第五話 出陣そして殲滅
魔界には、一つの巨大な大陸と、大小様々な島が存在している。
魔王城のある王都から、ゴズレウル一族の治める大陸南端までは、通常の移動方法…即ち徒歩…で行くと健脚の魔族と言え一月は優にかかる。
が、勿論俺は歩いて行くつもりはない。まあ、王様がてくてく歩いて戦に行く、という状況は普通に考えて有り得ないわけだし、何よりめんどくさい。
と、いうわけで、俺とギーヴレイ(一緒に来ると言って聞かなかった)、約二百の精鋭の兵士たちは、空戦用のグリフォンに騎乗し、縮域魔法も併用して、三日で現地に到着した。
眼下には、ゴズレウルの拠点である砦城。流石にこちらの動きを察知していたのか、兵の展開は既に済んでいるようだ。
地方豪族と言っても元王族の系譜。向こうの兵力はおよそ五千。対するこちらは二百。単純に数で考えれば、勝負にもならない。
数で押し切る自信があるのだろう、敵の大将であるゴズレウル=グリューゲルは余裕の表情で俺たちを迎えた。
「これはこれは、ギーヴレイ将軍。随分ものものしいご様子で、どうなされたのですかな?」
砦の最上階、見晴台を兼ねたバルコニーに出て奴が話しかけたのは、俺ではなくギーヴレイだった。
……ま、無理もない。奴は俺の顔を知らない。二千年前は影も形もなかったのだから当然だろう。ギーヴレイは、数十年毎に目覚めては諸侯を牽制して回っていたので、何度かは会っているはず。
そして反乱分子である連中に、“魔王復活”の報は届いていない。
…………とは言え、なんか淋しい。ボスは俺なのに。一番偉そうな格好もしてるのに。そんな威厳なかったっけ、俺?
「控えよ、ゴズレウル!ここにおわすは……」
ギーヴレイがゴズレウルの無礼を咎めるように声を上げたのを、俺は途中で制した。
いや、こういうのって、自分で名乗り上げた方が格好良くね?ま、水戸黄門的パターンもありなんだけどさ。
「貴様がゴズレウルか。なるほど矮小な顔をしている」
「……………随分と不躾なお方ですね。お名前を伺っても?」
俺の挑発にゴズレウルは一瞬憎々しげに顔を歪めたが、すぐに気を取り直して余裕の笑みを戻した。
さて、この余裕をどう料理してやろうか。
「我が名はヴェルギリウス=イーディア。このエクスフィアの地において、魔王と呼ばれるものぞ」
とりあえず、シンプルに名乗ってみた。威厳を示そうと、魔力を込めた波動もついでに放ってみる。
その場に、驚愕と恐怖の波がさざめいた。それは、俺の名乗りに対してか、波動のせいなのか。
眼下では、ざわめきが起こっている。無理もない。連中の独立宣言の要因として、“魔王”の不在、というのも少なからずあったはず。と言うかそれが最大の理由と思われる。そこに魔王が現れたら、気勢を削がれるなんてものじゃ済まないだろう。
さて、敵はどう出るか。
「………ふ、ふはは。冗談のお上手な方ですね。新しい将軍の方でしょうか?」
あ、なんか信じてないっぽい。
考えてみれば、今や俺の顔を知ってるのはギーヴレイ始め六武王だけ。魔王を証明する分かりやすい印とかがあるわけでもない。
……あれ?これじゃ俺、「自称魔王」のイタいやつ?
「無礼者‼この御方こそ、この魔界の統治者にて我らの絶対の支配者、魔王ヴェルギリウス陛下その人にあらせられるぞ!」
この場で俺が魔王であると証明することが出来るのは、ギーヴレイだけなので、ここは彼に頑張ってもらいたい。しかし、
「見え透いた嘘を仰られますな、将軍。おおかた我らの独立に慌て、策を弄したというところでしょうが、そもそも魔王などと迷信じみた話を真に受けるほど、このゴズレウル、愚かではありませんぞ」
ん?なんか、様子が変?つか、迷信って………
ああ、そうか。そういうことか。考えてみれば、無理もない。俺が魔王として君臨していたのは二千年も前。それから現在に至るまで、世代交代が幾度も繰り返されている。当然、俺を直接知る世代は元より、「“魔王”を直接知る世代」から直接魔王の話を聞いた世代も既にいない。
いくら武王たちが数十年毎に啓蒙活動を行っていたとは言え、時間が経つ程に情報の信憑性は薄れていく。ルドゥールが編纂した伝承でさえ、今の世代にとっては「お伽噺」に近いものになっているのだろう。
むかーしむかし、魔界には“魔王”というそれはそれは恐ろしい王様がおりましたとさ。
……………って感じか。
勿論、魔王の存在を信じている者も多い、と思いたい。少なくとも魔王城で俺を迎えた連中は、認めてくれてたっぽいぞ。
……………ただ武王たちに合わせてただけ、とか考えたくない……。
ましてや、魔王の存在を信じていないから、あるいは魔王は滅びたのだと思っているからなのか、だからこその独立宣言、反乱なのだろう。
ううーむ。これは参ったぞ。これじゃビビらせて降伏させることなんて出来なさそうだ。
………………………ん?いや、別にそんなことする必要はない……のか?
うん、そうだよ。奴らが“魔王の存在”を信じていないのなら、「信じさせればいい」だけの話じゃないか。
そもそも、こんな連中に信じて貰わなくても、この俺の存在が揺らぐわけでもなし。
「貴様、陛下に対して重ね重ねの無礼、許さぬぞ………!」
「まあよい、ギーヴレイ。あやつらはただ知らぬだけ。ならば知らしめればよいだけの話だ」
「しかし陛下……」
「ギーヴレイ、しばし下がれ」
「……………!も、申し訳ございませぬ‼」
ギーヴレイを黙らせると、俺は眼下のゴズレウルを冷たく睥睨した。その視線だけで、余裕綽々だったゴズレウルが瞬時に縮み上がる。
「二千年の時を経て、我は再びこの地に戻って来た。我の不在の間に貴様らが為した過ちは水に流すこととする。我に忠誠を誓うのであれば加護と繁栄を、我を拒むのであれば絶望と滅びを与えよう。選ぶがいい、貴様はどちらを望む?」
俺の言葉に、ゴズレウルは動揺を見せた。だが、
「ふ、ふざけるな!魔王を名乗る不届きものが、このゴズレウルが断罪してくれる‼」
おおお、出た、「上様の名を騙る不届きもの」!出来ればこの後には「者共、出あえ出あえー」が来てほしかったところなんだが。
ま、文化が違うし仕方ないか。それに、ゴズレウルの言葉に応えるように、奴の兵たちは臨戦態勢に入った。
いいだろう、最後通告くらいはしてやるよ。
「聞け、小さき者共よ。死を怖れるならば恭順の意を示せ。さもなくば、貴様らは我が敵となる‼」
俺の波動に完全に気圧されて、敵兵たちの動きは鈍い。だが、剣を収める者は誰もいなかった。
奴らは、俺に従わない道を選んだようだ。残念だが、仕方ない。
俺は、もう何も言わなかった。言っても無駄だと思ったし、言う必要もないと思ったから。
そして無言のまま、適当に炎と雷を混ぜ合わせたものを、無造作に放ってやった。
バスケットボールくらいの大きさの炎球が、連中の頭上にゆっくりと落ちていく。そして、
轟音と閃光が生まれた。
辺り一面を、炎と雷光が荒れ狂う。その中で、抗うことも出来ず苦痛を感じる暇もなく、兵士たちが蒸発した。
攻撃の中心から離れた者たちは、消し炭と化した。
頑強な石造りの砦は、吹き荒ぶ暴風に、まるで砂で出来た城のように削られ、散らばっていった。
光と風と煙が収まった後には、砦も兵士たちもなく、そこには荒れ果てた大地が広がるだけだった。高熱のせいで地面がマグマのように沸騰している処もある。
ゴズレウルは、砦もろとも跡形もなく吹き飛んでいた。上空から見下ろした限り、敵兵の生存者はいなさそうだ。文字通りの、全滅。
「ふん、これで終わりか。手応えのない」
俺の呟きは半ば本気のものだ。“魔王”に堂々と反旗を翻したのだから、もう少し骨のあるやつがいてもおかしくないと思ったんだけどな。
「…………ご帰還早々、お手を煩わせてしまったこと、お許しください」
ギーヴレイが深々と頭を下げる。騎乗中でなかったら、平伏していたに違いない。
俺が率いてきたこちらの兵士たちは、目の前で繰り広げられた理不尽なまでの惨劇に、完全に気色を失っている。彼らにとっても“魔王”は伝承の中の存在に過ぎず、その力を目の当たりにしたのは初めてなのだから仕方ない。
むしろ恐れをなして逃げ出さなかっただけでも誉めてやるべきか?
「これで、他の愚か者共も考えを改めればよいのだがな」
これも本音。逆らうものに容赦をする気はないが、無駄な殺生はしないに限る。
この辺りは、日本で人間をやっていた影響なのか。
さて、ここでやるべきことは終えた。今回の件は、じきに魔界中に知れ渡るだろう。魔王復活の報と共に。出来れば、反乱分子連中が恐れをなしてくれれば後が楽なんだが。
何しろ、二千年も仕事を溜め続けたわけだから、やることは山積みになっている。反逆者ばかりに時間を割くことは出来ない。
とは言え、この地を放置するわけにはいかないので、とりあえず連れてきた兵士たちを屯留させることにした。近々管理者を送るとして、それまでは部隊を率いる百騎長がなんとかするだろう。
簡単な指示を与えてから、俺とギーヴレイは魔王城へと帰還した。
こうして、俺の魔王ライフは、再開されることになったのだった。
魔王なのでちょっとチート過ぎます。使った力は魔法でもなんでもないので名称すらありません。
文章にすると、魔王サマの戦いっぷりはけっこう地味だったりします。