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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔王崇拝者編
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第六十五話 再び敵地へ。


 


 準備もそこそこに、俺たちは出発した。

 本来ならばもう少し腰を据えて計画を立てる必要があるのかもしれない。相手が見切り発車なら、こちらだってそうだ。

 だが、何時べへモスが解き放たれるか分からない今、悠長に議論している暇なんてない。


 


 そして敵の本拠地へ潜入したのだが。


 「……妙だな」

 「……妙だね」

 「……妙ですね」

 「……何が?」


 四人がやや時間差で呟いた。よく分かっていないのが約一名。それが誰なのかは、言うまでもない。


 「警戒が少ないんだよ。リュートこいつを逃がしてるんだし、もっとバタバタしててもおかしくないんじゃねーか?」


 三人を代表して、ラディ先輩がアルセリアに説明。


 「それに、見張りも少ない…つーか、ほとんどいないなぁ」 

 「俺がここにいるときも、もう少しは人が多かったですけど」


 旅団の中央本部は、静まり返っていた。そこには作為的な何かが感じられて、薄気味悪い。


 「……罠だな」

 「……罠だね」

 「……罠ですね」

 「……ラッキーってことですか?」


 …………ちょっと。誰ですかこいつをこんな子に育てたのは。ああ、アンタら二人ですか、先輩と猊下ボス


 俺の視線だけのツッコミに、居心地悪そうに視線を逸らす二人。



 「…罠だとしても、行くっきゃないわな」

 「……罠など、そう気付かれてしまえば効力を失うものだ」


 …誤魔化しやがったな。


 とは言え、確かに今は進むしかない。俺たちの持ち札は案外少なかったりする。


 俺たちは、警戒しつつも先に進むことに……


 した…んだけど………。


 

 「あのさ…先輩、猊下ボス。…俺、寄っていきたいところがあるんだけど」

 「あ?んな買い物に来たわけじゃないんだぞ?寄るったって、どこに?」


 先輩が呆れるのも無理はない。今は、そんなこと気にしてる場合じゃないんだから。

 それは分かっているんだけど……


 「ここから、助け出したい人がいる」

 どうしても、アナベルのことが気掛かりだった。出来ることなら、さっきここを逃げ出したときに、一緒に連れていきたかった。だけど、その余裕もなく俺は、彼女を置き去りにしてきてしまったんだ。


 「……はっはーん。なるほどねぇ。……リュート君も隅に置けないじゃないか」

 にやにやしながら、ラディ先輩に言われた。

 って、なにその笑いは。


 「いや、そういうんじゃなくって」

 「で、男?女?」

 「……女性…ですけど……」


 ほら!その、やっぱりねーみたいな表情!なんかムカつく!

 

 「だから、そういうんじゃなくて、ここで色々助けてもらったから、放っておけないだけで」

 「その娘は、ここから出たがってるのか?」


 急に真面目な顔になって、先輩が俺を遮る。


 「…いや……それは、分からない……けど」

 

 彼女アナベルの本心は分からない。いつもニコニコしていて、本音を吐露してくれたのは昔のことを話してくれたあの時一度きりで、ここにいるのが彼女の願望なのか、他に行くところがないから仕方なくいるだけなのか、俺には分からない。

 でも……


 「ここに残すってことは、選択肢を一つ奪うことになるんじゃないかって……」

 「おーけぃ。いいぜ、行ってこい」

 「……え?」


 ものすごくすんなり許可してくれた。


 「お前一人いなくてもなんとかなるだろうしさ。あ、でもその子を連れだしたら、お前はちゃんとこっちに合流しろよ?」

 

 ………先輩…………。


 「あー、君たち。なにやら盛り上がっているところすまないが、私はまだ許可したわけでは」

 「ほら、何してんのよ。さっさと行きなさい!」

 「……アルシー?」


 アルセリアまで俺を後押ししてくれる。一人蚊帳の外になったグリードは、どこか寂しげに

 「……まあ、そこまで言うのならば……仕方ないね」


 と、しぶしぶ許可をくれた。


 「ありがと!すぐに戻るから!」



 俺は三人に礼を言うと、踵を返して居住区の方へ駆け出した。



 この時間なら、彼女はどこにいるだろう?俺の世話係として本部に来てからは、「救済活動」を免除されている。外に出ている可能性は低いけど…


 まずは、彼女の部屋に…



 「ユウト!?貴方…出て行ったって、教父さまが……」

 「!よかった、いてくれた!!」


 幸運にも、彼女は自室にいた。だが、突然の俺の訪問に驚いている。と言うか、逃げ出したはずの俺が現れたことに…なのか。


 「…戻ってきてくれたんですね?」

 「………ゴメン。そうなんだけど、そうじゃなくて」

 「……え?」


 訝しむアナベルの手を、俺は強引に取る。

 「とにかく、問答してる時間が惜しい。…行こう、アナベル」

 だが、それだけでは流石に説明が足りなかったらしく、アナベルは、拒むように身を固くして動かない。

 

 「……行くって、どこへですか?」

 「外に決まってるだろ。こんなところ、いちゃ駄目だ」

 「どうして…ですか」


 俺に訊ねる彼女の眼差しに、責めるような何かを感じて、俺は一瞬言葉に詰まる。俺は、こんな組織ところ間違っていると思うし、こんな組織ところにいることも間違っていると思っている。


 だけど、彼女は?


 先輩にはああ言ったけど、俺は内心で、アナベルは大人しく俺と来てくれるとばかり思っていた。それは、彼女の性格のためでもあるけど、こんな場所は彼女に似合わないという思いがあったから。


 

 ひどく悲しそうな表情で俺を見詰めるアナベルに、俺は続く言葉を見付けられなくて……


 「…分かりました」

 と、次の瞬間彼女は笑顔を取り戻し、そう言った。

 「いいの?」

 自分で連れ出そうとしておきながら訊ねる俺。彼女は何か吹っ切れたような様子で、

 「ユウトは、私のために言ってくれてるんですよね?なら、信じます」

 外の世界を怖れているはずなのに、そう言ってくれた。


 「よし。じゃあ行こう。今なら見張りもいないし、急げば見つからずに外に出られる」

 「あ、ユウト。少しだけ待っててください」


 気が逸る俺だが、彼女は一旦部屋の中へ引っ込んだ。身の回りのモノだけでも持ち出そうとしてるのか?

 だけど、今から荷造りをされてたら時間が足りなくなってしまう。

 

 「悪いんだけどアナベル、あんまり時間がないんだ。支度は諦めて…」

 「大丈夫です。もう出発出来ます」


 てっきり私物を鞄に押し込んでいるとばかり思っていたアナベルが、ひょっこりと顔を出した。


 「別に、支度をしてたわけじゃないんです」

 「…ん?なら何を…?」

 「これだけは、どうしても持っていきたくて」


 アナベルが大切そうに胸に抱くのは、手の中にすっぽりと収まる程度の硝子の小瓶。中には、半透明の液体が揺れている。


 「…………水薬ポーション?」

 一見、薬みたいだ。彼女は、もしかして持病でも抱えてたりするのか。


 「いいえ、これはですね」


 彼女は、見えやすいようにと俺の目と鼻の先まで小瓶を近付けると、おもむろに、その蓋を外した。


 ひどく、甘い香りがした。



 「ごめんなさい、ユウト」




 アナベルの声が、やけに遠くに聞こえた気がした。


もうすぐスパイ大作戦編は終わりです。

アルセリアのポンコツ具合が際立ちました。


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