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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔王崇拝者編
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第六十話 疑念


 最初に変化に気付いたのは、主任研究員と、数人の高位術士たちだった。


 「……総統、一つ、よろしいでしょうか」


 “魔宵教導旅団ノクタニア”の中央本部、最高幹部が一同に会しての幹部会を兼ねた食事の席で。

 魔導班の班長を任じられている壮年の術士が、旅団の最高指導者に発言の許可を求めた。


 表向きは「団長」や「教父」と呼ばれているその男だが、幹部たちしかいないこの場所では、本当の呼び名で呼ばれる。


 「……なんだ?」

 総統は、五十代半ばの男。年相応に年輪を感じさせる面差しだが、その眼光はするどく、まるで猛禽を思わせる。宗教指導者というよりは、革命家のようだ。


 「はい。実は、その……少し、異常事態が起こりまして」

 どう言ったらいいものか考えあぐねながらも、術士は報告する。

 「その、我々の検査結果に、異常な数値が示されまして………」


 その報告に、総統も他の幹部も、一様に表情を強張らせる。

 術士の能力は、彼らの最終目的において非常に大きな役割を持っている。異常な数値、と言われて心穏やかにいられるはずがない。


 「それは、どういうことだ」

 「あ、いえ、それが…ですね」

 術士は言い淀む。これはいいことなのか悪いことなのか、自分でも判断しかねているのだ。

 「どうした、詳細を報告せよ」

 その態度に苛ついた総統の険しい視線に怯え、ようやく話し始めた。

 「異常な数値と申しましても、低下しているわけではなく。その………全項目において、異様に高い数値が検出されまして……」

 「……数値が、高いだと?」

 総統は訝しむ。

 彼らの言う検査とは、魔導検査。数値とは、魔力量や魔導効率、魔力耐圧、指向性や安定性のこと。

 多少の増減は体調によってもあることで、また、魔力を使い果たせば当然、一時的に魔力量は減る。


 だが……「異様に高く」なることは、通常有り得ない。


 人が持って生まれた魔力量というものは、生涯を通じてほぼ一定である。それこそ奇跡でも起こらない限り、大幅に向上することはない。

 魔導効率や安定性は訓練次第で向上するが、魔力量と魔力耐圧はそうもいかない。


 全項目において向上…とは、一体どういうことなのか。


 「オルグレイク、それは確かなのか」

 総統が訊ねたのは術士ではなく、研究主任。検査も、検査データの収集・分析も、彼と彼の部下の仕事である。


 「はい。間違いありません。……これを」

 研究主任は、数枚の書類を総統に手渡す。上位術士たちの、検査結果だ。


 「…………………この目で見ても、信じがたいな。……一体何があった……?」

 ただし、向上しているのは上位…すなわち幹部である術士たちのみ。末端の術士たちのデータも参考として用意されていたが、そちらには何の変化もない。


 単純に考えれば、数値が良くなったのなら喜ぶところである。

 だが、その理由が分からなければ、素直に喜ぶことなど出来ない。何か良くないことが起こって、その副次的な作用として魔力向上が見られているだけ、という可能性も捨てきれないのだから。


 「…いつからだ?」

 「数値の変化に気付いたのは……一週間ほど前、でしょうか。最初はそれほど大きな変化でもなく、誤差範囲内かと思っていましたが……」

 「これはもはや、誤差などというレベルではないな」


 言うなれば、駆け出しの魔導士がいきなりベテランの大魔導士になったかのような。


 手放しで喜んでいい事態ではない。まずは、原因を探らねば。


 「一週間前と言うと……何か変わったことはありましたでしょうか?」

 首を捻りながら女幹部が尋ねかける。だが、その場にいる幹部たちは皆、首を横に振るばかり。

 「特に大きな作戦もありませんでしたし…」

 「外部からの工作では?」

 「我らの力を強めてどうするというのだ」

 「自然にこのようなことが起きる可能性というのは……」

 「それ以外の異常、例えば体調などに変化は……」


 口々に、自分たちの見解を述べていたところに。



 「あっらーん。ごめんなさいねぇ、お待たせしちゃってぇ」

 組織のNo.3である、ヴォーノ=デルス=アスが食堂へと入ってきた。

 総統は密かに顔を顰める。


 このヴォーノという男、確かに旅団ではNo.3の地位にいる。それもこれも、彼の持つ経済力とコネクションゆえ。

 自身も大富豪であり、同類との太いパイプを持つこの男は、旅団の財務担当でもある。資金面では、決して蔑ろにすることの出来ない大物。


 ただ、それ以外の点…彼らが進めている計画や、そのための活動に関しては、まるで役立たず。

 と言うよりも、全く興味を示さずノータッチを貫いているのだ。


 魔王を崇め、地上への顕現を望むという基本理念こそ同じだが、そのスタンスはかなり特異的。


 ゆえに、彼は組織内でも浮いた存在だった。

 活動のためには彼の資金力は欠かせないので最高幹部の一人となってはいるが、重用されているかと言えば、そうでもない。


 それが、この男、ヴォーノ=デルス=アス。


 自分が同士たちから煙たがられていることなど気付かず…或いは意に介さず…ヴォーノはうきうきと、

 「ふっふーん。今日のお夕飯は何かしらん。もぉ、ユウトちゃんがシェフになってくれてから毎食毎食が楽しみで仕方ないのよねん」

 自分の席につくと、テーブルの上に目を走らせる。


 「あらぁ、なんて美味しそうなシチューですことぉ。アタクシ、ユウトちゃんのお料理をいただくようになってから、すっごぉく調子がいいのよぉ。最近は膝も痛まないし、見て?お肌もツルッツルよぉん」

 くねくねしながら、隣に座る総統に頬を差し出してみたりする。


 普段なら、それを黙殺する総統なのだが。


 その日は、ヴォーノのその言葉に反応した。


 「ユウト……確か、お前が連れてきた料理人だったか」

 「ええそうよん。すっごく可愛い男の子なのぉ」

 「………いつからだったかな」

 「え?ユウトちゃんがここに来たの?そうねぇ。もう一週間になるかしらん」

 「……………そうか」


 総統が何を考えているか、ヴォーノを除くその場の全員が察した。

 「お待ちください、総統。いくらなんでも…」

 「ええ、なんの根拠もありませんし、そんな事象は聞いたこともありません」

 否定的なメンバーと、

 「…しかし、考えてみれば私もそう感じます。最初はただやけに旨い料理だとしか思いませんでしたが」

 「ええ、わたくしも。そう言えばここしばらく、古傷が痛むこともありません」

 肯定的なメンバー。


 それらを黙って聞いていた総統だったが、彼自身も身に覚えがあった。

 確かにここ数日、やけに体が軽く感じる。まるで二十代の頃に戻ったかのように。


 「…確かめてみなければなるまい」


 その一言で、彼らの検証が始まった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 検証と言っても、簡単なものである。

 もちろん、最初にユウトの料理を魔導検査にかけてみた。だが、結果は異常なし。様々な調味料が組み合わされてはいるが、その一つ一つはありふれたもので、特段珍しいものでもない。


 全団員の検査結果も片っ端から集めて精査した。

 著しい能力の向上が見られたのは、最高幹部たちばかり。それ以外の団員に、特筆すべき変化は見られなかった。


 ただし、たった一人を除いて。

 一人だけ、末端の団員に能力の向上が見られたのだ。

 アナベル=リーというその少女は、本部に来る前ユウトと同室だったらしい。


 ますますユウトの関連を疑った幹部は、次に自分たちを二つのグループに分けた。

 一つのグループは、今まで通りユウトの料理を、もう一つのグループは、ユウトのレシピどおりに他者が作った料理を食べる。

 その二つのグループを比較したところ…


 結果は、三日と経たずに現れた。


 ユウトの食事を取った者は、こぞって能力の向上が見られ、ユウトのレシピどおりに他者が作った食事を取ったものは、元々の水準まで能力が落ちた。


 念のため、何も知らせずに末端の術士でも試したところ、同じ結果が出た。



 「これは、いよいよもって、間違いなさそうですな」

 否定的だったメンバーも、すでに疑いを持ってはいない。

 「しかし、どういう理屈なのでしょう?彼が我々に何かを盛っている…なんてことはありえますか?」

 「盛る、と言っても一体何を?摂取することで魔力が向上する薬品など、聞いたことがありません」


 この事態にユウトが絡んでいることは間違いない。

 だが、どうやって?


 「……或いは、彼の能力…なのかもしれないな」

 「能力……天恵ギフトということですか?」


 一部の選ばれた者にのみ発現する特殊能力…天恵ギフト…の可能性を示唆する幹部たち。


 「だとすれば……使えるかもしれないな」

 総統はうすく笑みを浮かべた。


 これらの検証は、ユウトという料理人には一切知らせていない。彼の態度からして、おそらく自分自身でも自分の料理の秘密に気付いていないのだろう。


 天恵ギフトというものは、得ようと思って得られるものではなく、無意識のうちに獲得、行使されることも少なくない。


 修練で身につける得能スキルとは違い、保有者に自覚がないケースがほとんどなのだ。



 「これも、魔王陛下の思し召し…ということか」


 

 彼らの計画に、新たな作戦が加わった瞬間だった。

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