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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
聖都編
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第八十五話 情報戦は、夜に咲く。


 

 目の前に迫った危機に対し、何ら策を立てられていない場合、どうするべきか。


 選択肢1:あたって砕けろ。やってみりゃなんとかなるもんだ。

 選択肢2:最後の最後まで足搔け。ギリギリで妙案が出るかもしれない。

 選択肢3:逃げろ。とにかく逃げろ。まずは時間を稼ぐんだ。


 

 …俺は、選択肢3を取った。



 三人娘はとにかく寝つきがいいし、今日は教皇への謁見だとか色々あって疲れているだろう。しばらく時間を潰して、あいつらが寝た頃に部屋に戻ろうかという算段だ。


 弱腰と誹られてもいい。姑息と愚弄されようが、この際ヘタレの汚名も甘んじて受けよう。


 とにかくこの窮地を脱することだけを考えてやる。

 俺は、部屋から出来るだけ離れて神殿内をブラブラとしていた。

 バルコニーを見付けて、そこで夜風を浴びながら一休み。


 と、そこに。


 「あら、坊や。こんな夜更けにどうしたのかしら?」

 俺に声をかけてきたのは、七翼の騎士セッテアーレの…えっと、何だっけ…

 

 ああ、そうそう、イライザだ。


 って言うかこの人、俺のこと坊や呼ばわりするのやめてくれないかなー。


 「アンタこそ、夜更かしは美容の敵じゃないの?」

 「ウフフ。それって遠回しに褒めてくれてるのかしら?嬉しいわ」


 イライザは俺の横までやってくると、しな垂れかかった。

 

 …なんだろう、この世界の女性って、みんなこう、距離感おかしいの?

 創世神の影響?エルリアーシェの距離感が世の一般常識になっちゃってるの?



 「別に、事実と誉め言葉は違うと思うけどね」

 「まあ、お上手だこと。初心うぶな坊やかと思ったら、案外そうでもなかったり…?」


 …俺の腕に指を這わせるのも、やめてくんないかなぁ。くすぐったくてたまらん。

 やめさせようと彼女の手を掴んだら、握り返されてしまった。


 「ねぇ坊や。勇者さまがたとの旅って、どんな感じなの?」

 世間話もいちいち色気たっぷりにしなきゃ気が済まないのかな。

 「どんなって……」

 「やっぱり大変?」

 「そりゃ大変だよ。あいつら子供だし手はかかるしそのくせ聞き分けないし…」

 素直な俺の愚痴に、イライザは愉快そうに笑う。

 「勇者さまを、()()()だなんて…余程気心が知れてるのね」


 そう言えば、ガーレイやあのヴィンセントでさえ、勇者()()…って呼んでるよな。

 アルセリアって、そこまで特別な存在なのか?


 俺は、三人娘を「勇者一行」として一緒くたに考えてたけど、どうも他の連中の言い草からすると、「勇者」とその随行者との間には、扱いに大きな隔たりがありそうだ。


 ついでだから、こいつにそこのところを聞いてみた。


 「驚いた、今まで何も知らずに補佐役についてたの、坊や?」

 「ああ…まあ、なし崩しに…みたいな」

 「呆れたわぁ。確かに、随行者も勇者一行として重んじられてはいるけれど、あくまで“神託”を受けるのは勇者さまだけよ。当然、教会にとって一番重要なのも、勇者さまの存在」

 「…じゃあ、随行者ってのは、どうやって決まるんだ?」

 

 そう言えば、あいつらは幼馴染って言ってたよな…。


 「“神託の勇者”と、魂の絆で結ばれた従者。…それが、随行者の定義であり、資格。誰でもいいっていうわけではないし、その選出には勇者さまのご意向が最優先されるわ」


 ……なるほど。それで、姉妹同然に育った二人をアルセリアは選んだのか。



 ……いや、違うな。ってただの勘だけど。

 多分、あの二人の方が、アルセリアを放っておけなくて同行することにしたんじゃないのか。

 アルセリアのことだから、魔王討伐なんて危険な任務に幼馴染を進んで巻き込むとは思えない。


 だからこその、あの三人の絆……なんだろう。



 やはり、グリードの子飼いだけあって事情には精通してそうだ。せっかくだから、他にも色々、気になることを聞き出してやろうかな。


 気になることと言えば、やっぱり。



 「あのさ、イライザは七翼セッテに入ってどのくらい?」

 「私?そうねぇ…もう三年になるかしら。……そんなことより、坊や」


 どさくさまぎれにラムゼン家の内情も聞いてみようと思っていたら、イライザはさらに俺に身を寄せると、


 「こんなところで話してたら冷えてしまうわ。…どうせだから、私の部屋に行きましょうよ」


 …などと、堂々とお誘いをかけられてしまった。


 

 ……いやいやいやいやいや、だからマズいって。これ以上俺を窮地に陥れて、創世神エルリアーシェは何がしたいんだよ。



 ……………ん?別に……マズくない…か?


 イライザは別に勇者一行じゃないし、俺が庇護する対象でもない。

 気を遣う筋合いもないし……関係を維持したいと思うほどの相手でもない。


 ……彼女には悪いが、俺にとっては「どうでもいい」人間に他ならない。


 まあ、いろいろついでに、気になってる情報を提供してもらおうかな。


 ただし……



 「言っておくけど、俺、後腐れする関係は御免だからな」

 「あら、奇遇ね。私もそうよ。ドライにいきましょう?」



 ほい、意見の一致。情報提供者、ゲットしました。




            ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 

 「ラムゼン家の内情?そんなこと聞いてどうするの?」

 …イライザが疑問に思うのも当然か。

 「んー…ほら、ヴィンセントって、ヒルダの兄貴だっていうだろ」

 「ああ、そう言えば、彼の妹さん、勇者さまの随行者だったわね」

 やはり、二人が兄妹だということはイライザも知っていたか。

 「でも…だから?」


 とは言え、流石に他人様の家の内情をいきなり教えろと言われても、素直に応じるのは抵抗があるか。

 

 「いや、なんかさ……仲が悪そうだろ、あの二人。ってか、ヒルダの方はどうかは分からないけど、少なくともヴィンセントはヒルダのこと毛嫌いしてるみたいだった」


 毛嫌い…というだけではない。あのときの奴の口調と表情には、嫌悪の他に、侮蔑も混じっていた。


 「普通さ、自分の妹が勇者の随行者に選ばれたんだったら、光栄に思うもんじゃないの?」

 その身体を心配こそすれ、敵意を抱くなんてどういうことだろう。


 「まぁ…そうねぇ。彼は彼で、色々大変そうだし。没落した家の再興とか、一族の計画とか、色々…ね」


 どうも、俺の想像以上にイライザは情報を持っているようだ。


 …にしても、一族の計画……か。

 どうしてもマウレ一族の一件を思い返してしまう。

 名門一族が何か企むと、大抵ロクなことにはならないもんだ。



 「没落した家…ってのは?」

 ヒルダは自分のプライベートをまるで話さない。だから何も知らないのだが、響きからすると、上流階級ってことなのか。

 「ええ、ラムゼン家はもともと伯爵位を持つ名門よ。ただ、先々代だかその前だかの不祥事で子爵家に格下げになった上に、領地も大部分没収されてしまったの。当然、家の名声も地に落ちた。…それを挽回するには、国かルーディア聖教に、相当の貢献をしないといけないってわけ」

 「それが…一族の計画?」

 「そういうことになるわね」


 俺は貴族の悩みとか大変さとかにはまるで無縁で生きてきたから(今も昔も)、家の没落というのが、そこの一員にとってどれほどの屈辱なのかは知らない。

 マウレ兄弟あたりにでも聞いてみれば分かるのだろうか。


 ただ、かつて手にしていたものを取り戻したい…と願う気持ちは、分からなくもない。


 「で、計画ってのは?」

 「……そうねぇ。これ、あんまり外聞がいいものじゃないから、私から聞いたってことは内緒よ?」

 意味ありげにウインクをして、イライザは続ける。


 俺にとっては、ちょっと胸糞悪い話を。



 曰く。

 没落した一族の名誉を取り戻すため、ラムゼン家は、手っ取り早い方法として、対外的な評価を求めた。

 なんてことはない、それは優秀な人材の輩出。


 無論、「優秀な人材を…」などと言ったところで、言うは易し…の典型で、他家より抜きん出て成果を出すことが出来るのであれば、そもそも没落などしなかっただろう。

 優秀な後継者を求めるのは、どの家でも同じことなのだから。それを出し抜くためには、まっとうな手段では足りない。


 教育に頼る通常のやり方では埒があかないと判断したラムゼン家は、血の力に頼ることにした。


 より強い血を。より優秀な血を。


 家柄よりも、能力を優先させた。


 それは、響きだけならば好ましく聞こえる。だが、ラムゼン家が行ったことと言えば、北に聡明な人物があればその娘を強引に輿入れさせ、南に強力な魔導士がいればその意を無視して一族に組み込み、結果優秀な子が生まれれば兄弟姉妹間で近親婚さえ厭わない。


 果ては、より強い力を求め、異種族にまで手を伸ばす始末。


 結果、生まれたのは、強力ではあるがどこか歪な子供たち。


 ヴィンセントの両親は、書類上こそ従兄妹ではあるが実の兄妹だという。そしてヒルダの母は、強大な魔力に目を付けられ、エルフの里より拉致同然に連れ去られた女性であったと。



 「え……?じゃ、ヒルダはハーフエルフってこと!?」

 「そういうことになるのでしょうね」


 ……驚いた。人族、獣人族、エルフ族は互いに交わることが出来ると聞いたことはある。が、それはあくまで「可能である」と言うだけで、実際の例はほとんど聞かない。

 種の独自性を守る本能とでも言うのだろうか、異種族婚は、それこそ近親婚と同じくらい忌避されるものなのだ。


 仮にそれが、大恋愛の末…というのであれば、ありかもしれない。が、拉致同然って……。


 よく相手方から復讐されなかったものだな。


 「…で、ヴィンセントは、ヒルダが混血だから嫌ってる…のかな」

 「そうねぇ。彼は気位ばっかり高いから、自分の腹違いの妹が混血ってだけでも我慢ならないのに、魔力では勝ち目がないものだから、劣等感もあるんじゃないかしら?」


 ……なるほどな。

 

 自分が両親の期待に充分に応えていれば、ヒルダが生まれてくることはなかった。

 父が、異種族婚にまで手を出したのは、兄である自分が期待外れだったから。

 結果生まれてきた忌むべき混血の妹はしかし、自分を遥かに超える魔力を有していた……と。



 劣等感と忌避感がごっちゃになって、思わず口をついて出た「出来損ないの半端者」…というわけか。



 うーん……気持ちは…分からなくもなくもなくもない……けど、

 それ、ヒルダのせいじゃないよな。

 つか、むしろヒルダは被害者じゃないか。


 「…あれ?そう言えば、確かヒルダは聖央教会でアルセリアたちと一緒に育ったって聞いたけど…」

 「だから、売り渡したんじゃない」

 「………え?」


 ……売り渡したって…誰が、誰を?


 「あ、お金で売買って意味じゃなくてね。教会に取り入るために、尋常じゃない魔力の持ち主である妹さんを教会に引き渡したのよ、あの男は。確か、ご両親が亡くなって当主の座についてすぐのことだったっていう話よ」



 ……………つくづく、下衆い。

 が、結果としてはそれで良かったとも思う。

 そんな腐った兄貴の下で暮らすより、アルセリアやベアトリクスと一緒にいる方が何千倍も何万倍もマシだったろうから。

 


 「そっか。大体は分かったよ。……それにしても、随分と詳しいんだな」

 イライザは七翼セッテに来て三年と言っていた。まだそれだけしか経っていないのに、よくそこまで同僚のプライベートを把握してるもんだな。


 「あら、当然よ。だってそれが私の仕事だもの」

 「……仕事?」

 「そ。私の得意分野は、情報戦。裏から表から、あらゆる情報を察知して、収集して、分析して、操るの。情報は力よ。下手な武力よりもよっぽど強力な…ね」


 ………おいおいおい。怖いな。

 確かにイライザであれば、色仕掛けハニートラップなんてお手の物だろう。



 「けど…仕事なんて抜きにして、貴方のことは知りたいと思うわ、リュート」

 「俺のことなんて知ってもつまらないよ?薄っぺらい人間だからな」


 やばいやばいやばーーい。

 情報戦のプロなんかに目を付けられたら、正体バレちゃうじゃん。




 自分のことを尋ねられるのも非常に困る。

 さて、どうやって誤魔化そうか。



 ………長期戦になりそうな予感がする。




 

ふぅ。ようやく、リュート氏がヘタレなだけじゃないと示すことが出来ました……?

いやほんと、こう見えて彼、けっこう肉食なんですってば。

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