第七話 邂逅(エンカウント)
対決の瞬間は、予想以上に早くやって来た。
ギーヴレイから、地上界で怪しげな動きあり、と報告を受けてから半月程たったある日、勇者一行と目される人間達が魔界へ侵入したとの第一報が入ったのだ。
正直、これには驚いた。開門の儀式が具体的にどのくらいの時間を要するものかは知らない。だが、まがりなりにも魔界侵攻だ。言わば最終決戦なのだ。もう少し、準備期間を設けるものとばかり思っていた。
何と言うか……大丈夫なんだろうか、勇者一行。まさか神輿にされて勢いだけで魔界に放り込まれた、なんてわけじゃないよね?
…………ま、迎え撃つ敵であるところの俺が心配することでもないか。
魔界全土には、勇者一行への手出し厳禁という俺の命令が行き渡っている。無論、魔王城内においても、だ。
これなら、然程難もなく勇者たちはここまで来れるだろう。
…………………勇者かー…………どんなのだろうなー。偵察を飛ばして映像を届けさせるってテもあるにはあるが、どうせならそれはこの玉座の間でのお楽しみに取っておきたい。
男かな?女かな?やっぱテンプレとしては若い男……十代後半から二十代半ばくらいのイケメン……って感じか。女勇者ってのもアリだよなー。もち、美少女ね。
ここで壮年世代が出てこないってのは何でだろうな。常識的に考えれば、肉体的な成長曲線と経験·技術的な成長曲線のバランスが最も優れている三十代半ば~四十代半ばってのが一番強そうなんだけど。
勇者って、何でか若いよね。日本でもマンガやラノベやゲームで勇者がわんさか量産されてたけど、ほぼ十代の少年少女だよね。戦闘技能ってのはスポーツとは違って総合的な能力が必要になるんだし、反応速度だけはピカイチかもだけど経験が圧倒的に足りてない若輩に世界の命運を委ねるとか、なんつー鬼畜の所業だっつの。
かく言う俺も見た目だけは二十代の若者だがあくまで見た目だし。実際年齢、もう自分でも分からないし。
まあ、勇者の年齢はまだしも、その強さには大いに興味がある。少しは楽しませてもらえるんだろうか。
ああ、楽しみだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
勇者とその仲間たちは、魔王城の最奥、巨大な扉の前に辿り着いた。魔界に入ってからというものの、一度も敵と遭遇していない。城内においてさえ、だ。
そのことに調子づくほど未熟ではない。当然、それが罠であると勘づいていた。
だが、後に引けるはずもない。何故ならば、悪しき魔王を打ち倒すことこそ、勇者の責務であり、宿命なのだから。
罠ならば、それごと打ち砕いてみせる、そう覚悟し、決意の炎を双眸に宿らせ、勇者は扉へ手を押し当てる。
ギギギィ……と重厚な音とともに、ゆっくりと扉が開く。
その先には、暗闇が広がっていた。
何も見えなくても、空気の流れからそこがかなり広い空間だということくらいは分かる。慎重に歩を進める勇者たち。
突如、ボボッという音とともに、灯りが生まれた。思わずそちらへ目をやると、ゆらゆらと炎を頂く松明が。
そして次々と、計算され尽くしたようなタイミングで松明に火が灯されていく。
「………………二人とも、気を付けて!」
腰から聖剣を抜き放ち身構える勇者。その視線の先に、明かりに浮かび上がった部屋の奥に、それはいた。
なんと形容すればいいのだろう。それが、玉座に腰掛ける敵を目にした瞬間の、勇者の率直な感想だった。
流れる黒髪。蒼銀の瞳は氷のような光をたたえ、泰然と浮かべる微笑は、禍々しさどころか戦慄を覚えるほどに神々しく。
しかしてその躯からはありえないほどの膨大な霊素が渦を巻き、溢れ出ている。
おそらく、魔王はまだ何もしていない。ただ、座しているだけ。それでも、対峙するだけで気力を振り絞らなければならないほどの威圧を纏っていた。
伝承にあるとおりならば、魔王とは創世神と対をなす、言わば同格の神である。目の前にいるそれは確かに、そうでなければ説明できない異彩を放っていた。
…………………………………格が、違いすぎる………!
ようやく回転を始めた脳内で、真っ先に出た結論がそれだった。否、何度考え直してもそれ以外の答えが見つかるとは思えない。
それほどまでの、圧倒的な存在値の差。剣を構えてこそいるが、一歩も動けない。息をすることすら、ひどく難しく感じる。
背後を見やれば、二人の仲間たちも同様だった。使命感と本能的な恐怖の狭間で、必死に理性を保とうとしている。
そんな、硬直したままの勇者たちに向かい、魔王と呼ばれるその神は、いっそう笑みを深め、口を開いた。
「よくぞここまで辿り着いた、人の子の勇者よ。待っていたぞ」
ここからちょいちょい三人称視点が出てきます。ああややこしい・・・。