね、彼女は私に、姫巫女の任を降りたいと申し出たのだよ」

 


 ……………。

 ………………………え?それだけ?


 そう思ったのは俺だけだったようで、三人娘は同時に驚愕の声を上げた。


 「そんな!どうして急に?」

 「これは……大変なことになりそうです」

 「……巫女さま、いなくなる?」


 ……そんな、大ごとか?

 まあ、確かに聖職者ってのは仕事が嫌になったからっておいそれとはやめられないと聞くし、それが姫巫女ともなればなおさら、自分の意志で進退を決めることなど出来ないのだろうけど……



 「それ、俺関係なくない?」


 彼女が新たな人生を歩みたいと思うのと、俺が手を出した云々の話は、どう結び付くんだよ?


 「関係ない…かね。私も最初は、彼女がそう言いだした理由が分からなかった。だから色々と問い詰めてみたらば……」


 そこまで言うと、グリードは再び大きな溜息を。

 よっぽど、ショックが大きいみたいだ……。



 「…………いや、これはもう、本人から話してもらったほうがいいだろう」


 そんなことを言い出した。相当参ってる。



 グリードこいつをここまで困惑させられるなんて、一体姫巫女は何を言ったんだ?

 昨日会った時は、良くも悪くも人畜無害の女性にしか見えなかったのに、実はめちゃくちゃ厄介な人物だったり?


 やべ。なんか怖くなってきた。



 グリードが、何故自分の口からではなく、姫巫女自身に説明をさせようと思ったのか。

 その方が分かりやすいとか話が早いとか、そういうわけではなく。



 多分、俺への腹いせだったんじゃないかな………。






 「失礼いたします。姫巫女をお連れ致しました」

 グリードの命を受け、姫巫女とその付き人が部屋に到着した。


 グリードは俺たちを手で制すと、自らがそれを出迎える。


 「ご苦労。ここから先は姫巫女だけでいい。君は戻りなさい」

 「え…しかし猊下……」

 「用が終われば、私自身が彼女を送り届けよう。心配はいらない」

 「……かしこまりました」


 扉の向こうで、そんな遣り取りが聞こえる。


 それにしても……わざわざ付き人を帰す必要はあるのだろうか。



 付き人が帰っていく足音が遠ざかってから、扉を開けてグリードが入ってきた。

 その傍らには、昨日も会った姫巫女が。



 ……ん?でも、なんか昨日とだいぶ印象が……………



 「リュートさま!!」

 「うわぁあ!?」

 

 いきなり、抱き付いてきた!


 

 「え、ちょ、な」

 なんだなんだ?これ、本当に昨日の娘か?


 「これからはずっとお傍にお仕えいたします!」


 「は?なんで?なんでそういう話になってるの?てか、なんで俺の名前……」



 昨日の遣り取りの中で、俺は一切自分のことを語りはしなかった。魔王と白状したわけでもないし(既にバレていたが)、名乗ってすらいない。


 大体、今のルシア・デ・アルシェにどれだけの聖職者たちが集まって来てると思う?

 そんな中から、一瞬出会っただけの相手おれの名前をどうやって知った?



 「昨日、リュートさまにお会いして、わたくしは目覚めました。世界がこんなにも色鮮やかに美しいものだなんて、今まで知らずに過ごして……」

 「ちょっと待ったちょっと待った!昨日のあれで、どこをどうすればそういうことになるわけ!?」


 俺がやったことと言えば、魔王おれのことを誰にも話すな、と口封じしただけ。

 …まあ、つい頭を撫でちゃったりはしたけど。


 でも、それだけ!

 うがった見方をしたところで、口説くどころか、まともな会話にもなってなかったじゃないか。



 「姫巫女として、何にも心動かされることなくただ生きていただけのわたくしは、死にました。今のわたくしは、ちっぽけでつまらない人間です」

 「いや、ちょっと、話聞いてる!?」


 姫巫女…確か、マナファリア…とかいったか…は、完全に興奮状態だ。

 上気した頬、潤んだ瞳、荒い呼吸。


 一種の、トランス状態のような…………



 ……………トランス状態!!



 原因はそれか!

 昨日、エルリアーシェと俺の声を混同して受けた結果、誤作動みたいなものを起こしてる?


 

 「昨日、貴方にお会いして、初めて自分の小ささを知りました。自分は、取るに足らない小娘だと。そして貴方は、私を一人の女として扱ってくださいました。私にとってはそれも初めてで…」

 「ストーーーーーップ!お前、何言ってるのか分かってる!?」


 その言い方はマズい!

 多分こいつは分かってないけど、グリードたちの表情が凍り付いてる!

 絶対、勘違いされてる!!


 

 「リュートさま、今まで私は、姫巫女としてルーディア聖教、ひいては世界人類のために尽くして参りました。ですが今日からは、貴方さまだけのためにお仕えしたく存じます!」

 「待て待て待て待て。早まるな。まずはちょっと落ち着け」


 抱きついたままだった姫巫女をひっぺがすと、俺は強引にソファに座らせた。

 とにかく落ち着いてもらわないと、俺の立場がどんどん悪化していく一方だ。



 悪意のない振舞いにここまで脅威を感じたのは初めてだ…………。



 「いいか、マナファリア」

 「はい、我が主」

 「(我が主はやめなさい…)昨日あったことを、一つ一つ、ここにいる連中に説明してもらいたいんだけど」

 「かしこまりました」


 順を追って話してもらえれば、グリードたちにも理解してもらえるだろう。


 これは、単なる姫巫女の暴走に過ぎないのだ、と。




 「昨日、南棟の中庭近くで、私はリュートさまに出会いました」

 姫巫女はグリードたちに向かって語り出す。


 「その瞬間、私は天啓に打たれたときのように、リュートさまから目が離せなくなりました」

 ………ん?その表現は、なんか違くないか?


 「そしてリュートさまも、私の目をまっすぐに見つめ返してくださいました」

 ………んん?いや、確かに目は合ったけど…そんなロマンチックなシチュじゃなかったような……。


 「恥じらいに身を翻した私の手を、リュートさまは優しく引き寄せて…」

 「いやいやいやいや!それ違う!」

 「そして熱く抱き寄せてくださったのです」

 「話聞いて!?だから、それ違うでしょ!」

 「急なことに怯える私にリュートさまは、何も心配することはない、自分を信じろ…と囁きかけてくださいました」

 「言い方!言い方おかしい!!」


 この娘、ヤバい!

 なんで昨日のアレが、そういう表現になる?

 思い込みとか、そんなレベルじゃない!


 

 あー、ほら。グリードも三人娘も、顔が引きつってる。もう俺、ここで討伐されちゃうんじゃない?


 

 「リュート……アンタ、とうとう本性を現したってわけね…」

 ああ!勇者の目が座ってる!

 どす黒いオーラまで纏っちゃって、正義の味方には見えない!

 「待ってくれ、頼むから俺の話を聞いてくれ!」


 なんで俺、浮気がバレて修羅場になってる男みたいな台詞を吐いてるんだろう……



 「へぇ。この期に及んで弁解しようっての?アンタも魔王なら、潔く観念なさい!」

 「魔王関係なくない!?」

 「とにかく、姫巫女が嘘を言うはずはないんだから、アンタが彼女にいかがわしい真似をしたっていうのは間違いなく事実なのよ」

 裁判で被告を追い詰める検事さながらに、俺を糾弾する勇者。


 だが。


 「いや、嘘って言うか、表現がおかしいんだって!ちょっとそいつ、感覚が普通じゃないんだよ」

 「ほほぅ」

 アルセリアが片眉をぴくんと跳ね上げて、俺をさらに睨み付ける。

 「じゃあ、一体どういうことなの?」


 俺の言葉より、姫巫女から話してもらったほうがこいつらも信じてくれるだろうと思ったのだが、自分で説明するよりほかないということか……。



 「いや…だからさ。昨日、中庭前でそいつと会って、なんかずーっとじろじろ見られてるとは思ったんだけど」

 「見つめ合ったんじゃなくて?」

 「「目が合う」と「見つめ合う」は、別ものだろ!…とにかく、なんでか知らないけど、俺の正体にそいつ気付いたみたいでさ。いきなり、逃げ出そうとしたんだよ」

 

 何が、「恥じらいに身を翻した」だよ。どう見てもあれ、めちゃめちゃビビってたじゃないか。


 「で、このまま逃げられたら色々マズいと思ったから、まあちょっと……ホールドした…というか」

 「優しく引き寄せて、熱く抱擁したんじゃなくて?」

 「むしろ乱暴に引き寄せて身動き取れないように押さえつけただけです!!」


 つい、叫んでしまったのだが。

 そしてそれは本当のことなのだが。


 この場でそれは、浅はかだったかもしれない。


 アルセリアの表情、怒りと疑念に、軽蔑も加わった。


 「ってアンタ……女性を無理矢理とか………魔王とか人間とか以前に、最悪だわ………」

 「だ…だって仕方ないだろ!暴れられたり騒がれたりしても面倒だし!」

 「……その言葉だけ聞いてると、最低最悪の犯罪者の言い分を聞いてるみたいね」


 ……マズい。

 話せば話すほど、状況が悪化していく。



 グリードはこめかみに青筋をピクピクさせてるし。

 ベアトリクスは、完全に真顔になってるし。

 ヒルダは、少しずつ俺から遠ざかっていってる。

 

 そしてアルセリアは、“神託の勇者”の面目躍如とばかりに、俺にびし!と指を突きつけて、


 「アンタの悪事もここまでよ!この勇者わたしが、断罪してあげましょう!!」


 …と、高らかに宣言してくれちゃったりするのだった。




 俺、史上最大の大ピンチである。

 

  


暴走超特急、姫巫女マナファリアの登場です。この娘、なにかと使い勝手が良さそうなので今後も出していきたいです。その分リュート氏には苦労をかけますが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ