第七十六話 自覚の生まれる場所
「で、仕切り直しといきたいんだけど…。アンタたちが、神託の勇者だっていうのはどういうこと?」
気を取り直してアルセリアが再びゴスロリ勇者、ライオネルに訊ねる。
「勇者が他にいる…なんて聞いてないんだけど」
対する勇者2号ライオネルは、アルセリアに睨み付けられても涼しい顔をしている。
「まるで、正統な勇者は自分だけだ…とでも仰ってるみたいですね」
「そう言ってるんだけど。理解出来なかったかしら?」
バチバチバチ。
二人の勇者の間に、見えない火花が飛び散る。
「それは、ボクが偽物だということですか?」
「なぁんだ、自覚あるんじゃない」
再びバチバチ。
きもい、うざい、変態…と、精神的クリティカルヒットで瀕死の状態に陥っているため、俺は二人の遣り取りを遠くでいじけながら見ているだけだ。
が、もし絶好調のときでも、あの二人の間には割り込みたくないなー…。
なんかもう、空気が、めちゃくちゃぎすぎすしてる。軋んでる。
「なら、言わせてもらいますけど。貴女は、何をもって自分が正統な勇者であるというのですか?」
勇者2号、なかなかやるな。うちのポンコツ勇者の眼光をしれっと受け流すとは。
「そんなの、決まってるじゃない。私は、創世神エルリアーシェさまの神託を受けて…」
「神託を受けた姫巫女により、選定された…でしょう?」
「……そ、それは…そうだけど………」
うーむむ。なんだかアルセリアの方が分が悪そう……?
「けど、それを言うなら貴方だってそうなんでしょう?」
「ええ、そうですね」
アルセリアに言い返されても、ライオネルは全く動じない。
「ですから、貴女がご自身を勇者だと言うのなら、ボクもまた同じ理由で自分が勇者であると、宣言します」
「……………………!」
うーん。これはまた、どういうことなんだろうな。
確かに、勇者は一人しか存在しない…なんて決まりはない。そもそも、勇者の定義自体、「創世神の神託により選ばれた」という、よく分かるような分からないようなものだったりするのだ。
じゃあもしエルリアーシェが、複数人を勇者として指名したのなら……あっちにも勇者、こっちにも勇者、私も勇者、あなたも勇者……てなこともありうるわけで。
……魔王としては、なんかイヤだけど…。
そして、アルセリアとしても、ずっと幼い頃から勇者として育てられ、魔王を打ち滅ぼせるのはお前だけだと、だから弱音を吐くことも挫けることも逃げることも許されないのだと、そう言い聞かされてきたのだ。
それなのに、「他にも勇者はいました、仲良く協力して魔王を退治してね」と言われても、はいそうですかと素直になれないのも理解出来る。
ちなみに、ポンコツ勇者の仲間とゴスロリ勇者の仲間は、自分らのリーダーが火花を散らしている横で、同じように睨みあっている。
結構、険悪な雰囲気だ。
「トルディス修道会に、姫巫女がいるなんて聞いてないんだけど…それ、ほんとに託宣なんでしょうね」
「へーえ。ご自分の正統性が揺らいでしまいそうだからって、うちの託宣にケチをつけるんですか?」
「で、でも、自分の耳で聞いたわけじゃないんでしょ!?」
「ですから、それは貴女だって同じじゃないですか」
……こりゃ、堂々巡りになるかもな。
「けれど、ボクには確信があるのですよ。自分が、自分こそが“神託の勇者”だという…」
「な、なんですって!?」
おお、勇者2号には切り札があるのか?
「夢を…見たのです。幼い頃、エルリアーシェさまがボクをお導き下さる夢を…」
………えー……夢とか言っちゃったら、言ったもん勝ちじゃないか……。
「夢の中で、女神は雪のような純白の髪に銀の瞳、慈愛溢れる微笑みの、それは美しい女性の姿をしていました。彼女は、何も言わずボクを招き、そして何処へか誘おうとしました」
けど、ライオネルの表情は嘘をついているようには見えない。恍惚とした声と表情で、うっとりと語り続ける。
「……夢はそこで終わりです。まだ託宣を受けるよりずっと前のこと…けれどそのときにボクは自分の運命を知りました。託宣など関係ない、エルリアーシェさまは、御自らこのボクをお選びになり、手を差し伸べてくださったのですから!」
…こいつ、目がマジだな。
「…そんなこと言ったって、夢なんて何の証拠にもならないでしょう!」
…うん、アルセリア。気持ちは分からんでもないが、その慌てっぷりは、負け惜しみみたいに聞こえなくもないからやめておいたほうがいいよ。
それに比べて、ライオネルのあの余裕の表情。
「そうですね。心無い人々や神の声を聞いたことのない人々は、皆そう言います。けれど別に構いません。これは、ボクだけの確信。ボクが勇者であると、ボクだけが信じていられればそれでいいんです。……目に見える「勇者の証」なんてものがない以上、それ以外に何が必要だと言うんですか?」
あーあ。アルセリアが「心無い&神の声を聞いたことのない人々」の中に入れられちゃったぞ。
別に、ライオネルの言うことだって主観的に過ぎるものだし、第三者からするとどちらが正しいかなんて判断しようがない。
けれど…
「アルセリア嬢、貴女は、何をもって自分が勇者だと自覚していますか?まさか、他人に言われたから、姫巫女に「貴女が勇者だと神託が下った」と言われたから、それだけで勇者を名乗っているわけでは、ありませんよね?」
夢だろうが思い込みだろうが(或いは勘違いかもしれないが)、自分自身で「自分が勇者だ」と思うに至ったライオネルと、
「……わ…私は………」
ライオネルの言うとおり、教会に言われるがままに勇者にさせられてしまったアルセリアとでは、自分に対する信頼度が違いすぎた。
「アルシー…他者の言うことなど、気にする必要はありません。貴女こそが、勇者なのですよ」
ベアトリクスが優しくアルセリアの肩を抱いて言った。ヒルダも、
「…アルシーが、勇者だもん」
その手をぎゅっと握る。
「ビビ…ヒルダ………ありがと」
少しだけ笑みが戻ったアルセリアだが、それでもいつもの調子ではない。
ライオネルに言われたことは、彼女の痛いところを突いていたのだろう。
「まあ、今日は別に喧嘩を売りに来たわけじゃないんですよ」
心の中で、「勝った!」とか思ってるんだろーな。ライオネルは、余裕たっぷりに宣戦布告。
「ただ、同じ勇者として、今後ともよろしくお願いしたいと思いましてね」
なーにが、「同じ」勇者だよ。そんなこと欠片も思ってないくせに。
「勿論、魔王の首はボクたちがいただきます。かの宿敵を、冷酷非道な邪悪の王を打ち滅ぼせるのは、真の勇者をおいて他にないのですから…ね」
……あ、宣戦布告されてるのって、俺?
「ボクたちが先に魔王を斃したとしても、恨まないで下さいね。それでは、今日のところはこのへんで」
言いたいことを言いたいだけ言って、勇者2号ライオネルとその従者たちは去って行った。
残されたのは、沈んだ表情で立ち竦むアルセリアと、その彼女を心配そうに見つめるベアトリクスとヒルダ。
あと、これみよがしにいじけてたのに誰にも気にかけてもらえなかった可哀想な俺。
むむ……なんだこの空気。すごく居心地が悪い。
「あー、とにかくお前ら。こんなとこで突っ立ってても時間の無駄だし……一旦アレンデールに戻ろうぜ?」
いたたまれなくなって、俺は提案する。
理由は分からないが、アルセリアの沈み込んだ表情ってのは見たくないんだよ。
正直、魔王である俺にとっては勇者の正統性だとか、どうでもいい話だったりする。
相方の遺志を継ぐ者…と言ったって、あいつが何を思っていたかなんて今の俺には知る由もないし。
ただ、俺はアルセリアの中にあいつの姿を見た。それが、俺が彼女を放っておけない一番の理由。
勇者だから、ではない。廉族たちの定義やらお墨付きやらには興味がないし、何の価値も見いだせない。
ただ、どこかでアルセリアとエルリアーシェが繋がっているような気がして、だから最初の対決のときに彼女たちを見逃したのだし、その後の窮地も助けたし、自分の意志を曲げさえもしたのだ。
もし、あの時魔界に侵攻してきたのがライオネルたちだっとしても、そして彼らが正統な“神託の勇者”だったとしても、俺は彼らを助けなかっただろう。
だが、それを今の彼女に言ったところで、何の慰めにもならない。
多分、彼女が思い悩んでるのはそういうことじゃない。
さて、どうしたものか。
無言でとぼとぼと後をついてくる三人娘をちらりと見て、俺はこっそり溜息を一つ。
魔王としてはどうでもいいけど、勇者一行の補佐役としては黙ってるわけにもいかない。
ここは一つ、腕を振るうとしますか。
アルセリアはおバカだけど案外打たれ弱かったりするので、すぐ落ち込みます。
でもおバカなので、すぐ立ち直ります。




