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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
聖都編
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第六十九話 巡礼へ

第三章、始まりました。さてはて魔王は無事、勇者を育成出来るのか?或いは口うるさいオカンで終わるのか?




 魔王崇拝者の陰謀とそれに端を発する一連の騒動が収まってから三日。

 俺たちは、ようやく巡礼へと出発することになった。


 ルーディア教会最高にして最難の修練、“聖骸地巡礼”。これまで数多くの聖人たちが挑み、そのほとんどが半ばにして命を落としたという。


 そしてそれを成し遂げた偉人たちは皆、教会から最高の栄誉を与えられる。


 

 「まあ、実を言うと私もその一人だがね」

 と、グリード。何気に自慢ですか。


 「…実際、君たちに今さら聖骸地巡礼が必要かと言うと、怪しいところなんだが」

 さらに、そんなことまで言い出す。


 正直、俺も同じことを考えてた。


 

 普通の廉族には命懸けの大冒険でも、地上界基準ではレベルカンストの勇者一行だ。今さら魔獣の闊歩する辺境を歩いたところで大したレベルアップは望めまい。

 

 「だったら、行く必要はないんじゃないか、猊下ボス。世界中回るんならそれなりの時間がかかるんだし、意味がないならその間他の修練を積んでおいた方が有意義だと思うけど」

 

 身も蓋もない意見だとは思うけど、彼女らの時間は有限である以上、効率を考えるのは当然だ。


 だがグリードは、俺のその言葉に首を振る。


 「今回の勇者による巡礼は、聖央教会の決定なのだけどね、理由は二つあって」


 

 一つ、魔王討伐に向けて、若き勇者の精神的成長を促す


 一つ、勇者の巡礼を通して全信徒の模範となる強き信仰心を知らしめる


 

 「……まあ、教会としての本音は後者だと思うが…」


 と、内情まで教えてくれる。


 「前にも言ったと思うけど、教会も一枚岩じゃない。聖央教会を出し抜きたい勢力も少なくなくてね。対外的に牽制と言うか箔付けが必要と言うか……」


 苦笑しながら言うあたり、グリード自身も馬鹿馬鹿しいと思っているクチだ。


 「…そっか。でかい組織ってのも大変なんだな」

 ま、魔界うちだって人のこと言えないし。

  

 

 …あ、魔界と言えば。



 今回の件で、どうしても気になることが二つある。小さい問題と、大きな問題。

 

 小さい方は、ラディ先輩の最期に言い残した言葉で。気になると言うか納得がいかないと言うか。


 ……俺、絡み酒なんてしないよ?

 確かに先輩と飲んでて、記憶がぶっとんだこともあったけど……紳士な俺が、アルセリアと同じ失態を犯すはずないじゃないか。

 これは完全に言いがかりだと、俺は思う。


 今となっては先輩に確認する術もないのだけれど……重要なのは、大きい方の問題。



 俺は、グリードをちらっと見る。

 ……このおっさん、俺の正体に…気付いてるよね?気付いてないはず…ないよね?


 俺が“星霊核コア”と接続したところも、その後べへモスを星へ還したことも、勇者アルセリアとの遣り取りも……一部始終、見てたよね??



 あのときは何も考えてなかったって言うか、グリードのことは正直意識の外にあったもんだから、なーんにも、警戒してなかった。

 

 けど……今となっては、このおっさんの態度の変わらなさが、怖すぎる。


 グリードは、そのことに関して俺に何も言わない、何も聞かない。今までと変わらない様子で俺に接して、今も平然としている。


 まるで、何も知らないかのように。或いは、何も気にしていないかのように。


 えええー、いいの?だって猊下ボス、教会の偉い人じゃん。魔王を放置してていいの?


 しかし、彼が何も言わないのに俺が蒸し返すのも、藪蛇になりそうな予感。


 ここは、俺も何もなかったていでいくべき?



 「そうそう、君に伝えたいことがあるのだけどね」


 ぎく。とうとうきたか。喧嘩売りますか?問いただしてきますか?それとも……


 「まずはこれを。君に持っていてほしい」


 …へ?


 グリードが俺に手渡したのは、漆黒の円聖環セルクー


 これは実にめずらしい。黒はやはり夜とか闇を連想させるためか、ルーディア教ではあまり使われることのない色だ。使用が禁止されているというほどではないが、表向きは避けようとするし、ましてや祈りと信仰の象徴である円聖環に用いることはまずないと言っていい。


 「それは、ラディウスが身に着けていたものだよ。……彼の、形見…ということだね」


 その一言で納得。あの先輩なら、他人と違う方が面白いとかなんとか言って、黒い円聖環を選んでもおかしくないな。


 「でも…それなら、アルセリアこいつが持ってた方が…」

 「いいのよ。私はもう持ってるし。師父の形見は、自分の中にあるから」


 ラディ先輩に身内がいるという話は聞いてないけど、仮にいないとすれば、師匠の形見は弟子に受け継がれるものじゃないかと思ったのだが、アルセリアにはその気はないようだ。


 もとい、その必要はないようだ。

 


 「…分かった。じゃあ、もらっとく」

 素直に受け取る俺。先輩には、裏切られたり騙されたりだったけど、同時に色々聞いてもらったり教えてもらったりもしたから。


 嫌な記憶はここへ置いて、良い部分だけ持っていくことにしよう。



 「それと、リュート」

 いつの間にか、「君」が抜けている。

 「以前にも依頼した件。私の気持ちは変わってはいない。今後もこの子たち…私の可愛い娘たちを、よろしく頼むよ」



 ……よろしく頼まれたーーー!


 魔王が、敵対する宗教の枢機卿に、勇者のことをよろしく頼まれた!!!



 え?え?ほんとにいいわけ?このおっさん、本気で言ってるわけ?

 

 だってさ、これ、要するに「お前を斃すために修行に行くこの子たちのことをよろしく頼むよ」って、言ってるんだよね?「お前を斃すのを手伝ってくれ」って、そういうことだよね!?

 

 本気かよ、という目でグリードを見ると、勿論だとも、という目で頷かれた。どうやら本気のようだ。



 まぁ……こっちはそのつもりだったし、そっちがいいなら別に構わないけどさ。

 …都合が悪くなったら、俺のことまで裏切り者扱いしないだろうな?


 ………確認しておきたいのはやまやまだが、それはそれで何か怖いからやめとこっかな。



 「それでは、私は礼拝があるからここで失礼するよ。アルセリア、ベアトリクス、ヒルデガルダ…くれぐれも、無茶はせず、自分たちのペースで構わないから、少しずつでも前へ進みなさい。神のご加護を忘れないように。…それと、彼を困らせるんじゃないよ」


 「はい、分かりました」

 代表してアルセリアが答えて、あとの二人も力強く頷いていたけど……


 最後のやつは、絶対無視するだろ。俺はもう分かってるからな。



 勇者一行の旅立ちと言うから、もう少し仰々しい感じを想像していたんだけど、グリードはそう言い残すとさっさと仕事へ戻っていった。

 特に見送りとか壮行会とか、そういうのはないんかー。まあ、魔界に乗り込むのと違って地上界での修練なんだし、こいつらにとってはいちいち大げさに騒ぎ立てるものでもないのかな。



 「よーし。それじゃ、まず何処から行く?」

 アルセリアの問いかけに、

 「…そうですねぇ。魔界から帰ってきてからずっと山間部でしたから…次は沿岸部なんてよろしいのでは?」

 「………お魚…」

 ベアトリクスが提案し、ヒルダが賛成する。が。


 「おいちょっと待て」

 思わずツッコまずにはいられない。

 「何よ?」

 「何よ?じゃない。世界中回るんだろ?んな、気分で行き先決めてたら非効率的すぎるだろーが」

 レジャーに行くわけじゃないんだから、なんでこう無計画なのかねぇこいつらは。


 今に始まったことじゃないけど。


 「えー、だって今までもこんな感じだったわよ?」

 アルセリアの答えに脱力。

 「…今までってのは、単発的な武者修行だろ?

 「そうだけど……似たようなものじゃない」


 単発的なピークハントと、縦走を同じように考えてやがるな。

 いや…どのみち計画が必要なのは変わらないんだけど…多分今までは、力押しで通してきたに違いない。


 「あのなぁ。魔獣退治して拠点に戻って、また別の場所で退治して戻って…って繰り返すならお前らのやり方でも問題…は多いにあるけど…お前らなら何とかなったんだろうけどさ。今回は、一度ここを出たらそうそうは戻らないんだろ?」


 聖骸地に行く度にタレイラやら聖都やらへ戻っていたのでは、時間を無駄にしすぎてしまう。


 「だったら、いくつか中継地点を決めておいて、そこを中心に一番無駄のないルートで回るのがベストじゃないか?」


 こいつらの無計画性はよく身に染みている俺なので、あらかじめ世界地図を入手しておいた。それを、テーブルの上に広げる。



 「今が、タレイラだから…最寄りの聖骸地は、ここ…アルブラ?だから、ここから攻めていこう。で、近くに大きめの都市があるからそこを拠点にして近くの聖骸地ポイントを狙ってくとか」


 「アルブラは、確か聖骸地に教会が建てられてますね」

 「あれ?聖骸地って、僻地ばっかじゃないの?」

 「そうでもないわよ。人口の多い場所の場合は観光地みたいになってるって…前も言わなかった?」


 んー…そうだっけか。でも、だったら…


 「そんなハードなところにあるわけじゃないなら、そこは飛ばしてくか?行っても意味ないだろうし」

 あくまで修練のためなら、観光地に行ったって何も鍛えられないだろう。


 「……いえ、行きましょう」

 だが、アルセリアは首を横に振った。決意がみなぎっている。

 「?なんで?別に行く必要なさそうじゃん。だったら先を急いでも…」

 「リュートさん」

 そこへ、ベアトリクス参戦。

 「こういうことは、形も大切なものです。観光地だから、厳しい道のりではないから…そんな理由で、創世神のお眠りになる地を通り過ぎるなど、敬虔なる信徒である私たちには出来ません」

 …なるほど、そんなものか。そもそもの目的は「巡礼」であって「修練」はそれに付随する結果…というわけ…なのか?

 「…お兄ちゃん、アルブラ…行こ?」

 袖をくいくいと引っ張って、ヒルダが俺を見上げる。


 んんー?なーんか引っかかるけど…まあ、俺はあくまで補佐役でしかないし、巡礼を行うのはこいつらだし、こいつらがいいなら…別にいいか。ヒルダもこんなに可愛くおねだりしてることだし。



 「じゃ、最初の目的地は聖骸地アルブラ…な。お前ら、もう出発の準備出来てんの?」

 「当ったり前でしょ。アンタがいない間、暇だったんだから」

 

 ……そりゃそうか。


 

 「じゃあみんな、行くわよ!」

 リーダーよろしく、アルセリアが号令をかけ、

 「はい、参りましょう!」

 「しゅっぱつー」

 ベアトリクスとヒルダも続いた。


 に、しても……



 「おい、お前らなんで、そんな浮かれてるんだ?」

 お気楽な勇者はともかく、普段は無表情なヒルダまで、どことなく嬉しそうなのは何故だ?


 「…………ほら、何ぼさぼさしてんのよリュート。行くわよ」


 ……誤魔化された。


 「おい、何か企んでるんじゃないだろうな!」

 

 三人娘は俺の方を一瞬振りむくと、知らん顔して歩き出す。



 ああ、もう。絶対何かある。何かあるが……

 俺は、それ以上追及するのをやめた。


 


 こいつらのことだ。どうせロクでもないことだろう。


ポンコツ勇者とその仲間たちは、例えるならサンダルで富士山登ろうとするタイプです。

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