第八十一話 知らないままでいられれば、それほど幸せなことはない。
この世界において、最大の版図を誇るルーディア聖教。その中心である聖都ロゼ・マリスは、地上界の人々にとって特別な意味を持つ都市である。
教皇を頂点とした絶対王政の都市国家でありながら、ルーディア聖教を国教とする他の国々の宗主国でもあり、そして全ルーディア聖教徒の魂の拠り所でもある。
総本山ルシア・デ・アルシェは、巨大な岩山を丸ごと神殿へと作り変えた、自然と人為の最高傑作と言われている。
巨大にして堅牢な城塞にも見えるそれは、人族と魔族の最終決戦の際には、地上界の最後の砦としての役割も持つと言う。
……敷地面積で言えば、魔王城の方が広いんだけど、要塞としての規模とか建物とかは、こっちの方が上だなー…ちょっと悔しい。
勇者一行と俺は、ルシア・デ・アルシェへと入城した。
流石は“神託の勇者”、神の意思の体現者。神殿の中へ足を踏み入れるやいなや、瞬く間に神官たちの大歓迎を受けた。
おかえりなさい、よくご無事で……。口々に言う神官たちの中には、涙を流す者まで。
……こいつら、愛されてるんだな。
なんてしみじみしていると、案内役の神官がやって来た。
「よくぞご無事でお戻りくださいました、勇者さま、皆さま。お戻りになってすぐのところ申し訳ございませんが、教皇聖下並びに枢機卿の皆さまがお待ちです。どうぞこちらへ」
恭しく先導する神官にくっついて廊下を進む勇者一行、と、さらにそこにくっついていく俺。
って言うか、俺、どこまでこいつらと一緒にいればいいんだろう?
そう思っていたところに、
「失礼いたします。リュート=サクラーヴァ様ですね」
別の神官が話しかけてきた。
「あ…うん、そうだけど……」
「リュート様は、別室にお連れするようにと申しつかっております。……こちらへ」
あ、やっぱり俺は別行動ね。
そりゃそうだ。彼女らは“勇者”で、俺はただの補佐役。普段の旅ならいざ知らず、本拠地であるロゼ・マリスでは同じ扱いを受けるはずがない。
俺は、勇者たちと別れてその神官の後をくっついていった。
「こちらでしばしお待ちください。他の方々ももう到着しておられます」
「…え?あ、はい……?」
事務的にそう告げてさっさと戻っていった神官に置き去りにされ、俺は部屋の前でちょっと茫然。
……他の…方々って、何?
よく分からないが、先客がいるということか。こんなところで突っ立ってるのも何だし…まあいいや、入っちまえ。
とりあえず部屋に入ってみると、案の定先客が。数は五人。入室するなり、無遠慮な視線をぶつけられてしまった。
それにしても……こいつら、只者じゃないな。
一目で、相当ヤバい連中だということは分かった。
遊撃士組合で見た荒くれものとは一線を画す、研ぎ澄まされた空気。おそらく、アルセリアたちやラディ先輩と同じような、人間としての限界に達した強者たち。
が、その身に纏う剣呑な空気は、アルセリアたちとはまるで違う。
純粋培養・温室育ちの彼女らと違い…言うなれば、野生の獣。
こいつら、絶対、一人や二人じゃきかないくらい、殺ってる!
ええー、なんで俺、こんな物騒な連中の中に放り込まれちゃってるの?怖いんですけど。
と、五人の中でも特に険しい表情をした男が、こちらへ歩いてきた。陽光を思わせる艶やかな金髪に、それよりはやや暗い琥珀色の瞳を持つ美丈夫だ。
端正な顔立ちではあるのだが、お前はヤマアラシかサボテンかってくらいの刺々しさを隠そうともせずに、俺の目の前までやってくると、
「貴様が、リュート=サクラーヴァか?」
と、「この虫けらが」がつかないのが不思議なくらいの嫌悪感を込めて問いかけてきた。
なんか、失礼なやつだな。初対面の相手にここまで敵意を剥き出しにされる云われはないぞ。
「そうだけど、それが何か?」
…俺もまだまだ若いよね。こんな奴は、ヘラヘラ笑って受け流しておけばいいってのに、ついつい対抗してしまうんだから。
いやー、だって、今は魔王じゃないしー。ただのリュウト=サクラバだしー。
その男は、自分から喧嘩腰に話しかけておきながら、俺が睨み返してやると、ほんの僅かだがびびったようだ。
しかしそれをすぐに引っ込めると、
「は!こんな若造がラディウスの後釜だと?猊下は一体、何をお考えなのだ!?」
忌々しそうに、そう吐き捨てる。
随分な言いようじゃないか。言っとくけど、グリードの方から話を持ちかけてきたんだから………ん?
あれ?今、こいつ何て言った……?
「まあまあ、ヴィンセント。そうツンケンしないでくださいよ」
そこに、仲裁するように割って入ったのは、五人の中では一番友好的な表情を浮かべている青年。年のころは二十代後半から三十代前半といったところか。栗色のくせっ毛に、翡翠色の瞳。
「同じ七翼の仲間なんですから、仲良くしましょうよ」
場の空気を和ませるように明るく言う青年だが、
「だが、ラムゼンの言うことも分かる気はするわい。こんな小便臭い小僧が同輩と言われても、我らの名も落ちるというもの」
白髪交じりの壮年の剣士がそれを遮る。年齢はグリードと然程変わらないように見えるが、間違いなく現役の戦士であることは、その立ち居振る舞いからも分かる。
「あら、別にいいじゃない。猊下がご自身で選ばれたのだから、少なくとも弱くはないでしょう?可愛い顔をしているし、私は歓迎するわ」
妖艶な美女がそう言った。黒髪に藍色の瞳、美人なことは美人だが、どことなく蛇のような不気味さも醸し出している。
そして残る最後の一人は、
「あ?俺はぜってー認めないね。こんなナヨナヨした野郎がラディウスの奴を倒しただと?んなわけねーだろうが」
五人の中では一番の若手のようだ。多分、二十代前半。それこそ、ラディ先輩と同じくらい。灰色の髪に灰色の瞳の、狼系の獣人だ。
「あら?ガーレイったら、猊下が嘘を仰られてるとでも言うのかしら?」
「なっ…バ、馬鹿野郎、誰もそんなこと言ってねーだろうが!揚げ足取るんじゃねーよこのクソ女!」
「ガーレイ、イライザに失礼ですよ」
「うるせーヨシュア!てめーは黙ってろ!」
……粗野な獣人と妖艶な美女とにこやかな青年が言い争ってる。
いや、そんなことはどうでもよくて。
なんか、さっきから、聞き捨てならない言葉がチラホラと……
「お前ら、いい加減にせんか。七翼同士で争ってどうする」
「そうだぞ、お前たち。栄誉ある七翼の騎士の名に恥じるような真似は慎め」
「なによ、元はと言えばラムゼン、貴方があの子にケチをつけたんじゃなくて?」
「わ、私はただ、あのような子供が七翼の騎士に任じられるなど…」
「ストーーーーップ!!」
俺は、やいのやいのと言い争う五人を制止した。
ちょっと待てお前ら。なんかさっきから、言ってることおかしくないか?
「あら、坊や。どうしたのかしら?」
いやいやいやいや、坊やって……この肉体を作ってからでさえ、少なくとも数万年は生きてるんですけど!?
……って、そうじゃない!
「アンタら、今…何て言った……?七翼の仲間……?任じられ…って……??」
「?なぁに?慌てちゃって、可愛いのねぇ」
待て待て待て距離が近すぎる!そういうのはもうあいつらで沢山だ!
つか、誰か俺に説明を……
「いやぁ、待たせてしまったかな」
…グリード!!ようやく来やがった!
俺はアンタに聞きたいことが……
「おいちょっと!これ、どういうことだよ!?」
俺は、呑気に部屋に入ってきたグリードに詰め寄った。
「おやおやリュート。随分激しいんだね」
俺が必死の形相を見せているってのに、相変わらず煙に巻くような言い方をしやがる。が、今日と言う今日ははぐらかされてたまるか!
「どうなってるんだよ、これ。なんか俺が七翼みたいに思われちゃってるんだけど!?」
「ははははは、何を言ってるんだねリュート」
馬鹿なことを言うなーみたいな感じにからからと笑うグリード。
そ、そうだよな。何か行き違いがあったんだよ…な?
「みたい、じゃなくて、君はれっきとした七翼の騎士の一員じゃあないか」
既成事実ーーーーー!?
え?何?いつのまにそうなった?俺、聞いてないよ!?
「おま…っ…だって、私設秘書って…名目上は…って……言ってたよなぁ!?」
「うん、言ったよ?私設秘書みたいなものって」
「だだだって、七翼って、確かアンタの…」
「うん。私設部隊…だね」
「……………………」
「……………………」
は・・・嵌めやがったな畜生!
「ふ・・・ふざけんな!俺は承諾なんてしてないからな!」
いくらなんでも、これは詐欺だ!だまし討ちだ!
「だって君、聖円環、受け取ってくれたよね?」
「……へ?」
……聖円環…?って、確かにラディ先輩の形見を貰って……
…って…あああ!?
「あれ、七翼の騎士の証だよ?」
「聞いてなーーーーい!!」
どうりで!イルシュに入国するときとか!アルブラ神殿とか!アレンデールの教会とか!なんか怖がられつつも一目置かれてる…みたいな反応されたと思ったら!
……ルーディア聖教最恐の殲滅部隊の一員………。
そりゃ、怖いよ。俺だって怖いよ。
異端審問とか邪教殲滅とか何か悪名がスゴイらしいじゃん?
ラディ先輩から色々聞いてたけど、泣く子も黙る…って冠詞がぴったりなんだってな。
…で、なんで?
「まあまあ、リュート。今さらじゃないか。どうせやることは変わらないんだしさ。しかも君には、裏切り者の粛清という実績もあることだし」
いや、あれは粛清とかそういう御大層なもんじゃなくて……
あーーー、もう。完っ全にしてやられた。確かに、今さらどうこう言ったところで、このおっさんが引き下がるはずもない。
こいつは多分、俺の有用性も危険性も全部織り込み済みで、懐に入れることにしたのだ。
…なんて人間だ。魔王に取り入るどころか、魔王を取り込もうと考えるなんて。
…………まあ、いいさ。今回は俺が迂闊だったってことで、付き合ってやるよ。
少なくとも、人間ごっこを続けている間は…な。
「…あのさぁ、猊下。一応聞いておくけど、あいつらの世話役以外のことまでさせる気だったりする?」
「いや?君には引き続き、勇者たちの補佐役を頼みたいと思ってるよ。…今のところは」
…しれっと言いやがる。
俺を甘く見ているわけでも状況を軽く考えてるわけでもないとは思う。
実際、魔王崇拝者の一件で、俺の力の一端を目の当たりにしたのだし、余程の愚か者でない限り、魔王を手玉に取ろうなどとは考えないだろう。
なら、どうして。
「……アンタ、分かってるんだよな?」
「ん?ああ、分かっているさ。…君を、信じてもいるしね」
……………。
……それは、卑怯な物言いだな。
「あーーーもう、分かったよ。どうせ呼び名の問題だろ?」
俺は観念した。根負けしたと言ってもいい。
リュウト=サクラバでは、グリード=ハイデマンに太刀打ち出来そうにないや。
新キャラ、七翼の騎士の面々登場です。活躍の場を与えることが出来るでしょうか?




