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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔王崇拝者編
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第五十八話 共に台所に立てば、そいつとの相性は分かるものだ。


 “魔宵教導旅団ノクタニア”に潜入して、一週間。

 俺は、そろそろ焦りを感じ始めていた。


 捜査が、全く進展しないのである。


 俺が配属されたのは、末端中の末端の拠点。指示されているのは、目的不明の土砂採取。

 他の拠点にいる団員との交流もなく、ただ毎日土を拾い集めては分類し、穏やかだけど何かが足りない団員たちと当り障りのない会話をして終わる。


 始めのうちは、そんな緩い生活も悪くないかも、なんて思ったりもしたが、それも三日で飽きた。ここでの生活は、あまりに単調で刺激がなさ過ぎる。

 娯楽と言えば、団員たちとの談笑。あとは、カードゲームとかボードゲームとかをする奴らもいるけど、周りからあまり良い顔はされていない。

 そもそも、今の世界に不満を持った人々の集まりがこの旅団であり、言うなれば世界を否定するのがその基本理念。

 そんな組織にあって、この世界で「楽しむ」という行為は、あんまり歓迎されないのも道理だ。

 本を読むことも然り。「敵」である「世界」のことを勉強する、という名目上でなら許されたが、娯楽小説なんてもってのほか。こぞって有害図書扱い。


 つまんない!やることない!なんで健全な青少年が、単純作業を定時で終えてまっすぐ帰宅し、特徴のない笑顔を貼り付けた特徴のない連中と一緒に「今日も心穏やかに満ち足りた生活が出来てよかった」とか語り合わなきゃいけないんだよ!

 大体、お前ら世界の転覆狙ってんじゃないの?満ち足りてていいわけ!?


 まったくもう。アナベルがいてくれなかったら、とっくにノイローゼになってるところだよ。


 


 ……いや、そうじゃないな。

 言いたいことは、そうじゃない。

 そもそも俺の仕事は、ここでの生活に順応することじゃなかった。


 捜査だよ、捜査。潜入捜査。

 そいつが進まない。この末端部分から、どういう風に上へ登っていけばいいのか、見当がつかない。第一、他の拠点の場所さえ知らない。上層部の人間も知らない。どうやって接触すればいいのかも、分からない。


 あああああ、あのラディ先輩の奴め!だからあんだけ言っといたんだよ、潜入捜査のノウハウを教えてくれって。

 なのにさ、変に知識がない方が自然体でいいとか、付け焼刃じゃ意味がないとか。


 自然体でいたって、このままここの住人になっちゃうだけじゃん。根を下ろしちゃうだけじゃん。

 第一目的は馴染むことじゃなくて捜査することのはずなのに…。

 


 そんな感じで悶々と過ごしていたのだが、ようやく、転機が訪れた。



             ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ある日のこと。俺は、厨房付近で困ったように井戸端会議をしている団員に気付いた。


 なお、ここでは調理も「救済活動」の一つ。担当の団員が、全員分の食事を作っている。が、正直あまり美味しくない。


 「あの、どうしたんですか?」

 何しろ俺は潜入捜査中。わずかな手がかりも見逃さないのさ。


 「ああ、ユウト君。それがさ…ちょっと僕たち困っちゃって……」

 料理班の班長が、心底困った様子で打ち明けてくれた。

 

 「実はさ、今度幹部の方たちがここに視察に来るんだけどさ…」


 ……なんと!幹部!!これは、お近付きになるチャンスでは?


 「へえ。幹部の方々って、よく視察に来られるんですか?」

 「うん、たまにね。僕たちがきちんとお勤めを果たしているかどうか、見に来るんだよ」

 

 まあ、監視…といったところだろうな。俺みたいなスパイが入り込んでても困るし、組織の統制が乱れてたりしてもまずい。


 「で、困ってるって、何が?」

 「その日の会食で出すメニューのことさ…」


 料理班班長は、はふう、と盛大な溜息をついた。

 なんでも、幹部の一人に大層な美食家がいるらしい(宗教集団で美食かよ…)。世界中の美味珍味を食べ尽くしていて、そんな人物に満足してもらえるような料理が自分たちに作れるのだろうか、いや無理だろうな…ということで。


 どうしようか、どうしよう。と、答えの出ない堂々巡りに陥っていたというわけだ。


 なるほどなるほど、なーるほど。

 ここは、この不詳わたくし、リュウト=サクラバの出番ではありませんかな?


 「あの、よかったら俺、作りましょうか、その日の食事」

 

 俺がそう提案した途端、料理班の面々は

 

 「本当に?いいのかい!?助かるよー」

 「ユウト君、料理出来るんだね!もっと早く言ってくれれば…」

 「ぜひ、お願いできるかな!!」


 口々に、大歓迎。自信がないのは分かるけど、職務放棄っぷりが潔すぎる。


 とは言え、俺からすれば棚から牡丹餅級の僥倖。この機会に、その美食家とやらに接触を図ろう。

 

 ……美食家か。相手にとって不足はない。最高の料理を食べさせて、度肝を抜かさせてやる。




 ………違った、お近付きになるんだった。



 早速俺は、その日の準備…メニュー考案やレシピ作成、材料の調達等々…に取り掛かることにした。

 せっかくなので、アナベルにも手伝ってもらうことにする。

 最初は、料理班の人たちが手伝いを申し出てきたのだが、それは断った。

 

 俺は、自分と共に台所に立つ者に対して、厳しい目を持っている。

 料理とは戦であり、調理場とは戦場。指揮官おれの指示に迅速に従い、指揮官おれの意を汲み、指揮官おれの要求水準を満たす戦士しか、必要ない。

 足手まといは、戦場に立ち入る資格すらないのだ。


 …まあ、要するに、ちゃんと料理が出来て、気の合う人と一緒にやりたいよね、ということである。


 アナベルの料理の腕前は知らないけど、生い立ちからすると未経験者ではないはず。どのみちメインで動くのは俺なので、彼女は簡単な補助をしてくれればいい。

 それなら、別に料理の達人だったり鉄人だったりする必要はないもんね。



 ………別に、彼女とおしゃべりしながら料理を作りたいとか、そういう邪な考えなど持っていない。断じて。




 幹部による視察は、一週間後。メニューは、もう決まってる。


 前菜は、夏野菜のムース。ピーマン、トマト、トウモロコシに泡立てた生クリームやメレンゲ、ブイヨン、塩コショウを加えて三色のムースを作り、層にしてカクテルグラスへ注ぐ。表面にバジルの葉を飾り付けて、目にも涼やかな一品に仕上げる。

 さらにもう一品、海老のマリネも。フレンチドレッシングにケッパーで、爽やかに。


 スープは、桃の冷製スープ。ミントの葉を散らして、清涼感たっぷり。


 魚料理には、白身魚のポワレ、レモンバターソースを。フェンネルがいい仕事してます。


 口直しの、ライムの氷菓子のあとは、メインディッシュの一角牛ユニクスほほ肉の赤ワイン煮。決め手は手作りフォンドボー。牛すね肉と玉葱、人参、セロリ、トマト、ニンニクを炒め、ブーケガルニとタイムを加えて弱火でコトコト。丁寧にアクをすくうのが成功の秘訣。そいつと赤ワイン、トマトでほほ肉をトロトロになるまで煮込んでやれば、出来上がり。マッシュポテトを添えて、仕上げに生クリームを一筋。


 練習のために一度作ってみたんだが、なかなかの出来だ。試食してもらった他の団員たちも、言葉を失ってがっついていた。これなら、美食家の幹部とやらにも、満足していただけること間違いなし!


 あわよくばそれでお近付きになって、いろいろ情報を聞き出してやろう。



 ……などなど目論んで、俺はほくそ笑んでいた。


 が、俺は忘れていた。自分の詰めの甘さを。

 

 今までにも、調子に乗って自分の首を絞めることが、一体どれだけあったことか。

 普段アルセリアのことを散々言っておきながら、実のところ、俺自身も彼女に負けず劣らず学習能力が欠けているらしかった。


 

 


実際、潜入捜査って何をやるもんなんですかね。筆者も、リュート氏と同じくらい知識がないので困ってます。

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