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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
聖都編
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第八十二話 兄妹に、血のつながりなど必要ない。否、むしろ邪魔だ!


 俺とグリードがすったもんだしている間、他の七翼の騎士セッテアーレの連中は、一切口を挟んでこなかった。

 

 やはり、ルーディア聖教徒にとって、枢機卿ってのはおいそれと話しかけられるような存在ではないのだろうか。或いは、上司だから?



 「き……」


 …き?


 歯軋りが聞こえたような気がして、俺は振り返る。そこには、真っ先に俺に喧嘩を売ってきた金髪の男…ヴィンセント…とか呼ばれてたか?…が、わなわなと体を震わせていた。


 「き、貴様……先ほどから見ていれば、枢機卿猊下になんたる不敬………!」


 さっきのような嫌悪感なんてものじゃない。眼に見えそうなくらい濃密な怒気が、彼の身の回りに渦巻いている。



 あー、確かに俺、グリードに対し馴れ馴れしかったかも。


 でもなー……



 「ヴィンセント、落ち着きなさい。彼はいいのだよ、私の…まあ、ちょっとした知己でね」

 窘めるようなグリードに、ヴィンセントは

 「し…しかし猊下………………は、承知いたしました」

 不服ながらも、渋々引き下がる。


 はー、このトゲトゲ人間も素直に言うことを聞くとは。

 枢機卿って、改めてスゴイんだなぁ。



 で、見ると他の七翼セッテの面々も、呆気にとられていた。

 どうも彼らにとってグリードは、絶対服従の対象のようだ。


 

 「ねえ坊や…貴方一体…?」

 妖艶美女も目を丸くしているし、

 「猊下の知己…とな。しかしこのような若造が……?」

 壮年剣士も信じられなさそう。

 「けっうさんくせーな」

 灰髪獣人は、さっきと態度変わってないし、

 「とりあえず、猊下のおかげで収拾がついたみたいですね」

 にこやか青年も変わらず人好きのする笑みを浮かべてたりするけど。



 「それでは、改めて紹介するよ。彼は、リュート=サクラーヴァ。ラディウスの抜けた代わりに、私がスカウトした新たな七翼の騎士セッテアーレの一員だ。現在は、“神託の勇者”アルセリアとその一行の補佐役として、聖骸地巡礼の任に携わっている」

 グリードは、五人に俺の紹介をしてから、

 「リュート。彼らは君の同輩だ。自己紹介はそれぞれからしてもらうといい。私はそろそろ聖下のもとへ行かなければならないから、あとは頼むよ。くれぐれも、騒ぎは起こさないように」

 どこかのポンコツ勇者と同じようなことを抜かして、さっさと部屋を出て行ってしまった。



 ……………。

 え……?ちょっと……そこで放置?かなり気まずいんですけど……。



 おろおろする俺に助け舟を出してくれたのは、にこやか青年。

 「ええと、じゃあ自己紹介ってことで。僕はヨシュア=フォールズ。よろしくね。で、こちらが…」

 「イライザ=ローデよ。ねぇ坊や、さっそくお姉さんといいところ行かない?」

 ヨシュアを押しのけるように迫ってきたのは、妖艶美女。


 「あ…あのー……すみません近いです」

 勇者たちと違い、確実に()()()()()()()()()お姉さんだ。対応を間違えると厄介なことになりそうな予感。


 「あら、いいじゃない。照れてるのかしら?」

 

 …いやいやいやいや、警戒してるんだっつの。


 「強くて可愛い子って、お姉さん好きだわぁ」

 「いい加減にしろ、イライザ。貴様の冗談は小僧には刺激が強すぎるぞ」


 イライザを窘めてくれたのは、壮年の剣士。俺に対して、あまり友好的には見えなかったけど…


 「某は、ブランドン=ロウ。貴様がどれほどの手練れかは知らんが、七翼の騎士セッテアーレに属するということは、生半可な覚悟では務まらん。分かっているのか?」


 ……やっぱり、友好的じゃなかった。


 「まあ一応…分かってるような分かってないような…?」

 「……随分と煮え切らぬ答えだな」


 俺の答えはブランドンのお気に召さなかったようだ。

 とは言え、覚悟も何も、俺嵌められただけだもん。七翼セッテになんてなるつもりなかったし、なってたことさえ知らなかったし。


 文句があるならグリードに言ってくれよ。



 「……まあいい。そのうち貴様も、己が職責の重きに気付くことだろう」

 「……………………」

 「…なんだ?何か言いたいことでもあるのか」

 「いえ…別にー…」


 

 …職責の重さって………こいつらにそれを説かれるとは思わなかった。たかだか数十年しか生きていない廉族れんぞくに坊やとか若造とか小僧とか言われるし。



 俺は平和主義のヘタ…じゃなくて紳士な魔王だし、桜庭柳人は人当たりの良い世渡り上手さんだったし、初対面の相手とでも、差し障りのない関係を築くことは容易い。


 けど、この世界エクスフィアでここまで軽んじられたことは今までなかった。

 結構…腹が立つものなんだな。俺、自分で思っているより狭量なのかも。



 …()()三人娘と話していた方が、百倍も千倍もマシだと思ってしまうほど、ここの空気は居心地が悪い。

 


 「で、残りのお二方はどこのどちら様で?ご紹介にあずかれないならもう帰ってもいいですかね」



 だから、口調が刺々しくなってしまったって、仕方ないじゃないか。

 特に、未だ俺に近付いてこようとさえしない男二人は、俺を軽んじてるってレベルじゃなくて嫌悪してるっぽく見えるし。


 七翼の騎士セッテアーレが仲良しグループでないのなら、いちいちご機嫌取りをする必要もない。



 「………猊下に対する態度といい………思い上がるなよ、若造」


 初っ端から俺に喧嘩腰だった金髪男が、憎悪のこもった眼で睨み付けてきた。

 そいつは無遠慮に俺に近付いてくると、


 「私は、七翼の騎士セッテアーレ筆頭、ヴィンセント=ラムゼン。……貴様が同輩などと、私は決して認めぬからな」


 こいつの悪意にはいい加減飽きたから相手にするのも面倒だったけど、その名にはひっかかるものがあった。



 「…ラムゼン……って、お前、もしかしてヒルダの身内…?」


 しまった。だとしたら、もう少し愛想良くしときゃよかった!


 だが、


 「…確かに、勇者様の随行者であるヒルデガルダ=ラムゼンは、血縁上は私の妹にあたる。…が、あのような出来損ないの半端者の身内だなどと、二度と口にするな。不愉快だ」


 ヴィンセントのその言葉に、俺の理性は働くことを放棄した。



 ヒルダに、本当の兄がいるということは驚きだったけれども。

 だって、赤の他人である俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶくらいだから、兄の存在に憧れてたりするんだろうなーって思ってたし、本当の兄がいるなら、俺に甘える必要なんてないじゃないか。


 だけど……だから。



 「お前…今、何て言った?」

 「聞こえなかったのか、不愉快だ…とっ……ぅぐ!」


 後半、奴の声が潰れたのは、俺に胸倉を掴まれたからか、或いは…



 「ちょ、ちょっとリュート、少し落ち…つ……い…て……」

 仲裁に入ろうとしたヨシュアも、怯えたように声を詰まらせた。


 他の連中も…どいつもこいつも、似たようなもんだ。


 が、外野はどうでもいい。


 

 「……訂正しろ」

 俺は、ヴィンセントに命じる。

 こいつは、ヒルダを侮辱した。

 俺の前で、あいつを「出来損ない」などと呼びやがった。


 

 あの、愛らしいヒルダを!

 上目遣いでおやつをおねだりする甘えん坊なヒルダを!

 無表情に見えて実はとても感情豊かな内面を持つ不器用なヒルダを!

 自分のことはそっちのけで、魔力枯渇を起こしているのに「大丈夫だ」と言い続けた、健気なヒルダを!

 

 この俺を、「お兄ちゃん」と呼んでくれる大切な妹を!!


 

 もう、許さん。

 こいつがヒルダの実の兄だろうが、許さん。



 「……き…きさ…ま………七翼の騎士セッテアーレ筆頭であるこの私に向かって……」

 へぇ、まだ口答えする余裕があるのか。

 「あれ?筆頭って、ラディウス=エルダーじゃなかったっけ?」

 「……奴は猊下を裏切り、粛清された!今の筆頭はこの私だ!!」


 くだらない自尊心を刺激されたか、ヴィンセントは声を荒上げる。


 

 「ま、そんなことはどうでもいいや。それよりも、訂正してもらおうか」

 「…訂正……だと?俺は事実しか言っていない。何をどう訂正しろと言うのだ?」


 そんなこと…


 「そんなこと、決まってる!ヒルダは、世界一愛らしくて健気で可憐な俺の妹だ!!!」



 「…………………」

 「…………………」

 「…………………」

 「…………………」


 「………いや待て、何故お前が()()の兄を名乗る!?」

 「あれって言うな!いいんだよ、ヒルダが俺のこと「お兄ちゃん」って呼んでくれるんだから」

 「………なんだと!?」


 驚愕するヴィンセント。

 なーんだ、やっぱりお前も羨ましいんだろ。可愛い少女に「お兄ちゃん」と呼ばれて嬉しくない男なんて、この世に存在するはずがない! (*個人の主観です)




 「はっあの出来損ないがそんな人間らしい真似を…」

 「だから、出来損ないって言うな!」


 俺は再度、ヴィンセントを締め上げる。

 こいつ、もうこのまま息の根を止めてしまおうか。



 「……お、おい…てめぇ、いい加減にしておけよ」

 俺の剣幕に尻込みしていた連中の中で、唯一灰髪の獣人だけが少々気骨があるようだ。俺とヴィンセントの間に割って入ってきた。


 「こんなところで揉め事起こしたら、猊下の責任になるんだぞ。分かってるのか?」

 案外理性的なことを言ってるけど。

 「…分かってるけど、それが?」

 俺には関係ない。つか、少しくらいあのおっさんを困らせてやるのも悪くない。

 「分かってんなら抑えろって!ここは教皇聖下のお膝元だぞ?」

 「…それも分かってるけど……だから?」

 「いや…だからって……お前、ぜってー分かってないだろ!?」


 必死に場を収めようとする獣人を見てたら、少し頭が冷えてきた。人を見た目(と第一印象)で判断するのは良くないけど、こいつも()()()()()ことをしてるって自覚はあるのだろう。ぎこちなく仲裁をしようとしているのが、少しいじらしい。


 …まあいい、ここはお前に免じて引いてやるとするよ。


 俺は、ヴィンセントから手を離した。

 

 「くっ………このままでは済まさんぞ、小僧。覚えているがいい!」

 屈辱に顔を赤く…どころか赤黒くして、ヴィンセントは言い捨てた。

 そしてそのまま足早に、部屋を出て行く。


 はっ。捨て台詞まで小物かよ。


 あんな奴がヒルダの「兄」の座にいるなんて、到底承服しかねるぞ。第一、兄っていうのは…


 「おい」


 心の中で、ヴィンセントに対するあらんかぎりの罵詈雑言を浴びせかけようとしていた俺を遮ったのは、灰髪の獣人。


 

 「…俺は、ガーレイ=ウィリアだ。…テメーに、聞きたいことがある」


 なんだよ、お前も文句つけるのかよ。せっかく、見た目に反して理性的な奴だと思ったのに。


 「…テメー、ベアトリクスとはどういう関係だ?」


 ………………はい?


 …なんで、そこでベアトリクスが出てくるの?ってか、こいつ、ベアトリクスの知り合い?

 いや、グリードの子飼いなんだし、接点があってもおかしくはないんだけど……


 なに、こいつの真剣な表情。


 

 「ど…どうもこうも、俺は勇者一行の補佐役だよ。それ以上でも以下でもないって」

 まあ…ベアトリクスには完全に玩具にされて遊ばれている気も無きにしも非ずだが…ここは俺のささやかなプライドのために黙っておこう。


 「……本当、だな?」

 「本当本当。つか、お前ベアトリクスの知り合い?」


 知り合いと言うか……これは、どう見ても()()だよなー……。



 「は?何言ってるんだよ。知り合いも何も、あいつも七翼セッテだろうが」


 ……え?

 ………えええ!?


 「え?あいつが?マジで!?」


 殲滅専門の最凶集団と、あの愛想の良いベアトリクスが、どう考えても結びつかないんですけど!?


 いやでも…そう言えば、ここにいるのは俺を合わせて六人(あ、ヴィンセントは逃げてったから今は五人か)。俺はラディ先輩の後釜として入ったわけだし…「七翼」っていうくらいだから、メンバーは七人なんだよね。

 そうなると、計算が………。



 はーーーー。なんて言うか、今日は驚くことがいっぱいだな。

 まさかあんな性悪がヒルダの実の兄で、ベアトリクスが実は七翼の一員…俺の先輩…業腹だが…だったなんて。



 「……で、何でまたそんなこと聞くんだよ?」

 大体想像はついてるけど敢えて聞いてしまう俺って、意地悪なのかもしれない。


 「あ?そそそそそんなの、てめーには関係ねーだろうが!」


 あーあ、真っ赤になっちゃって。かわいいとこあるじゃないか。


 と言うか、コイツ……最初に俺に対して敵意剥き出しだったのって、ベアトリクス(とアルセリアとヒルダ)と行動を共にしている俺に嫉妬してたわけか。

 で、俺がヒルダにご執心だと分かって、少しは歩み寄ってくれた…というところ?

 


 …ふーん。そっかー。そーなのかぁ。

 「ガーレイっつったな。なんか、お前とは仲良くなれそうだ!」

 俺の第六感が告げている。こいつは多分、悪い奴じゃない。


 「はぁ!?テメーいきなりわけわからねーこと言ってんじゃねーよ!誰がテメーなんかと」

 急に馴れ馴れしくされて戸惑うガーレイだが、俺には奥の手がある。

 「まぁまぁまぁまぁ。俺さ、この後またあいつらと合流すると思うんだけど…」

 「え?……いや…そそそれがどうしたってんだよ?」

 「……一緒に飯を食う機会もあったりするんだな」

 「な!?……いやいやいやいや、だからなんなんだよ」

 ふっふっふ。食いついたな。

 「向こうは女子三人だろ。で、こっちは男一人。やっぱ落ち着かないっていうかさー。もう一人くらい、仲間が欲しいところなんだよなー」

 「そ…それはつまり……?」

 「一緒に飯食わね?」

 「………し、仕方ねーな。そこまで言うなら、協力してやってもいいっつーか……まあ、テメーも言うなりゃ俺の後輩だしな。後輩が困ってるなら、助けてやらねーとな」


 

 よし。勝った。

 これで、ロゼ・マリスにいる間はベアトリクスの魔の手から逃れられる。

 

 そう、ガーレイという新たな玩具を与えておけばいいのだ!

 


 

 出会ったばかりの同輩を生贄にする算段を整えている俺と、そうとは知らずに浮つくガーレイを遠目に、七翼の騎士セッテアーレの面々は、多分ドン引きしていた。


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