第八十七話 憧れは憧れのままでいた方がいいという意見もある。
これっくらいの、おべんっとばっこに♪
なーんて歌が、あったよな。
ランチボックスに昼食を詰め込みながら、そんなことを思い出してみたり。
弁当の中身は、オーソドックス寄りにしてみた。
鶏の唐揚げに、卵焼き。ポテトサラダ。アスパラのベーコン巻。ほうれん草とコーンのバター炒め。あと、トマトソースのミートボールも。
タコさんウインナーがないのが残念。
おにぎりは、海苔がないので薄焼き卵で包んだのと、肉巻きおにぎりも作った。
朝が早かったのと、手間がかかるものがなかったおかげでさっさと出来上がった。
さあ、人数分の弁当を持って、いざ肝試しに出発、である。
……朝っぱらから肝試しってのも、妙な感じだが。
「で、その秘密の地下室だか呪われた地下王国だかの入口ってのは知ってるのか?」
本当にそんなものが存在するとしたら、神殿が放置しておくはずもないだろう。どうせほとんど使われていない地下倉庫とか、昔の牢屋の名残とか、そんなところに決まってる。
「そりゃあね。入口はね、地下墓所なの」
……はい?
カタコンベ……って、あの?
地下室とかに、人の骨がぎっしり……っていう、あのカタコンベ?
え?いきなりガチじゃないですか!
「ここのカタコンベは、六つの部屋に分かれています。ルシア・デ・アルシェの前身であるマリス神殿の聖堂から地下へ降りた先に、それぞれの部屋へと続く扉があるのですが…」
「呪いの都が生贄を求めるとき、七つ目の扉が現れるのよ…!」
ベアトリクスの後を引き継いで、アルセリアが雰囲気たっぷりに言う。もし今が夜で、ここに懐中電灯とかがあったりしたら、多分自分の顔を下から照らしていたに違いない。
……つーか、魔王をビビらかしてどうするよ。
「……ないはずの扉。……お兄ちゃん、怖い」
………ヒルダ、全然怖そうに聞こえないぞ。お前今、欠伸してたろ。
で、俺たちは今、そのマリス神殿跡に向かっている最中だ。
昔々、この地にある岩山に神殿が、その地下に墓所が作られた。その後、どんどん増築される形で神殿は大きくなっていき、やがて岩山全体を覆い尽くすルシア・デ・アルシェとなった。
すなわち、マリス神殿は、ルシア・デ・アルシェにすっぽりと覆われてしまっているわけだ。
その階層は、もう使われてはいない。
忘れ去られた神殿。忘れ去られた墓地。
“忘れられた都伝説”ってのは、そのあたりから派生したものなんだろうな。
神殿の一階から古びた階段を降り、ちょこちょこと曲がりくねった廊下を進むと、途中から壁や天井の様子が変わった。
明らかに、建設された年代が古い。
装飾も、ルシア・デ・アルシェのものに比べると、地味というか、稚拙だ。
ここが、原初の教会。
俺の片割れの名を冠する宗教が、生まれた場所。
関係者以外立ち入り禁止、の札を押しのけて、アルセリアがマリス神殿の扉を開ける。定期的な手入れはされているのか、思いの他すんなりと開いた。
「……カビ臭いな」
お世辞にも、気持ちのいい空気とは言えない。こんなところでは弁当を食べる気にはならないな。
「んーーー。なんか雰囲気あるわねー」
嬉しそうなアルセリア。後の二人も似たようなものだが、勇者とかそういうのになると、不気味な光景だけでは怖がることも出来ないのかもしれない。
まだ午前とは言え、ルシア・デ・アルシェに完全に覆われたマリス神殿は、非常に暗い。ところどころ崩れている場所もあり、不気味さに拍車をかけている。
…悠香はこういうの、ダメだったんだよな。昔お化け屋敷に入って、ずーっと俺の腕にしがみついていたっけ。
俺はつい、こちらでの「妹」を見下ろした。同じように俺の腕にしがみついているが、それは怖がっているからではない。
「……お兄ちゃん?」
「ん、いや、なんでもない。ヒルダは強いなー」
当たり前だが、ヒルダは悠香じゃない。そしてその当たり前のことを忘れそうになっていた自分に呆れて、俺はヒルダの頭を撫でた。
ベアトリクスの放った光源魔法が、周囲を照らす。屋外とまではいかないが、行動するには不自由のない明るさになった。
「さ、この先よ。行きましょ」
アルセリアが我先にと歩き出す。礼拝堂の奥から続く階段を降り、すこし開けた空間へ出た。
「ここが、カタコンベの入口ってわけ」
なるほど、思っていたほどおどろおどろしくはない。
広間の壁には、等間隔に扉が七つ……………………
扉が、七つ。
「おい…七つあるけど」
「……七つ、ありますね」
「キャー、やっぱり!やっぱり伝説は真実だったのよ!!」
おいおい何かの間違いだろ。或いは、こいつらの勘違いでもともと扉は七つある、とか。
「すごい!本当にあるなんて思わなかった!これ、世紀の大発見じゃない。どれかが、忘れられた都に続いているのよ!」
…と、アルセリアは興奮しきりだが………いいのか?伝説が本当だってことは…「忘れられた都が生贄を求めるとき」ってことだから……
お前ら、生贄扱いされてるじゃん。
「ねぇねぇ、どうする?どの扉が当たりかな?」
「んなもん、片っ端から開けてみりゃいいじゃん」
どうせこいつらの勘違いか、そうじゃなくても記録のミスとかなんだろうから、どこを開けても髑髏の山しかないと思うよ。
「えー、ちょっとリュート。そういう風情がないのってどうなのよ」
……肝試しに風情とか…。
「んー…じゃあ、目ぇつぶって適当に歩いて、んで一番近くのを開けてみれば?」
「……アンタやる気あるの?」
「やる気って……それ、必要…?」
こいつらが楽しんでるのは結構。が、今さら肝試し(本人談:探検)とか、あまりノリ切れないのも事実。
だってさー。
勇者一行が来るってんで慌てて改装しまくった魔王城って、これよりもっと不気味だもん。ホーンテッド〇ンションの様相を呈してるもん。
……女官さんたちが可哀想だから、そろそろデザイン変えようかな。
「直感でいいんじゃないですか?」
と、俺と大して違わないことを言いだしたベアトリクス。
「アルシーは神託の勇者ですし、無意識のうちに正解を選び取る力を持っているかもしれません」
………それはない。断じてない。
「それもそうね!よーし、じゃ、どれにしよっかな…」
だが、ポンコツ勇者はその気である。自分が、無意識のうちに正解を選び取る力を持っていると思っている。
今までの経験で、どこをどうしたらそういう結論に達することが出来るのかが謎だが、そう思っている。
「じゃあ…せっかくだから、この赤い扉にする!」
…………みんな赤いじゃん。ま、いいけどね…。ノリは大事だし、うん。
何がどう「せっかく」なのかは分からないが、せっかくアルセリアが選んだ扉なので、他の面々に異論はない。
俺たちは、意気揚々と進む勇者にくっついていった。
進むことしばし。
「……なあ」
「何よ」
「………カタコンベって、こんな感じなのか?」
意外と言うか拍子抜けと言うか。
イメージしていたような、「壁に骸骨がびっしり」な光景は見られない。そもそも、墓地っぽい感じじゃない。
それほど狭くはない廊下が、ずっと続いているだけ。
「墓場って言うからさ、あちこちに遺骨でも埋まってたり転がってたりするんじゃないかって思ってたんだけど」
「そんなはずないじゃないですか、リュートさん」
神官のベアトリクスが解説してくれた。
「確かに地下墓所には多くのご遺体が眠っていますが、きちんと石棺に納めて壁に埋め込んであるんですよ。そんな、あちこちに放置なんてしません」
………言われてみれば、そうか。
一般の(俺が想像するところの)墓場だって、そこいらに死体が放置されてるわけじゃないし。
日本人だったころにテレビのドキュメンタリーか何かで見た映像が印象的過ぎて、地下墓所ってのはみんなそういうものかと思っていたが、常識的に考えれば、こっちの方が余程自然だ。
「ただ……」
…ん?何かあるのか?
「ここ…壁に石棺を埋めてあるようには見えませんよね」
……確かに。
扉を抜けたあとは、建物というか洞窟に近い。手彫りのトンネルが、徐々に下りながらずっと続いている。
壁に何かが埋められた形跡は……無いな。
「……ここは、墓所じゃないのよ」
わざと暗い声で呟くアルセリア。だが、地声がけっこう高めだから、迫力はない。
「そう、この通路は、地下の忘れられた都へと続く回廊なのよ……!」
ああ、そういう設定ね。
「もしかしたら…そうかもしれませんね。通常の地下墓所とは、あまりに様子が違います」
「地下の国……探検?」
ベアトリクスとヒルダも、アルセリアに調子を合わせる。本気なのかお付き合いなのかは分からないが、やはり気心の知れた間柄ってのはこういうところも抜かりないのか。
「……まぁいいけど…さぁ。マジでその地下の国だか都だかに続いてるとしたら、どうするんだ?」
まさか生贄を志願するわけでもあるまい。
「………え…あんま考えてなかったけど…………」
行き当たりばったりだということがバレバレな勇者だ。
「まずは、探検よ探検。隠された財宝とかさ」
「…お前はいつトレジャーハンターになったんだよ」
「実は憧れてたのよね!」
……………憧れ、か。
こいつから、そういう言葉を初めて聞いた。こんな、暇つぶしのお遊びのときにしか口に出来ない憧れってのは、こいつにとってどんな意味を持っているのだろう。
もし、選ぶことを赦されていたのであれば、勇者とどちらを望んだのだろう。
「じゃあ、今だけ一日トレジャーハンター、だな」
気のすむまでやらせてやるか。誰に迷惑をかけるでもないし。
洞窟は、そのうちいくつか分岐を見せるようになった。アルセリアは、迷うことなく直感で行きたい方向に足を向ける。
まるで、何か確信があるかのように。
「なあ、おい。誰かマッピングしてるのか?」
ふと、疑問に思った。
「……まっぴんぐ?」
あ、こいつら、分かってない。
「お前ら、今までも迷宮とか洞窟とか行ったことあるだろ?地図はどうしてたんだよ」
「地図…?教会から貰ってたけど」
………出たな、温室育ち。
「地図のないところは?」
「そんなとこ、行ったことないもん」
…………まあ、勇者の仕事は冒険ではないのだから、別にそれに関してはいいんだが……
今回は、誰も見たことのない(或いは見た者は二度と帰ってこなかった)忘れられた都が、攻略対象である(という設定)。
当然、地図など存在しない。
存在したとしても、こいつらは持っていない。
「……あのさ、帰り道分かるのか…?」
俺の至極当然の質問に、三人娘は同時に足を止めた。
「帰り……みち?」
「それは…盲点でしたね………」
「ボクたち…迷子?」
あああ、やっぱり。何も考えてなかった。
アルセリアがやけに自信満々に進むものだから、もしかして道が分かってる…あるいは記憶しながら歩いているのかと思ってしまったが……
考えてみれば、こいつの自信は根拠のないものが多かった。
かく言う俺も、迂闊っちゃ迂闊。
言い訳をさせてもらえれば、前世で山歩きをしてたときは既刊の登山地図や地形図を使ってたし、さらにその前は、迷宮攻略なんてしたこともする必要もなかった。
ゆえに、地図を読むならいざ知らず、マッピングともなると、完全に素人である。
なんとなくで道を覚えていなくもないが、完全に記憶しているかというと、自信がない。
うん、迷子だね。
ここが魔獣のうろつく迷宮だったとしたら、遭難一歩手前だね。
けど、帰りはどうしようか。
あまり遅くなると、「勇者が行方不明!」なんてことになる。
ルシア・デ・アルシェの内部にいるのだから、そこまで大事にはならないだろうけど、地下に探検に行って迷子になった…てのは、勇者的に外聞がよろしくないのではなかろうか。
しかし俺のそんな懸念をよそに、
「まぁ、迷ったらとりあえず進めばいいんじゃないかしら」
と、我らが勇者さまは気楽に言ってくれる。
それ、迷宮とか山とかだと、遭難まっしぐらの選択だからな。
「そうですね。後のことは、後で考えましょう」
「だいじょぶ。たぶん」
……こいつら、随分呑気だよな。確かに神殿内とは言え、ここは既に自然の洞窟。見た感じも、けっこう野性味溢れてて、雰囲気だけならいっぱしの未開地探検だ。
そのあたりは、流石と言うか何と言うか。
と、言うよりも。
「…お前らさ、いざとなったら“門”使えばいいとか思ってるだろ」
「う。……ま、まぁ、いいじゃない。減るもんじゃないし」
「使えるものは使わないと、ですね」
「“門”……便利」
……減らないけど。使えるものって……魔王のことだよね?
「ったく、こっち来るときはあんだけ拒絶反応見せてたくせに…」
「あ、ちょっと!」
俺を遮って、アルセリアが大声を上げた。
誤魔化した、というのもあるだろうが、それだけでもなく。
「あれ、扉があるんだけど」
光源魔法があるとはいえ、随分と夜目がきくんだな。彼女が指差す方向に目を凝らすと、暗がりの中に、確かに扉らしき人工物が。
「なんだか、秘密の部屋の予感!」
状況的に考えれば、予感も何も、秘密の部屋なんだろう。
「なあ、どう思う?」
俺は、一応はこの中で一番常識的な(と思われる)ベアトリクスの意見を求めてみる。
地下墓所のはずなのに、埋葬が行われた形跡のない洞窟。
照明などの一切設置されていない通路。
「こんな場所のことは、記録で見たことも話に聞いたこともありませんね」
神官であり、七翼の騎士の一員でもあるベアトリクスも知らない場所。
うーーん……何か盛大にフラグが立っているような気もしなくもないが…
「ねね、開けていい?開けるわね!」
さっさと駆けていったアルセリアが、何も考えずに扉を開けてしまった。
アルセリアを一人にすると、本気で迷子になりかねない。俺たちは、急いで扉の向こうへと消えた勇者を追いかけた。
その先の部屋へ入ると。
アルセリアの姿はどこにも見当たらなかった…なんてことはなく、茫然と立ちすくんでいる背中に追いついた。
立ちすくむ気持ちもよく分かる。
扉の向こうは、聖堂だった。
それまでの、野趣あふれる洞窟とは違う。
清廉な空気。荘厳な意匠。曇り一点もなく磨き上げられた大理石。
豪奢でも華美でもないが、ルシア・デ・アルシェのどの聖堂よりも、清らかな空間。
「これは……マリス神殿の聖堂…なんでしょうか…」
ベアトリクスは呟くが、自分でもそれはないと分かっているようだ。
地下深くに忘れ去られ、今は使われることのなくなった聖堂が、こんなに綺麗に保存されているなんてありえない。
まるで、新築のようだ。
床には、シミどころか埃一つ見当たらず、祭壇も燭台も調度品も、経年劣化をまるで感じさせない輝きを放っている。
たとえ定期的に清掃などの手入れを行っていたとしても、新築そのままの状態を保つことなんて、普通は出来ないだろう。
そう、普通は不可能だ。超常の力でも働かない限り。
そして言い替えれば、超常の力が働けばそれも可能だ、ということ。
俺たち四人は、間違いなくそうであると確信していた。
何故ならば。
無言で立ち竦むアルセリアのさらに先、俺たちの視線の先。聖堂の最奥にある祭壇の手前には。
一頭の成竜が、俺たちを睥睨していたのだから。
トレジャーハンターって、職業なんですかね?
つーか、勇者とかも職業って言うんでしょうか?




