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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
聖都編
88/492

第八十三話 オカンな魔王、キューピッドを目指します。

 


 「で、教皇とか枢機卿とかとの謁見ってのはもう終わったのか?」

 

 おやつどき。…じゃなかった、謁見が終わった勇者たちと、同輩(と一括りにしたくない気もするが)との初顔合わせを終えた俺は、ひとまず合流することにした。


 「まーね。謁見って言っても、形式的なものだし」

 とは言え、流石のアルセリアも教皇相手には相当緊張したに違いない。その反動で、今はだらだらまたーりと寛ぎまくっている。



 ここは、勇者一行に用意された貴賓室。貴賓室ってのが、こいつらには似合わなかったりするが、腐っても勇者、ということか。


 おそらくは、王侯貴族でも迎えられるような部屋なのだろう。大きめのリビング、専用のキッチンとダイニング、寝室も六部屋、それぞれに浴室まで付いている。


 で、三人娘はリビングのソファで、ゴロゴロしているわけだ。



 対外的にはどうかと思う絵面だが、少しくらい息抜きの時間も必要だよな。なんだかんだ言って、俺はこいつらに甘いと思う。


 現に今も、こいつらが喜びそうなおやつを……



 「ほい、出来上がりっと」

 人数分焼き上がった()()を銘々の皿に盛りつけて、リビングへ。



 「ふぉおーーーっ何これ?」

 予想通り、目の色を変えてアルセリアが食いついた。


 「これ?ふわふわスフレパンケーキだ!」


 しっかりと泡立てた卵白に卵黄と小麦粉、砂糖を加え、じっくり蒸し焼きにした一品である。カラメルソースとジャム、ホイップクリームを添えて。


 「なんかすっごい!すっごいふわふわしてる!」

 いただきますさえ忘れてぱくついたアルセリアが感激。

 「まあ、なんて素敵な口どけでしょう」

 ベアトリクスもご満悦だ。

 で、ヒルダはと言うと

 「………お兄ちゃん、すごい」

 ほっぺにいっぱいパンケーキをつめこんで、まるで冬眠支度のリスみたいに可愛い。


 

 …ふと、ヴィンセントの顔がよぎった。


 あの野郎、こんな可愛いヒルダを愛でないなんて、ちょっと頭がおかしいんじゃないか?


 

 「だろ?ヒルダのお兄ちゃんはすごいんだぞー」

 いつも以上に可愛がってしまうのも、仕方ないと言えよう。


 

 「……ふむふむ。話には聞いていたが……なかなかのものだねぇ」

 

 ………………。


 「……あのさ、猊下ボス。なんでアンタまでいるの?」


 そしてリビングには何故か、我らがボス、枢機卿グリード=ハイデマンの姿が。

 満面の笑みで、パンケーキを食している。


 「なんでって…ひどいな、リュート。私はこう見えて甘党でね」

 「……さよーでございますか……」


 まあ…別にいいんだけどさ。

 ただ…このおっさんが、おやつのためだけにここにいるとも考えにくい。


 「ところでリュート」

 …ほら来た。

 「私は、騒ぎを起こすなと言わなかったかね?」

 ……う。やっぱりそれか。随分と耳が早いな。


 「ちょっとリュート、アンタまた何かやらかしたわけ?」

 パンケーキに夢中になっていたはずのアルセリアが耳ざとく聞きつけた。

 「また…って、失敬な。俺が揉め事ばっかり起こしてるみたいに言うなよ」

 どちらかというと、トラブルメーカーはそっちだろうが。


 「何があったのですか?」

 ベアトリクスが訊ねるが……ちょっと、ここじゃ話しにくいな。

 出来れば、ヒルダには聞かれたくない。


 

 あの様子だから、普段からヴィンセントがヒルダに好意的に接しているとは思えない。それでも、実の兄にあんな言われ方をしているなんて、俺の口からは聞かせたくなかった。



 「…まあ、おおよそのところは聞いているけどね。……ほどほどにしておいてくれよ」

 グリードがそう言ってくれたから、それ以上説明する必要はなくなった。多分、色々と察してくれたのだろう。流石と言うか何と言うか。

 ただ、気遣うんならもっと、こう、俺に対してもお願いしたいよ猊下ボス


 「善処するよ。…後で、ちょっと色々聞きたいことがあるんだけど」

 「分かった。これから典礼が続くけど終わり次第戻るから、夕飯をいただいた後でいいかな?」

 「ああ、それでいいけど……って、アンタ飯もここで食うつもり?」

 とどのつまりそういうことだよな。

 「……おや、ダメなのかい…?」


 ……おっさんが悲し気な顔をするんじゃない。


 「や、ダメってわけじゃないけど。………枢機卿猊下のお口に合うかは分からないよ?」

 「なーに、この子たちを虜にした君の腕前を信じているさ」

 「…おだてても何にも出ないからな」


 

 ……うーん。早速ガーレイを夕飯に招待しようと思ってたんだけどな。何せ、おそらく七翼セッテで最も与しやすい相手だ。出来るだけ早く懐柔しておくに限る。


 けどなー…枢機卿グリードと同席って言ったら、やっぱり敬遠するかな?グリードのこと、だいぶ崇敬してたっぽいし。


 

 ……ま、一度声をかけるだけはしてみよう。



 「ああ、そうそうリュート」

 グリードが、そう言えば今思い出した…みたいな口調で切り出した。

 「例の、聖骸の一件…私のところで話は止めてあるから、そのつもりで」

 「…へ?って、教皇うえには報告してないってこと?いいのかよそれで」


 半ば神話か御伽噺みたいに思われていた聖骸が実在したということも、それが勇者の力となりうることも、ルーディア聖教にとっては看過できない最重要事項なんじゃないか?

 

 それを、いくら枢機卿と言えどもその一存で秘匿してしまうのは、いかがなものだろう。

 俺は、それを危惧したのだが……


 「いいも何も……聖骸の活性化だとか勇者への恵与だとか、どう説明しろと言うんだね」

 呆れ顔で指摘されてしまった。


 

 ……あ、そっか。少なくとも、廉族れんぞくには出来ない真似だよな……。


 

 「いずれ、ファウスティノには話したいと思っているが…他の枢機卿連中には聞かせたくない」

 「……連中って……。…ん?ファウスティノって?」

 「教皇だよ。ファウスティノ十五世」


 ……………………。

 「…いいの?教皇を呼び捨て………?」

 「こういう場ならいいんだよ。私たちは幼馴染だしね」


 ………なるほど。

 グリードが枢機卿筆頭というのも、勿論彼自身の手腕によるところが大きいのだろうけど、現教皇と気安い仲だということもあるわけか。

 

 

 しかし……「いずれ話したいと思っている」ということは、いずれは教皇の耳に俺のことが届くということか。それはそれで、一波乱ありそう。

 俺としては、後手に回ったとしても大したことはないけれど、こいつはそこのところ、どう収める気なのかな。

 大戦を回避する案を持っているのか、あるいは大戦の引き鉄を引くつもりがあるのか。


 

 全くもって、このおっさんの考えは分からない。





            ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 「なあ……ほんとにいいのかよ、俺がここにいて」

 俺を手伝いながらも、そわそわと落ち着きのないガーレイが言った。


 「いいも何も、お前はいいっつったじゃん。グリード…猊下は構わないって言ってたし、問題ないだろ」

 「でもよー……猊下と食事を一緒にって……恐れ多いんじゃねーか?」


 ………こいつ、さては繊細さんか。

 


 本日の晩餐は、いつものメンバーに加え、グリードとガーレイも同席することになった。

 ガーレイは、「早速今日どうだ?猊下ボスいるけど」の一言に、最初は二つ返事で(ベアトリクスと食事が出来るのが相当嬉しかったらしい)OKしたのだが、徐々に不安になってきたようだ。


 「恐れ多い、って……。同じ七翼セッテのベアトリクスと俺もいるんだし、お前一人がそうかしこまらなくてもいいって。アルセリアたちも、普段は結構気安く接してるぞ?」


 「そりゃ、勇者さまは猊下の娘みたいなもんじゃねーか。お前は……なんで猊下にそんな態度取れるのかは知らないけど」

 「そうか?でも、ラディせん…ラディウスだって、似たようなものだったじゃん」

 「………あれはあれで、特別だったんだよ」


 ふーん。そういうものか。



 ガーレイは、印象に反して料理の出来る男だった。細やかさはないが、手際がいい。こっちの意図を汲んで指示する前に動いてくれるから、手間も省ける。しかも、分からないところや出来ないところにいちいち手を出そうとしないから助かる。


 …正直、やりやすい。変に気を遣う必要もないし。



 初対面のとき、あれほど俺に敵意を剥き出しにしていたのが嘘のようだ。恋心ってのは、怖いなほんと。

 

 「……ラディウスは、確かに特別だった」

 ……あれ?まだその話続いてたの?

 「七翼セッテの中で一番の古参で、猊下とも随分親し気だったし、何より馬鹿みたいに強かった。…ヴィンセントの野郎が、今は自分が筆頭だ…なんて言ってるけどよ、ただ次席だったってだけで、ラディウスの強さには遥かに及ばない…」


 どことなく、しんみりした口調。

 こいつの、先輩に対する想いが滲み出ているような。


 「俺らは全員、戦って殺すことしか能のない集まりだ。だから腕にだけは自信がある。けど、ラディウスは頭一つ抜き出てた。俺は、いつかあいつに追いつくことだけ考えてたのにな」


 それは、対抗心と言うよりは…憧憬。


 「そっか……それは、なんか…悪かったな」

 謝る必要はないはずだけど、なんとなく罪悪感。他者の憧れや目標を、ぽっと出の俺が横から掻っ攫ったみたいで。


 

 「…いいってことよ。そもそも、裏切りなんてしやがったあの馬鹿が悪いんだからな。……にしてもお前、あのラディウスを仕留めるなんて、相当だな」

 「あー……とは言っても…なー」

 仕留めたと言っても、実力的には負けてたんだよね、確実に。

 「正攻法じゃなかったって言うか……不意を突いた…みたいなもので」


 心臓を一突きされた程度じゃ死なない自分の特性(?)を利用しましたなんて言えるはずもなく、俺はそう誤魔化すしかなかった。


 けど、「実力で奴を倒しました」っていう嘘は、つきたくなかった。



 「それでも大したもんだよ、あのラディウスの不意を突くなんて、それこそ普通じゃない」


 ……先輩、アンタどんだけ評価されてたんだよ……



 「ただ…ラディウスあいつがなんで俺たちを裏切ったのかが、分からねーんだよ。そりゃ、七翼セッテは仲良しグループってわけじゃないし、慣れ合うこともなかった。けど…それでも同じお方に仕えてるっていう連帯意識みたいなものは確かにあったし、特にあいつは誰かれ構わず親し気だったから……一緒に飯食ったことも飲んだこともあるし」

 


 …そうなんだよな。俺とも初対面で随分と打ち解けてくれたし、しかもそれは騙して利用するつもりとかそういう感じじゃなくて、本心からのように思えた。

 もしかしたら騙されてる俺たちを見てほくそ笑んでたのかもしれないけど、それにしては…最期までずっと、裏表が感じられなかったんだ。



 結局、先輩がどうして教会を裏切ったのかも、はっきりした答えは今も見つかっていない。

 

 先輩が、何を考えて、何のために、どんな気持ちでその道を選んだのか。



 ガーレイも、その思いが強いのだろう。

 「なあ…ラディウスの奴、何か最期に言い残したりはしなかったのか?」

 「最期に?」

 「ああ。遺言…みたいな。なんで裏切ったのか、とか。その手がかりになりそうなこと…とかよ」


 うーん…。先輩の最期の様子を思い出す。

 あの人、そう言や最期の最期まで、深刻になったら死んじゃう病だったな。


 「特にない…かなー。最期の言葉が、絡み酒もたいがいにしとけ……だったし」


 「…………………」


 ガーレイ、一瞬沈黙。そして


 「はっ…はははは!なんだよそりゃ。おいリュート手前、絡み上戸かよ?」


 ……ウケた。



 「違うって…。なんか先輩勘違いしてるんだよ……多分」

 「ぎゃはははは。んなわけねーだろ。ぜってー何かやらかしてるんだよ」

 「そ…!そんなはずは…ない………と思う」

 「どうせ覚えてねーだけだろ?」


 …………うう……確かに記憶が飛んでるときもある…かも……けど、この俺が絡み酒なんて。


 大体、ずっと昔から普通に酒は飲んでたんだよ。“魔王ヴェルギリウス”には酔いなんて無縁で。

 “星霊核アストラルコア”との接続を切った状態で酒なんて飲んだことなかったから、そりゃ少しは酔ったかもしれないけど!

 この俺が!そんな醜態を晒すはずはない!


 ………と、思いたい。





 ちなみに、今日のメニューは、おろしキノコソースの和風ハンバーグ。タレイラを離れる前に、件の酒場のおばちゃんに頼み込んで分けてもらった醤油が大活躍。勿論、醤油(ソーユとか言ってたけど)を生産しているという妹さんの嫁ぎ先もちゃんと聞き出してある。


 夕飯時、ガーレイはガッチガチになっていた。

 横には片思いの相手(勝手に片思いだと思っているが、まあ間違いないだろう)、その反対側には崇敬する相手。緊張するなと言うほうが無理だ。


 結果、はす向かいに座った俺にばかり話しかけてくるんだが。

 それじゃ意味ないじゃん。せっかくベアトリクスの横にしてやったのに。


 …これなら、隣じゃなくて向かいの方が良かったのかな?

 なんか昔テレビで、意中の相手の左隣に座るのがいいって見た記憶があって……あれ?右隣だっけ?その時はたいして気に留めてなかったから……


 まあ、どっちでもいいや。



 「…にしても、リュートアンタに友達が出来るなんてねー」

 感慨深く、というよりも、何故か呆れた風にアルセリアが言った。

 ガーレイを夕飯に招くにあたって、親しくなった同僚だと紹介したのだ。


 「なんだよ、俺に友達が少ないみたいな言い方して」

 「だって、事実じゃない」


 ……う。言われてみれば。俺、こっちエクスフィアじゃ敵か部下しか……今だって、仕事関連以外での知り合いなんて……



 ……ん?それじゃ、俺と勇者こいつらは?


 今は敵対してるわけじゃないし……そりゃ、仕事上での関係かも知れないが、こんだけ面倒をみてやってるのに、友人カテゴリにすら入れてもらってない?



 …………ちょっと、ひどいじゃないか。


 

 「ふふ。まさかリュートさんとガーレイが親しくなるなんて、意外です。一番気が合わないと思ってましたのに」


 そう言ってベアトリクスが笑うもんだから、ガーレイは余計に硬くなる。


 ほらほらガーレイ、ファイトだ!


 「まぁ、色々あってさ。この料理もガーレイに手伝ってもらったし。な?」


 さあ、出来る自分をアピールするのだ、ガーレイ。


 「あ……あぁ。まーな」


 だが、肝心のガーレイの戦意が全然高揚しない。せっかく俺が水を向けてやっても、ベアトリクスに対しては一言二言で終わってしまって、俺や向かいに座るヒルダに話しかける量の方が多いくらいだ。


 つーか、無口なヒルダと会話が続くあたり、実はコミュ力高くないか?




 ちなみに、どうも俺の企みはアルセリアには勘づかれていたようだ。食事中、何か言いたげに何度も睨んできていた。

 余計なことしやがって…とか、そんなところか。


 

 だがしかし!俺は俺の保身のために、出来る手は打つと決めたのだ。

 ベアトリクスが誰を選ぶかは自由だが、ガーレイが周りをうろちょろしているうちは気も削がれるだろう。その間は俺の身の安全は保障…されずとも少しは矛先を躱せる……はず。


 それに、ガーレイは悪い奴じゃないし。

 同じ七翼セッテなら、色々話もあうんじゃないかな。

 ベアトリクスだってお年頃の女性なんだから、魔王討伐だとか修練だとか信仰だとか、そんなことばっかりにうつつを抜かしてないで、たまにはもっと羽目を外せばいいんだよ。



 そんな風に、自分のためだかガーレイのためだかベアトリクスのためだか分からなくなりつつも、俺の「キューピッド大作戦」はこうして幕を開けたのだった。


 

思っていた以上に、ガーレイが良く動いてくれて助かります。結構便利なキャラとして使えそう…。

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