第四話 彼らの忠義に感謝
念話を受けてからギーヴレイが執務室に現れるまで、十秒もかからなかった。おそらくコイツは、いつ呼び出されても即応出来るよう待ち構えていたのだろう。
こういうところも、二千年前と変わらない。
「………魔界の現状を知りたい。報告を」
我ながら、唐突かつ漠然とした命令だと思う。だが、ギーヴレイにはこれで充分なのだ。俺の一言から、俺が求める全てを察して差し出してくる。魔界一の知将と呼ばれる頭脳と、俺への尋常ではない忠誠心の二つがあればこそだろう。
「……御意。陛下が去られてから、天界、地上界の尖兵どもは魔界より手を引きました。女神の消失を受け、これ以上の戦闘継続はリスクが高すぎると判断したのでしょう。それ以来、各界は相互不干渉を続けております。故に奴らの動きは分かりませんが、魔界は混乱を極めました」
……そりゃそうだろう。魔界を治めていた俺がいきなりいなくなったのだから。しかも俺は後継者も決めていなかった。王を失った国がどうなるかなんて、考えなくても分かる。
「我ら六武王は、陛下のご不在中に魔界の統制が崩れることを防ぐため、計画を練りました」
ギーヴレイの言う計画とは、こうだった。
戦が終わり、ある程度復興の道筋が付いたところで、六武王最年長であるルドゥールを残し、他の五人が封印という眠りに付く。残されたルドゥールは、寿命が尽きるまで魔界の復興と秩序を保つことに尽力し、来るべき日に向けて幾つもの伝承を残した。
魔王は滅びてはいないこと。いつか必ず復活し、再び魔界に君臨するであろうこと。そのときまで魔界の繁栄を守り続けなければならないこと。
そして眠りに付いた五人も、それぞれローテーションを組んで、五十年から百年に一度程の頻度で目覚め、薄れかけた伝承を再び書き直し、魔族たちの中から“魔王”の姿が薄れないよう啓蒙活動を行い続けた。
そうして二千年、王の不在という事態に関わらず、魔界はなんとかその秩序を守り続けていたのだ。
彼らの執念には頭が下がる。いつ戻るかも分からない俺を待って、二千年もの長い間変わらぬ忠誠を示し続けていてくれたとは。
先程の謁見の間に、ルドゥールだけがいなかったのはそう言うことだったのか。責任感の強いあいつのことだ、おそらく自ら進んで貧乏クジを引いたに違いない。
他の四人にしてもギーヴレイにしても、さっきは「長い間ありがとう」的な軽い礼しかしなかったが、ここまでの忠義だ、もっとそれに報いてやらないといけないな。
「我がおらぬ間、貴様らには随分と苦労をかけたようだ。すまない」
「な、何を仰いますか!我らは皆、己が望みとして、喜びとして、それを為したのです。陛下が謝意を示されるなど、勿体のう御座います」
………うーん、つくづく忠誠心の塊だ。
「……それで、現状は二千年前とさして変わらぬ、ということか?」
「いえ、残念ながら、流石に我らだけでは陛下のご威光に並ぶことは出来ず…。王都近郊と主要都市はかつての支配体制が保たれておりますが、辺境では一部の有力豪族が勝手な振る舞いを見せております。それにより、地方の治安は悪化、混迷の一途を辿っている次第で御座います」
ギーヴレイの口調には口惜しさが滲んでいる。きっとコイツは、二千年前と何一つ変わらない統制の取れた魔界を、俺に捧げたかったのだろうな。
「力及ばず、誠に……誠に申し訳御座いません……」
舌を噛みきりそうな苦悶の表情で言葉を絞り出すギーヴレイ。その姿がいじらしくて、何だか可愛く思えてくる。
二千年前は、同じ忠誠を尽くされてもこんなこと感じなかったのにな。
「そう己を責めるな。元はと言えば、我の不甲斐なさが招いた結果。貴様らが責を負う必要はない」
「………!寛大な御心に、感謝致します…!」
「相変わらず大袈裟なやつよ。さて、これからの方針だが」
天界と地上界に関しては不干渉を決め込むことにしたいが、魔界はそうもいかない。ここは俺の領域。二千年前、それなりに苦労してやっと統一を果たしたのだ。治安も安定させ、強固な支配基盤の上で魔界は一つの大きな「国」として繁栄を築いていた。それが失われたのであれば、取り戻さなければならない。
「ギーヴレイよ。我の支配を拒む者共はどのくらいあるのだ?」
「は。まずは最大勢力として、大陸最南端のゴズレウル一族、そしてその縁者であるフューバ一族とティグル一族が、独立国家の樹立を宣言いたしました」
「独立宣言とは、随分と大胆に出たものだ」
「実に愚かな連中です。後は西方諸国連合の盟主マウレ卿に最近、不穏な動きがあるとの報告を受けております」
なるほどなるほど。諸国連合はちと厄介だな。
二千年前、魔界を統一したとは言っても、流石に一枚岩というわけにはいかなかった。“魔王”への畏怖だけで保っていたといってもいい統治だったのだから、その畏怖の対象がなくなればそこからボロが出てくるのも当然か。
ま、一からスタート、というほどでもないのが救いと言えば救いだな。
さてさて。どうしたものか。規模から言えば西方諸国連合は無視出来ない。とは言え、緊急度合いが高いのは独立を宣言したゴズレウル一派か。
「………ゴズレウルと言えば、確か旧レウルガルド国の王族だったか」
レウルガルドは魔界統一前に大陸南方一帯を支配していた大国で、ゴズレウル一族はその王族の傍流…だったような気がする。
「はい。陛下がレウルガルドに進軍した際、真っ先に恭順の意を示した連中です」
……要は真っ先に自国を見限った奴ら、というわけか。そして今回の独立宣言。どうやら、忠誠だとか忠義だとかに重きを置かない連中と見える。
「………決めたぞ、ギーヴレイ。先ずはゴズレウルとその腰巾着共を片付けることにする」
「は。では早速派兵の準備を………」
「ああ、それほど人員を割く必要はない。我が自ら赴こう」
俺の言葉に、ギーヴレイは一瞬驚愕の表情を浮かべる。が、コイツは決して俺に異を唱えることをしない。その代わり、
「御身自ら……よろしいのですか?ご命令とあらば、お手を煩わせることなく対処致しますが…………」
というように、やんわりと意見を述べてみたりする。
「構わぬ。暫く腑抜けた時間を過ごしていたからな。リハビリにはちょうど良かろう」
「御意」
こうして、俺は帰還早々反乱分子の制圧を決めたのだった。
名前を考えるのが苦手です・・・。