第七十九話半 幕間 ギーヴレイの懸念
魔界の頂点、神にして絶対の支配者、魔王ヴェルギリウスの拠点…魔王城。
不在がちの主に代わり、その地にて魔界全土の秩序維持を担っているのは、魔王の側近である将軍たち。
六武王、と呼ばれる五人…現在、一名の欠員が出ている…の最上位魔族である彼らは、宰相を兼任するギーヴレイ=メルディオスを筆頭に、各々の能力をもって魔王の不在を守っている。
広大な魔王城の一角、整然と整えられた広大な中庭を見下ろすテラス。ギーヴレイはそこで風を感じながら物思いに耽っていた。
「……何やら随分と感傷的に見えるぞ、ギーヴレイ」
そんな彼に声をかけたのは、同じく六武王の一人、ルクレティウス=オルダート。現在の六武王最年長である彼は、見た目も中身も剛毅な武人である。厳格にして、質実剛健。しかして豪放磊落な面も持ち合わせている。
当然、本人の戦闘力も、将としての指揮力も人望も、非常に高い。
戦場における苛烈な戦いぶりを知らない者はおらず、主が封印されていた当時、各地で反乱を起こそうとする諸氏に対する牽制や警告(実力行使を伴う)も、ほとんどルクレティウスの役割だった。
実直で、分け隔てなく他者に接する人格者でもある彼は、苦労人のギーヴレイにとっても良き相談役である。
「……そうか?別にそういうつもりではなかったのだが……」
そうは言いつつも、自分の中を見透かされたようで苦笑するギーヴレイ。他者と距離を置きたがるギーヴレイも、ルクレティウスとは気安く接することが出来る。
「魔王陛下のことか?先ほどご帰還なされていたようだが」
ズバリと言い当てるルクレティウス。が、“謀略のギーヴレイ”が感傷に浸るなど、魔王関連以外ではありえないことなので、側近であれば誰にでも想像出来ることである。
「ああ。何やらお急ぎのようで、ほとんどお言葉もなかったのだが」
現在の魔王は随分と忙しなく、地上界に入り浸っているかと思えば突発的に魔界に戻り、そしてまた地上界へととんぼ返り…というドタバタした生活を送っていたりするのだが、今回はいつも以上に急いでいるようだった。
主の帰還を感知し、出迎えに向かったギーヴレイだったが、主は「すまないが今はあまり時間がない。近いうちに戻るゆえ許せ」と言い残し、何処へか“門”の向こうに消えていった。
が、本当に申し訳なさそうな顔で主にそう言われてしまっては、ギーヴレイには不満など抱けるはずもない。寧ろ、魔王陛下が自分などに謝意を示されるなど恐れ多い…と思ってしまったくらいだ。
ただ、気になる点が。
主の連れていた、三人の少女たち。
一体、どこの誰なのか。魔王城や自分に戸惑った様子だったし、魔力的にも魔族ではなさそうだ。ならば、廉族…ということか。
どこかで見たことがあるようなないような……そう言えば、かつて身の程を知らず魔王城へ乗り込んできた愚かな勇者とかいう連中も三人組だったが………あの間抜けそうな面を見る限り、それはないだろう。
何より、魔王陛下を宿敵と思い上がる連中が、陛下と行動を共にするはずがない。
で、あるならば…あの少女たちは、主の何なのか。
見目だけで言えば、なかなかの上物である。が、かつて魔界中から陛下の元へ集まり侍っていた妖艶な美女たちからすると、随分と幼いと言うか何かが足りないと言うか。
「……いかに美味とあれど、食べ続ければ飽きてしまうというものか…」
いきなり妙なことを呟きだしたギーヴレイに、ルクレティウスは戸惑いながらも、
「?ま、まあ……珍味というのはそういうときのためにあるのではないのか?」
などと、話を合わせようとする。
彼には、ギーヴレイが何を考えているかは分からないため、それはある意味で的外れな返答ではあったのだが、別の意味では言いえて妙な表現でもあった。
「なるほど…。確かに、いつもとは違うものを味わいたいと思われるのも無理はないか。が、あれではあまりに雑味が過ぎるとも思うが……」
「雑味も味わいのうちではないか」
「………そういうものか…。いや、私にはあまり理解出来ない分野のようで、な」
噛み合っているようで、噛み合っていない会話。
「ふむ。おぬしはもう少し関心を持った方がよいと儂は思うがのう」
痩身のギーヴレイを見やり、心配半ばに忠告するルクレティウスと、
「不要だ。私は魔王陛下に己が熱意を全て捧げると自らに誓っている」
きっぱりと断言するギーヴレイ。
「おぬしは本当にそればかりだな」
「無論。それが私の幸福だからな」
あまり食に興味がないギーヴレイにもう少ししっかり食べたほうがいいんじゃないか、と心配するルクレティウスと、魔王陛下にお仕えする限り色恋沙汰にはまるで手を出すつもりはないギーヴレイの珍妙な会話は、破綻をきたすことなく続いていった。
「しかし……あのようなみすぼらしい者では陛下には全く相応しくないと言うか…」
「みすぼらしい…もの?よく分からんが…ならば、次のご帰還の際にはおぬしが用立てて差し上げればよいではないか」
「おお!それはいい案だな。さっそく準備することにしよう」
「相変わらずだのう、おぬし。儂も負けてはいられんな」
こうして、忠臣二人は、まったく別の方向から主への忠義心を再確認するのであった。




